#4 何のために生きるのか?

 錆びついた空気が漂う。何か会話をしようとすると、ギーギーと不快な音を立てそうで言葉を発するのをためらう。相手は15歳くらいの少女。俺は何をここまで緊張しているのか。出会ったとき以来、目の前にいる流々原ルルハは俺とほとんど目を合わせようとしない。この短時間の間に、彼女の顧客として不適格者であると認識されてしまったのか、男として不合格という烙印を押されてしまったのか、そもそも人に興味がないようにも見える。相手が何を考えているか分からず、それを分かろうとすることで、俺の心臓がいつもより早く鼓動しているのが分かる。


「何の話する?」


 流々原ルルハは、出された水を退屈そうに見つめながら言った。俺たちはファミレスに来ている。アズラから「ファミレスで大事な話をするなんて愚の骨頂」みたいな話を聞かされていたが、俺はまんまとそれを選択した。こういうときに、行きつけのカフェなんてあると格好が付くんだろうけど、俺の行きつけといえば、コンビニと牛丼屋とゲーセンくらいのもので、とてもじゃないが店員さんに「珍しいじゃん、最近どうしてたの? インスタも止まってるから心配してたよ」なんて話しかけられるチャプターには一生到達できない自信がある。


「最近見た映画の話……とか?」

「映画見ないし」

「じゃ、じゃあゲームとか……やる?」

「やらない、同じこと何度もやらされたりして時間のムダじゃん」


 恐らくスマホゲームの周回プレイのことを言っているのか? ある程度はプレイしたことあるんだろうと感じたが、それよりも、「コロされ屋」をしている彼女の口から「時間のムダ」という言葉が出たことに居心地の悪さを覚えた。


「……なんでコロされ屋なんてやってるの?」


 会話の流れから自然に聞けたと思っているが、「時間のムダって思うことがあるならなぜコロされることを望むのか」という、思考内での補間があったため、彼女にとっては唐突に切り込んできたと感じただろう。


「逆に、生きててどうすんの?」


 生きて……どうしよう? 明らかに言葉が詰まった。


「16年生きてきてさ、わかったんだ。わたしの場合、いいことと悪いことは1対9くらいで起きるって。人によってこの比率は違うと思うけど、わたしはもう絶対この比率に収束するの。この絶対的な比率がさ、幸福の星に生まれたかそうでないかの差になるんだよ。16年間これなら、この先も統計的に同じ結果になるわ。でさ、死んだら無になるでしょ? 

幽霊になって、半透明になって、ふわふわ浮かんで、人には視認されずにこの世の様子を見守り続けるって、んな無敵モード信じてないし。きっと楽だよ、無になるって。ちょっとばかりのいいこともなくなるけど、人生の殆どを占める悪いことが全部チャラになるんだもん。これって破格だと思わない?」


 突然せきを切ったように喋りだし、情報の処理が追いつかなかった。まず流々原ルルハは16歳であるということ。結構考えていて頭の回転がいい子だということ、そしてやはり、死を望んでいるということ。だが、死に対する考えはわかったが、肝心な質問には答えていなかった。それは「なぜコロされ屋をやるのか?」ということだ。


「で、フカワさんだっけ? 何で生きてんの?」


 意地が悪い。さっき俺が言葉に詰まったことをわかったはずだが、詰めてきた。いや、表情を見るに相手を問い詰めようとしているというより、どこかで自分の知らない答えを言ってくれることを期待しているかのようにも見えた。


「生きる理由を見つけるため……とか?」

「……見つかったらどうすんの?」


 ルルハはがっかりしたような表情で質問を続ける。


「それを一生懸命やる」

「やったら何になるの?」

「生きがいになる。充実して生きられるじゃないか?」

「で、死んだら何か残るの?」

「……俺がやったことが何かしら残るんじゃないかな?」


 ここでルルハは初めて、溜めに溜めたがっかりを一気に吐き出すようなため息をついた。


「もうこんなことを誰かに話すのも疲れたけど、最後だと思って話してあげるわ」


 そう言って、ルルハは俺の目を見ているような見ていないような焦点で、不自然なくらいニコっと笑う。怒ったわけではないと感じ、一瞬救われたような気持ちになるが、すぐにその表情には恐ろしい意味が潜んでいたのだということを知る。


つづく

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