#3 お茶

「いやー、ルルハちゃん。今日もかわいいね!」

「ウザいし」


 二人の何気ないやり取り。きっといつもの流れなんだろう。でも俺にとっては奇妙で恐ろしいやり取りに感じられた。コロされ屋のハイテンションと、ルルハと名のった少女のローテンションが何かを超越した階層で噛み合っているのだ。それは例えば、命というものを諦めた者同士。人の命を蚊でも叩き潰すかのように軽く考えているという価値観が、見えないところで一致しているかのようだった。


「そうそう、君の名前を聞いてなかったね。なんてーの?」

「……仮名でもいいすか? フカワでよろしく」

「まーいいでしょ、ルルハちゃん。この子、フカワ、君のお客さんね」


 流々原ルルハは俺を睨めるようにじっと観察している。コロされ屋のいう業務内容が真実であったら、この娘は俺に命を奪われることになるのだ。その相手としてふさわしいかどうか、見定めたいという気持ちなのだろうか? 俺には到底理解することはできなさそうだ。


「じゃ、行こ」

「えっ、どこに?」


 急にどこかへ促されて、俺は素っ頓狂な声で応える。


「……アズラさん、説明してないの?」


 流々原ルルハが不服そうに言う。アズラ……と呼ばれたのはコロされ屋だが、こいつそんな名前だったのか? って、もちろん偽名だろうけど。


「あ、アズラってボクの本名ね。安頭楽幹彦、コロされ屋さ」


 本名かい!


「そうそう、説明だったね。ルルハちゃんが行こうって言ってるのは、コロし場のことね。弊社で用意した、コロし専用の場所をご用意してあるんだよ。意外とないんだよね、絶対にバレない場所って。その点弊社で用意したコロし場は優秀で、セキュリティや防音はもちろん、現場に向かう導線上で他人の目撃をほぼゼロにカットできる画期的な――」


「もういいよ、うるさい」


 身振り手振りを大げさにしながら雄弁に語っていたアズラは両手を大きく広げた状態で固まっていた。


「行こうよ」


 流々原ルルハは、俺に手を差し伸べ最上級の無表情で言った。無表情よりも感情の無い表情。意図せず相手を威圧し畏怖させる威力を持ってしまったその顔は、「この話は紛れもない事実である」という現実を叩きつけてくる。言葉と顔がゆっくりと俺の脳に届き、非常に緩慢な対応で「危険だ」という信号をようやく体中に発信した。思考の半分以上がアラートで埋まる。体の血が熱く流れるのがわかり、脚が小刻みに震えだした。


「ダイジョブ?」


 流々原ルルハは、表情を変えず首を少しだけ傾け、こちらの様子を探っているようだ。そして俺がかすかに震えてるのを見て驚いたことにより、わずかに感情が現れた。その安心感。地獄の底に蜘蛛の糸が垂れ下がってきたカンダタは、きっとこんな気持だったんだろう。カンダタ、今ならお前と旨い酒が飲める。そして俺は今なら喋ることができる気がする。何か言わなくては、何か反応を――


「とりあえず、お茶でもしませんか!?」


 流々原ルルハはしかめっ面を浮かべる。アズラは笑いをこらえている。周りの通行人に、ちょっとだけこっちを見たやつがいた。周辺情報が手にとるように鮮明に把握できる。これがゾーンというやつか? なぜだか俺はこんな恥ずかしい状況にも関わらず、生きている実感を感じていた。

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