第3話 獣道

 それから4日目。本当は2日でつくはず道のりが、ルペのマイペースさによって

遅れてしまっていた。獣道でウサギやシカに遭遇すれば、すぐにルペは追いかけて2人とはぐれてしまったり、空腹状態のクマに遭遇すれば、友達になろうと食料の果物や秋一を差し出したりして、なかなか進まないでいる。ルペに秋一が文句を言えばすぐに喧嘩になり、その度にイズが注意をするのでイズと秋一は歩くより疲れてしまった。

 一秒でも早くルペから毛皮を外そうと思っているイズに対して、当のルペはのんびりとしている。正直なところイズは怒りを感じているが、同行している秋一がイズの代わりにルペを注意しているので、イズがルペをきつく注意することはなかった。


 りんごとキャンディーの両方を食べ終え、ルペはやっと前の2人のことをみた。

食べる前は目の前にいたはずの2人の姿は木々で見えない。だが、ルペは慌てることなく、2人が進んだと思う道を進み始めた。

 星空と共に半月が、暗い森の中に月の光を注いでいる。森の中では夜行性の動物達の足音や小さな鳴き声が溢れていた。動物が好きなルペでもさすがに、夜の森に1人は淋しくなる。時々、茂みの中から輝く双眸が現れるが、ルペをクマと思って襲ってこようとはしない。

 フクロウの声が森に闇を呼び寄せるように静かに、通り風に載せて広がっていく。歩きつかれたルペは近くの木の根元に腰をかけ、頭上の木々の間から見える星空を眺めた。

 そして、そのまま眠りにつく。森の寒さに目を覚ましたルペは欠伸をして、空を見上げた。イズの髪の色に似た薄青色の空が広がっている。

「2人ともどこまで行っちゃったんだろう」

 その独り言に答えてくれるものは、ルペの近くにはいない。朝食を食べようと毛皮の口から手をいれて、果物を取り出そうとした。しかし、中に着ているオーバーオールのポケットの中には、昨日舐めたキャンディーの棒しか入っていなかった。

 ぐうと低い音がルペのお腹から鳴った。森の中だから木の実や果実があるはずだと思って、ルペは空腹のお腹をさすりながら、森の中を適当に進んだ。

 夜はあれほど鳴いていたフクロウが目を瞑り、身を縮めて静かに眠りに入っていた。フクロウに代わって早起きの小鳥たちが高い声で、森中の動物たちを起こしに回っているように鳴いている。ルペも小鳥たちの真似をしてピーピーと鳴いてみたが、フクロウはじっと動かず眠り続けた。


 朝食探しを続けるルペの鼻に、パンを焼いた香ばしい匂いが入ってきた。匂いに導かれるように茂みを抜けると、お皿の上に置かれたロールパンが目に入いった。

「パン見っけ!」

 ルペは迷うことなくパンに向かって一直線に走る。まだ温かいパンをつかむと一口で食べてしまった。久々に食べたパンに思わずうーんと口元が緩む。

 パンがあった近くに淹れたてのコーヒーが置いてあった。ルペはそのコーヒーにも手を伸ばして鼻いっぱいに香りを入れて、一口飲んだ。

「苦い! もっとシュガーを入れないと飲めたものじゃないよ」

 ルペがシュガーポットを探していると、カチャと金属の嫌な音が耳元でした。固まるルペは探す手を止めて、ゆっくり振り返る。そこには猟銃を構えた狩人が今にも引き金を引こうとしていた。

「あ、あの。僕クマに見えるけど、クマじゃないんです」

 ルペは両手を挙げたかったが、イズに両手を挙げてはいけないと、村を出たときに言われていた。

「こんなに言葉をすらすら話せるクマっていないでしょ?」

 クマではないと分かってもらうために、ルペは色々と話したり、近くにあったマシュマロを木の枝に刺して焼いたりしたが、狩人は猟銃を下ろそうとしない。さすがのルペも毛皮の中で大量の汗を流し始めた。

 銃を構える狩人の肩に仲間の狩人が手を置いた。ルぺに銃口を向けたまま、2人は小声で話し合いを始める。ちらちらと視線を向けられるたびに、ルペは心の中で、イズと秋一の名前を叫んだ。


 その頃イズと秋一はルペを探していた。目的地が見えてきたあたりで、2人はルペがいないことに気づく。それ程離れていないはずと、思って待っていたが、夜になってもルペの姿が現れることはなかった。

 2人は歩いてきた道を戻り、危険な夜の森の中に入る。イズは狼の遠吠えや茂みを揺らす音など聞いては、足を止めて銃を構えた。秋一は夜道で迷わないように木の幹に傷をつけながら、イズから離れないように気をつけた。

 暗闇に目が慣れても、足元まではっきり見えない。そのため、何度も2人は転びそうになったり、転んだりした。それでも、立ち止まらずルペを探し続ける。

 どこかでフクロウが鳴いているのが聞こえた。夜が薄れ、朝が訪れようとした頃になっても、2人はルペを探していた。歩き疲れて足は重くなり、息も上がっている。

「ルペのやつどこにいったんだよ」

 秋一はもう進めないと地面に座ってしまった。座ると今までの疲れがどっと押し寄せて全く足に力が入らなくなってしまっていた。イズも疲れを少しでも和らげようと

太い根に腰をかけ、呼吸を整える。

 2人が座っていると、鈍い銃声音が早朝の森の中を駆けた。小鳥たちが一斉に飛び立ち、空で騒ぎ始める。2人の脳裏に嫌な予感が過ぎった。

 イズは猟銃を杖にして立ち上がり、銃声が聞こえた方を見る。秋一も動かない足に力を入れてイズの隣に立った。

「ねえイズ。今のって……」

「不吉なことをいうな。いってみよう」

 2人は足の疲れを忘れて走った。

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