#5 お付き合い
「まず1つ、自分のやったことが何かしらこの世の中に残る人ってのは、少数であるということ。フカワさん、今からノーベル賞獲れますか?」
「そ、そんなだいそれたもんじゃなくていいんだよ。もっとささやかで……」
「ささやかなものはこの世に残りません。仮にフカワさん、あなたが描いた絵が市で開催された第32回お魚釣り絵画コンテストで佳作を獲ったとしましょう。市の記録には第32回の佳作はフカワさんだったと記載されます。人々の記憶にもまあ1週間くらいは残るでしょう。でもそれだけです、記録も記憶も霞んでいき、瞬く間に何事もなかったかのようになるんです。市のコンテストに入賞ってぶっちゃけそれなりに難しいですよ。それでもこんなもんです」
「まあそういう記録みたいなものもそうなんだけど……なんていうか心の部分なんだよな。俺が残したいのっていうのは」
ルルハは待ってましたとばかりによどみなく続ける。
「何かしらの作家でもない限り、心なんてものは人に残せません」
「それも大げさに考えないでほしいんだけど、家族とか友達とか、そういう人たちには俺がいたってことは残るんじゃないかな?」
「家族や友達がいなくても?」
アズラが言っていた。コロされ屋は両親も友達もいなくて、自分自身も死にたいと思っている娘を提供すると。それを思い出し、何か触れてはいけないものに触れたんではないかと、二の句が出ずにいると。
「フカワさん、頭よくないね」
ルルハがテーブルに置かれたドリンクを手に取り、ストローで無機質にすする。視線はもちろん明後日の方向だ。
「だよね~。顔に出ちゃってるもんねぇ~」
アズラがそう言ってケラケラと笑う――っておい。
「……なんであんたがここにいるんだ?」
「見てわかるでしょ? アルバイトだよ」
ファミレスでバイト……? コロされ屋じゃないのか?
「コロされ屋だけじゃ食っていけないからね」
よもや、非日常的なファンタジーの世界に巡り会った主人公の気分を俺はどこかで味わっていた。しかし、前述の「食っていけない」発言ですべてがむさくるしい日常となった。俺には「そういうもんなのか」としか言えない。笑い飛ばすことも、それ以上詮索することもできなかった。
「ルルハちゃんさ、こういう脳みそシロアリに食われたような男子と付き合ってみたらいいのに」
ルルハはブバッと飲んでいたドリンクを吹き出す。これまでの知的、クール、無表情なイメージから、突然ベタベタなマンガみたいなリアクションに驚く間もなく――
「な、な、な、なに言ってるの!?」
マンガ動揺。顔真っ赤。
「だって、まあいろいろあったけど、普通のお付き合いってしたことないでしょ?」
アズラが悪びれもせずにピュアな表情で言う。
「誰の頭がシロアリに食われて穴だらけだ」
逆に冷静になれている俺。
「無理無理無理無理無理無理無理無理!!」
「っていうか冗談だけど……」
「……ほんっとアズラさん嫌い! そういうとこ大っ嫌い!!」
「ごめんねぇ、最後に嫌われとかないと、後味悪くなるんだよ」
「……」
ルルハは何かを察したように唐突に押し黙った。
「そろそろ時間だよ。流々原ルルハ」
一時の猶予もなく空気がバツンと変わった。アズラの言葉の意味は察するに余りある。俺の心臓はドクンと1度だけ高鳴り、世界に薄黒いフィルターがかかった。本当にさっきまでの世界だろうかと疑いたくなる空間が、ただ目の前に広がっていた。
つづく
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