フェアリービーンズ

火月未音

第1話 幸福通り3番地

 太陽が地平線に半分沈んだころ。夕焼け色に染まる道を進む、2人と二足歩行のクマが1頭。故郷フェアリービーンズを出てから今日で4日目。目的地の毛皮の生産地まであと数キロの道を歩いている。

 先頭を歩く青髪の少女、イズは猟銃を肩にかけ眉間に皺を寄せていた。イズの後ろを歩く小柄な黒髪の少年、四季秋一しきしゅういちもまたうんざりとした様子である。その原因は、秋一しゅういちの後ろを歩くクマにあった。

 二足歩行のクマは大きな口を開けて、そこに太い腕を押し込むと、口の中からピンクと白の渦巻状のキャンディーをとりだす。

「やっぱり疲れたときは甘いものだよねー」

 のんきにキャンディーを舐め始めたと思えば、ぴょんと跳ねてフフと笑うと、また口の中に手を押し込んで真っ赤なりんごを1つ取り出した。そのりんごを自分のふさふさの腹で擦り、シャリっといい音を立てて食べる。りんごを一口食べたら、キャンディーを舐め、またりんごを食べと繰り返した。

「りんご飴になった! 僕って天才!」

 前を歩く2人との距離がだんだん離れていっていることに気づかないクマは一人けらけらと笑いはしゃいぎ始める。


 クマの名前はルペ・フラスコ。フェアリービーンズ幸福通り7番地の果物屋の息子で、動物とお菓子とイズが大好きな、身長2メートルのメタボ少年だ。只今、事情によりクマの毛皮が脱げない状態でいる。


 始まりは四日前のことだった。ルペはいつものように午前中の店の手伝いが終り、

 2階のリビングで果物の詰め合わせを食べていた。プラムやりんごは皮を剥かず食べ、種が小さいものは種ごと食べる。葡萄にいたっては、一粒一粒食べるのではなく、豪快にへたを持ち上げて一気に口の中に入れて食べていた。今が旬のスイカを頬張っていると、1階の店から妹のビカがルペを呼んだ。果物を食べることに夢中のルペは席に着いたまま、返事代わりに床を踏む。

「イズさんが来てるけど、下りてこないなら帰ってもらうからね!」

「……なんだって?」

 イズの名前が耳に入るやいなや、ルペは食べていたスイカをお皿の上に丁寧に置いて、急いで入り口近くのルペ専用の滑り台に頭からうつ伏せに滑っていった。重力によって滑り降りる速さがだんだんと増して行く。滑り台が終わった後もそのまま滑り続け、店先で腕を組んで立っているイズの前で丁度止まった。

「やあ、イズ、今日も綺麗なお空色だね」

「いつもより反応が遅いじゃなか」

「えへへ。ごめんね」

 ルペは寝そべったまま頭をかいた。イズは溜め息を一つ吐き、店や周囲を確認してから、しゃがみこんでルペに小声で話しかけた。

「今日もいつもの場所で練習をするから」

「りょーかい!」

 ルペもイズのマネをして小声で返事をすると小さく敬礼をした。

「じゃあまた後で」

「またねー」

 背中を向けて歩いていくイズに、短い手を振って見送った。


 ルぺは午後の店番の手伝いをイズとの約束のためになしにしてもらった。母には場所を告げず、店に並ぶ果物をおやつ用にと分けてもらう。おやつをオーバーオールの大き目のポケットに入れると、上機嫌に鼻歌を歌いながら家を出て行った。

 噴水がある幸福通り3番地に出ると、噴水近くで背中が曲がった商人が荷台から大量の毛皮をおろしている。

 商人は背中が曲がっているせいで上の方の毛皮が届かないようだ。イズに早く会いたいという気持ちもあったが、約束の森は目と鼻の先なので、少し遅くても大丈夫だと思い、商人に話しかけて、毛皮を下ろす手伝いをした。

 毛皮の多くはクマで、大きさは子グマから4メートル近くのクマまで様々である。全ての毛皮を下ろし終え、商人にお別れを言うと、商人は手伝ってくれたお礼にとルペと同じくらいのサイズの毛皮を1つプレゼントしてくれた。

 毛皮の両手をつかみ表裏、顔、手足と見てルペはひらめいた。

「おじいさん。この毛皮って縫ったらクマの形に戻る?」

「どうじゃろな。丁寧に剥がされた上質の皮だから、頑張れば戻るんじゃないかな」

「わかった! ありがとう!」

 ルペは森ではなく、3番地に住んでいる、村で一番料理と裁縫が上手いマリーの家へと向かった。

 マリーの家はいつもどおり昼間なのにもかかわらず締め切っている。ルぺはマリーの家のドアをノックもせず開け、マリーを呼び出した。

「マリー、マリー!」

「誰だい? こんな昼間っから叫んでいるうるさいやつは。あらールペじゃないか。

 新作の匂いかぎつけて味見に来てくれたのかい?」

 新作という言葉に喉を鳴らしたルぺだが、大きく首を振った。

「今日は遠慮しておくよ。それよりさあ! この毛皮を元に戻してほしんだ! 

 マリーならできるよね」

 ルペは抱えていた毛皮を広げマリーに見せた。マリーはずれている眼鏡をかけなおして、どれどれと毛皮を観察する。

「仕上げ希望時間は?」

「できればすぐ」

「この私の手に掛かればあっという間さ。出来上がるまで今日の新作でも食べて待ってなさい」

 マリーは宣言していたとおり、30分も掛からないで毛皮は背中にファスナーがついた着ぐるみとなって完成した。マリーは自分の仕事の速さに鼻を高くして、着ぐるみのポイントを細かく説明し始める。しかし、ルペはマリーの話しを聞かず、礼だけを言って、さっさと出ていってしまった。

 ルペは出来たての着ぐるみを抱えながら、これからイズが見せる驚き顔を思い浮かべては笑みを道々にこぼしていった。

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