六杯目 新しい冒険の始まり(1)

 王都のはずれ、裏街通りの酒場は昼夜を問わず冒険者達で賑う。

 店が閉まっているところを見た者はいない。

 冒険者達が集い、旅立ち、運が良ければ帰ってくる。

 ここは英雄亭。

 死者をいたんで生者が祝杯を挙げる場所。


 *


 ゴトリ。

 喧騒の中で、なぜかその音は明瞭に聞こえた。

 椅子、それも英雄亭この店に一つしかない年代物の重たい椅子の音。

 イヤな予感がして青年が振り向くと、今まさにあの男の手から放たれた杯がまっすぐ飛んで来ていた。

 とっさに顔をかばった腕に当たり、杯は床に落ちた。

 冷や汗を浮かべつつ、青年は男に向かってニヤリと笑った。

 コーン。

 その頭に天井近くまで舞い上がっていたもう一つの杯が跳ねる。

 男は青年に向かってニヤリと笑った。


「二つは卑怯だ」

 唇をむ青年は最高のさかな

「ダンジョンで宝箱チェストに罠が二つ仕掛けられていても同じことが言えるか?」

「ただの飲んだくれがダンジョンを語るな」

「俺にとっては英雄亭ここがダンジョンで、毎日が冒険だ」

「ごまかすな。冒険者じゃないのに英雄亭ここにいるのがそんなに恥ずかしいのか?」

 青年が首にかけた冒険者登録証木片を見せつける。

 男は無言でふところをまさぐり、無造作に取り出した。

 緩めた手から流れ落ちるスピガチェーン。繊細な音をかなでながらテーブルの上でとぐろを巻く。

 出来上がったきらびやかな鎖の玉座に金色こんじきのプレートが腰を下ろす。

 そこにはクラスやレベルが打刻され、月桂樹の葉を模した銀細工縁取りを食い破るようにギルドの紋章割印が刻まれていた。

冒険者登録証ゴールドランク!?」

 木片を紐でくくっただけの青年の冒険者登録証ランバーランクとは大違い。

 青年は祖父の亡霊でも見たような目で黄金の冒険者登録証タグを茫然と見つめた。

「本物なのか……?」

「凹凸の写しがギルドにある。確かめてみるか?」

 青年は冒険者登録証タグに記されたギルドに気づいた。

『ヒドラの尻尾』インチキギルドじゃないか! 信用できるか」

 言いながら青年はそっと自分の冒険者登録証インチキギルドのタグを服の中にしまう。

「ゴールドランクになったのは別のギルドだ。それにギルドは窓口になっているだけで、条件はどこでも変わらん」

「条件って?」

「冒険者の価値そのもの、つまりかねだ」

 またかね。それは青年に最も不足しているもの。

かねで冒険者の何がわかる!?」

「こんな板切れにかねを出せるくらい稼げることはわかる」

 『おまえには買えないだろう?』と言われた気がしたのは青年の被害妄想か。

ゴールドランクあんたの価値はいくらなんだ?」

「金貨一〇〇〇枚」

 ぞんざいに置かれた金色のタグに青年の目は釘付けになった。これ一つで五年は食べていける。

「どうせ汚い手を使ったんだろ」

 声にひがみが混じるのを止められなかった。それが口惜しさを助長する。

「人聞きが悪いな。『工夫』と言え」

 男はいつものように間を取った。焦れる青年を見ながら飲む酒は格別。

「ギルドに国からかねが出ているのは前に話したな。その額はギルドの規模によって決まる」

「規模って、冒険者の人数か?」

「最初はそうだった。だがそれだと頭数さえ揃えればいい。ギルドは冒険者登録証タグを配りまくったので、魔王対策建前が危うくなった。【心労王】は質の低下に歯止めをかけるために育成助成金を作り、補助金の基準をゴールドランクの人数に変更した」

 主な収入源だった名ばかり冒険者はかねにならなくなった。早急にゴールドランクを増やさなければ、ギルドの存亡にかかわる。

「そうか! ギルドがかねを出したんだな。あんたはそれに乗ったんだろ?」

「それではランクの意味がなくなる。ギルドがかねを出すのは禁止されている」

 青年は口をとがらせつつ、男に先をうながす。

「俺がいたギルド『笑うバンシー』はランクアップの記念品を贈ることにした。といってもただの飾りガラクタだが」

 怪しい。この男がガラクタに銅貨一枚出すはずがない。

「見せてくれ」

 男は天井に向かって両手を広げた。

「もう持ってない」

「金貨一〇〇〇枚と引き換えにした物をあっさり手放したのか!?」

「質屋に持っていったら、金貨を四〇〇枚も貸してくれた。かねは返なかったから、今頃どこにあるのやら」

「どこって、絶対『笑うバンシーギルド』が買い戻してるだろ」

 男の口角が少し上がった。それが答え。

「ギルドがかねを出すのは禁止されてるんじゃなかったのか?」

「ギルドはチンケなガラクタしか配っていない。いくら貸して、いくらで売るかは質屋の自由だ」

 屁理屈だ。しかしそれを否定できない自分に青年は腹が立った。

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