第2話 約束の森で

 森の奥にある大きく開けた場所に着くと、太い根に座って猟銃を磨いて待っているイズがいた。ルペは気づかれないように着ぐるみに腕や足を通し始める。

 頭のファスナーを先に締めて、次に背中のファスナーを締めようとしたが、体が硬く、途中までしか締めることができなかった。なんとしてでも締めようと木の幹や地面に背中をこすり付けたりしたが、どれも上手く行かなかない。イズを驚かせる作戦をあきらめかけていたら、スッと誰かにファスナーを最後まで締めてもらった。

 恐る恐る振り返ると見知らぬ小柄な黒髪の少年が、ルペを見上げている。

「うわ!」

 驚いたルペは思わず立ち上がり、両手を挙げて叫びながら少年に迫った。

「な、なんだよ!」

 目を大きく開いた少年はルペから逃げるように茂みから出ていき、イズが待っている方へと走っていった。ルペも少年を追いかけて、隠れていた茂みから出ている。

 すると、少年を庇うように猟銃をルペに向けたイズが、ルペを見るなり引き金を引いた。

「ぎゃー!」

 と叫ぶ前にルペは、頭を抱えてその場にしゃがんだ。そのおかげで間一髪、弾を避けることができた。だが、すぐにカチャとイズに銃口を頭に押し付けられてしまう。

「ちょっと待って! もっと待って! 僕だよ! ルペだよ!」

 引き金を引かれる前にと頭を抱えたままルペは必死に叫んだ。

「ルペだと? ルペを食べたのか!」

「違う違う! 本当に僕!」

 最後は泣きながらルぺはイズに懇願した。大きな体をガタガタと震わせる様子にイズは銃口を外し、しゃがんで、クマの鼻先を持ち上げてみる。口の奥あるはずのノド仏がなく、代わりに見慣れた第二の顔が見えた。

「なんだ、ルペだったのか。驚かせるな」

 イズは息を一度吐いてルペの頭を軽く叩いて立ち上がった。

「驚かせてすまない。こいつは私の友人だ」

 と、イズは近くの木の陰に隠れている少年に声をかける。少年は恐る恐る木の陰から出てきて、イズの近くまで走り寄った。少年は泣きわめいているルペの様子を見て、安心したのか、さっき驚かされたお返しと、横腹を思いっきり蹴り飛ばした。

「痛い! よくも蹴ったな。」

 少年を捕まえようとするルペを、小柄な身体をいかして避ける少年。しばらく、それを黙ってみていたイズは、持っている猟銃の柄の部分で二人の頭を交互に叩いた。

硬い柄で叩かれ頭を抑える二人。

「いい加減にしろよ。そんで君、名前は?」

「……秋一……四季秋一しきしゅういち……です」

 ルペは秋一を茶化そうとイズの後ろで準備をしている。そんなルペに気づいたイズは溜め息をついて、ルペに指示を出した。

「ルペ。今日の練習は終りだ。その着ぐるみをその辺で脱いでこい」

「えーせっかく縫ってもらったのに……。でもイズからのお願いなら、喜んで脱いでくる」

 ルペが近くの茂みいったのを見届けて、イズは秋一に出身地などを訪ねる。しかし、秋一は口を閉じて話そうとしない。困ったなぁとイズが言葉をこぼすと同時に茂みから着ぐるみを着たままのルペがまた飛び出してきた。二人の前で顔をきょろきょろ動かしたり、頭を上に持ち上げたり腕を引っ張ったりと焦っている様子である。

「どうしよう……脱げなくなっちゃった」

 ルペの告白にイズと秋一は固まった。そのあと、本当に脱げないのかイズと秋一が試したが、あるはずのファスナーがなくなり、縫い目もなくなっていた。どうしたら脱げるのか考える二人をよそに、ルペはお腹がすいたーなどと、緊急の事態なのに、まるで他人事のように、のんきに別のことへ関心を向けてしまっている。

 イズはとりあえず村長である祖父に相談することにした。イズを先頭にクマになったルペと、秋一の三人でフェアリービーンズに戻っていった。


 村長の家はマリーの家から少しいったところにある。幸福通り三番地につくと、

その場にいた村人たちが静かに家の中へ入っていった。村人たちの様子にイズと秋一は首を傾げる。村人の様子に気づいていないルペは、噴水の近くにいる毛皮の商人に声をかけた。商人はルペたちをみると、目を大きく開き、慌てて近くの食堂にいた狩人たちに駆け寄った。すると、狩人は持っている猟銃を構えて、ルぺに焦点を合わせた。銃声がフェアリービーンズ中に響き渡る。

 弾は毛皮の顔をかすめた。次の弾の準備をする狩人に撃たないでと、ルペは両手を挙げる。イズも狩人にクマではないと弁明するが、狩人は銃を下ろさない。緊迫した状況に逃げ道はないか秋一が周りを見ると、狩人と同じようにルペに銃を向ける男達が一歩一歩近づき、三人を囲もうとしていた。

 話しを聞いてもらえないと判断したイズはルペの腕を引いて囲まれる前にと、持っていた銃を振り回しながらその場から逃げた。

 3人はフェアリービーンズの細かな裏路地を走り続けて、村長の家へ飛び込む。

突然の訪問者に驚いた村長にイズは簡潔に状況説明をして、クマの鼻先を持ち上げて中のルペを見せる。村長はルぺの頭をポンポンと叩き、腕を組んで難しい顔した。

「待ってなさい。今、裁断バサミを持ってくるから」

「なんで?」

 ルペは首を傾げる。ルペの疑問に秋一は呆れた。

「なんで? って、切るからじゃん」

「え! 切っちゃだめだよ!」

「それこそなんでだよ?」

「だってまたこのクマが痛い思いをするじゃないか」

「もう毛皮なんだから痛くないって、それにこの格好でまた外に出れば、銃を向けられるんだよ」

「銃なんてよければ平気だもん」

「そんなことを言ったって危険だって」

「危険じゃない!」

 一歩も引かない二人のやり取りにイズは溜め息をつく。隣の部屋から戻ってきた村長は、聞こえていたルペの願いを叶えるにはどうしたらいいのか考えた。

「毛皮を切りたくないというなら、その毛皮がつくられた生産地に行くしかないな。

 最後の場所に行けばその毛皮のクマもルペから離れるだろ」

「分かった。今から三人でいってくる」

 あっさり了解したイズに秋一は理由を聞くが、イズはなにも言わず、準備をしてくると、二人を置いて自分の家に帰ってしまった。ルぺも家に戻るといったが、秋一と村長に引き留められ、なんでーなんでーと駄々をこね始めた。


  イズの準備が終り、いよいよ出発となった。空は朱色から紺色に染め替えられようとしている。夜が近づき村人たちは家に帰っていき、外にあまり人はいなくなっていた。涼しい風が森から送られ、少々肌寒い。

 村長には人とあまり会わないように、獣道を通るルートで目的地までの地図を描いてもらった。村長からは、クマのルペがいるから平気だろといわれたが、イズは自分の身は自分で守ると相棒の猟銃を担いだ。

 ルペやイズの家族には、一週間ぐらい村長のおつかいで遠くに出かけると嘘をついてある。ルペの家族にはルペは荷物運びをしているといって、会わせなかった。イズが説明をしたのでルペの両親はすんなり許可がでた。

 そして、三人はフェアリービーンズを出発した。

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