コロされることを生業とした可憐な少女たち

マギヒトカ

#1 コロされ屋さん大登場

 この日7つ目のイライラが、今俺の体中を駆け巡っている。


 世の中にはなんと不条理なことが多いんだろう。俺はただこの大都市に映画を見に来ただけだ。まだ午前中だというのに、俺はもう7回もイライラする事象に遭遇しているのだ。


 映画館に向かう途中の広い通りで俺の前を歩いていたおっさんが突然立ち止まり、左右をキョロキョロと辺りを見回している。どうせ道に迷っているんだろう。すぐ後ろを歩いていた俺は直進する導線を奪われ立ち止まる。すぐに決定するだろうと一瞬その決断を待つが……。


 2秒――5秒と葛藤は続いている。


「チッ」


 無意識に舌打ちをして、おっさんを避けて抜き去ろうとすると――


「あ、スミマセン」


 と、弱々しい謝罪がザラザラと耳に入ってきた。謝るくらいならまず周りを見ろ。そう心の中で悪態づき、再び「チッ」と舌打ちをする。消えろよクズ、お前がこの世に生まれてこなければ、俺のこの数秒が無駄になることはなかったのに。


「ほほ、見っけたのん」


 湯が煮え、炎が燃え盛る頭の中に、消火活動として突然ガリガリ君を放り込まれたようなマヌケな声が飛び込んできた。


 見ると目の前には、端的に言うとハゲでデブでチビのおじさんが立っている。もう少し加えると、そんななりして、ブランド物のスーツをしっかり着こなし、腹立たしいことに品すらも感じてしまう。顔はとても整っているとはいえず、むしろゴブリンが人間に転生したような醜いものだ。鼻は大きく団子っ鼻。目は釣り上がり、口はいやらしくニヤけている。


「あっ、このスーツ? 似合うでしょ。さっき買ったんだ」

「……いえ、というか、見つけたって僕のことっすか?」

「そうよ。中々いないんよ。君みたいな活力ある男性は」


 なんだろう、何かしらの条件を元に男性を探しているのだろうか? スケベな動画の男役の勧誘だろうか? だとすると断るのはもちろんだが……いや、正体が絶対にバレないという特約がついていたらワンチャン……。


「おっ、なんかワンチャン系のスケベなこと考えてる顔。いいね!」

「そ、そんなことより何の用っすか? 俺急ぐんで……」

「……そしてカジュアルに殺意も抱いてるね」


 周りにはたくさんの人がいた。その誰もが俺たちに何の興味も持たず、ひたすらにどこかを目指して歩いている。この大きな街の中で、俺と眼の前の男だけが別の空間にいるかのように思えた。そして俺は殺意という言葉にドキッとした。そう、さっきのおっさんに抱いていた俺の感情には名前があった。それはなんとなく「消えろ」とか「クズが」という言葉で稚拙に表現されていたがれっきとした「殺意」なのだ。


 殺人犯が持ち合わせているであろう感情を知らぬ間に所持していたことを知り、かすかに動揺した。そして目の前の男はニヤァっと一層いやらしい笑いを浮かべる。


「殺ってみるかい?」

「な、何を……?」

「ヒトゴロシだよ。ストレス解消にさ。パーッと」

「……はは、打ち上げじゃないんだから、何を簡単にそんなこと。大体あんた……」

「例えばさぜ~ったいにバレないとしたら、どう?」

「そういう問題じゃないでしょ?」

「じゃあどういう問題があるの?」

「それは……法律とか、相手とか……友だちとか……両親が悲しむとか……」

「絶対バレないんだから法律には触れないだろ? 友だちも両親もいなくて、自分自身も死にたいと思っている娘なら、どう?」

「……」


 真剣に語っていた眼の前の男は、急に表情をふわっとほどきそれが議論の終わりを告げる。そして両手を広げて言った。

「そう、何一つ問題がないんだよ」


 この男があまりに唐突に、なんとも平然と、とてつもなく常識的におかしな会話をしてくるので、俺はすっかりその世界観に飲まれていた。そして俺は、真っ先に聞くべきだった質問を今更ながら訪ねた。


「あんた、何者?」


 男は改まった様子で咳払いを一つして答える――

「コロされ屋、を営む者です」

 まるでダンス前に挨拶をする紳士のように。

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