#2 流々原ルルハ

 いやいやそんなご存知みたいに言われても……。


 コロされ屋は、紳士の挨拶でおじぎしたままの形をビシッと決めて、たまにこっちをチラチラと見てくる。その表情はどこか俺が「わーすげー」と心をはずませることを期待しているかのように見えた。だが、俺のリアクションは冒頭の通りである。


「あれ? もっと驚いたりしていいんだよ?」

「……何に?」

「すごい優雅! ダンスとかやられてたんですか? みたいな?」

「そこかよ」

「まあいいや、引き続き話をしていいかな?」


 コロされ屋と名乗る男。そんなブサイクな男の物騒な話を街のど真ん中でしたらどうなるか? きっと話の中核に触れるか触れないかのタイミングで、おまわりさんがやって来て、言い訳をする俺に向かってこう言うのだ。「話は交番で聞くから」


「あの、普通こういう話ってファミレスとかで飯でも奢られながら聞くもんじゃ……?」

「バカだな君は。ファミレスなんてどこで話を聞かれているか分からないだろ? 聞かれたくない話をするには人の流れがある人混みがいいのさ。今の世の中、人は他人に興味はない。SNSの人間がリアルな存在、リアルの人間はモブ扱いだよ。モブなんて通行のじゃまだし、行列でモブが自分の前に並んでると『お前が生まれてこなければ5分早く自分の番が来たのに』なんて思ったりするのさ。そんなモブが街の中で立ち話をしてたって、誰も何の気にも止めない。会話の一部、何かのフレーズが耳に入ったとして、それなりにエグい言葉であっても楽しそうに話してればゲームかアニメの話だと思うさ。今の世の中、自分以外の人の価値観はそんなもんだよ。もっと世界を感じなくちゃ」


 妙に納得する理屈だった。さっきまさに俺が、道行くおじさんをモブ扱いしたばかりだからだ。


「それなら都合いいや。ファミレスなんて行ったら話長くなりそうだし……あんた面白いし、コロされ屋ってバカバカしそうだから、話だけは聞いてもいいよ」


 コロされ屋はニコッと笑い、その笑顔には無邪気な子供のような愛嬌を感じた。


「コロされ屋というのは、殺してしまってもいい人材をお客様に提供し、あとはどうぞお好きに……という商売だよ」


 一瞬何を言っているのかわからない。コロされ屋が言った言葉をフレーズごとに切り分けて、1つ1つを脳内で辞書検索したり、つなげ直してみたりしていると、さらに話は続いた。


「商品には殺してしまっても法的に問題ない処理をほどこしてあります……で、後ろ」


 そう言って、コロされ屋は俺の立っているさらに後ろの方に焦点を合わせるかのように指を指す。


 俺は怯えるように勢いよく振り返ると、そこには一人の少女がダラっと立っていた。細身の体、無地の白いパーカーを羽織り、黒のプリーツスカート。ロングの黒髪がきれいだが、メイクはほとんどしていないように見える。でもかわいい。作りがいい。中学生くらいか?


 しかし最大の違和感は瞳。ハッキリとした光の無い目。何か意思や目標を持ってしっかり前を見ようとしているかとも思えるが、光だけがズッポリと抜けてしまってる眼。『殺してしまってもいい人材』というコロされ屋の言葉がフラッシュバックし、この眼は俺に殺せと言っているという想像が背筋を走った。


 少女は口以外の人体パーツを一切稼働させずに言う。

「流々原(るるはら)ルルハ、一応本名」


 ふざけた本名が俺の脳をより惑わせる。


#つづく

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