五杯目 ソーサー(1)

 王都のはずれ、裏街通りの酒場は昼夜を問わず冒険者達で賑う。

 店が閉まっているところを見た者はいない。

 冒険者達が集い、旅立ち、運が良ければ帰ってくる。

 ここは英雄亭。

 死者をいたんで生者が祝杯を挙げる場所。


 *


 コーン。

 頭に命中した杯が軽やかな音を立てた。

 もちろん頭の主は酒場の店員に身をやつした名ばかり冒険者の青年。

 振り返るといつものテーブルでいつもの中年男がヒラヒラと手を振っている。

 青年は無言で新しい杯にいつもの安酒を注いだ。


 いつものテーブル、いつもの男。いつもの安酒までもが憎たらしい。

「悩み事なら聞いてやるぞ」

 男はにやける顔を隠そうともしない。

 腹が立つが実際に悩みはあった。それに断ってもまたすぐに杯が飛んでくるのは目に見えている。

 ため息一つ。

 青年は店内を見渡し、日増しに大きくなる疑問を男にぶつけた。

冒険者こんな奴らで魔王に対抗できるのか?」


  肩を組み、怒鳴るように歌う者。

  テーブルに突っ伏して嗚咽を漏らす者。

  飲み比べに勝って豪快に笑う者。

  負けて椅子ごとひっくり返っている者。

  足を踏んだ、踏まないで殴り合いを始める者。

  眠りながら胃の中身をぶちまけている者。

  等々。


「無理だ」

 再び青年のため息。深く、長く。

 予想はしていたが、こうもはっきり言われるとつらい。

 冒険者に憧れて王都にやって来た青年はあきらめきれない。

「でも、ほら、あの人なら……」

 外套の男はちょうど今立ち上がったところだった。本日二度目の遭難者の捜索サルベージ。今回の遭難者タネは3人のようだ。奇跡の価値オッズが気になる。

「いくらあいつでも一人ではどうにもならん」

「冒険者はたくさんいるんだ、あの人みたいなのがほかにもいるんじゃないか?」

 男は芝居がかった仕草で首を振る。

「いたらこんなところで遭難者の捜索ドブさらいなんかするか。『優秀な冒険者』なんてのは『三本角のユニコーン』みたいなものだ。しょせん体裁を取り繕ったゴロツキにすぎん」

「それはあんまりだ!」

「ろくに働きもしないで昼間から酒場に入り浸り、何かあったら剣や魔法力ずくで解決しようとするような奴らだぞ?」

 青年の反論は口から出る前に蒸発してしまう。

 服の下で冒険者登録証タグが青年の胸を引っかいた。おまえもそのはしくれだ、とでも言うかのように。

冒険者こんな奴らで魔王に対抗しようとか、【心労王】はバカなのか?」

!」

 青年の真似。微妙に似ているのが余計に腹立たしい。

 青年はグッとこらえる。心を乱せば男の思うつぼだ。大きく息を吸って、吐く。

「『ロクに働きもしないで昼間から酒場に入り浸り、何かあったら剣や魔法力ずくで解決しようとするような奴ら』で魔王に勝てると思っているんだぞ?」

 今度は男が黙る番、という青年の思惑は裏切られた。

「戦争に明け暮れた【軋轢あつれき王】がして【心労王】があとを継いでからは、せいぜい小競り合いくらいしか起きていない」

 先王は他国との関係をこじらせるのが得意で、ときの声が聞こえない日はなかった。【軋轢あつれき王】が生きていたら農家の末っ子青年は今頃どこかの戦場で屍を晒していただろう。

「殺し合いをした相手を交渉のテーブルに着かせられる奴がバカだと思うか?」

「それは……だったらなんで役立たずを増やしてるんだよ!」

「何かがおかしいときは大抵最初から間違っている」

 男は目を閉じて杯を鼻に近づける。こんな安酒、鼻をつまんで飲む奴はいても香りを楽しむ奴はいない。青年を焦らしているだけなのは明らか。


「【大賢者】の予言を思い出してみろ」


 ・暦が七十二回巡るまでの間に

 ・コインを三回投げて少なくとも一回は表がでるのと同じくらいの確かさで

 ・魔王が復活する恐れがある


「大層に聞こえるが、中身は『 』だぞ? おまえじゃあるまいし、権謀術数に長けた【心労王】がこんなものを真に受けるわけがない」

「【大賢者】の予言がウソ!?」

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