四杯目 酒の味は酒次第(2)

「あっちのメンバーをよく見てみろ」

 青年は言われて一人一人の顔を見た。いつもと違う顔が二つある。

「この前サルベージドブさらいを頼みに来た二人だ」

 祈り賭け届かずはずれ、外套の男が回収収穫できたのはタグ落穂3だけだった。

「一人はメイジ、もう一人はレンジャー」

「レンジャーというと、シーフの上級クラスの?」

 男はうなずく。

「その二人があいつのパーティに入った。戦えるシーフレンジャーがいるなら戦うだけのやつ専業ファイター解錠だけのやつ専業シーフはいらない」

 ベテランでも状況の変化であっさりと居場所を失う現実。青年の背中を冷たい汗が伝う。

「ダンジョンで罠の解除や宝箱チェストの解錠ができなければ話にならん。だからシーフは戦えなくても許される。しかし、いつまでもそれに胡坐あぐらをかいているとあいつのようになる」

 罠の回避が得意なシーフだからこそおちいりやすい落とし穴。

「ちなみに一緒に追い出された専業ファイターは、別のパーティでよろしくやってる」

 男が少し離れたテーブルを顎でした。和気あいあい。

「同じように追い出されたのに、なんで!?」

「直接敵と殴り合う前衛はしょっちゅうが出るから、あぶれることはまずない。よかったな、おまえも前衛ファイターで。自分が欠員にならなければだが」

 青年は微妙な表情を返した。

「オレは……メイジになりたかった」

 思わず本音が漏れた。

「農家の小倅こせがれとは一番縁のないクラスだな」

「縁がないから憧れるんだよ! 一生に一度くらい魔法を使ってみたいだろ」

 うなだれる青年に、つまらん、と男は鼻白んだ。

 馬鹿にされたと思った青年が男に詰め寄るが、男はまったく動じない。

「使いたければ使えばいい。その辺のメイジを捕まえて頼んでみろ。簡単なものなら教えてくれるかもしれん。もちろんタダで、とはいかないだろうが」

 青年は戸惑う。

「オレはファイターだぞ?」

「それがどうした」

 狐につままれたような青年の顔を見て、男は盛大にため息をついた。

「高いラベルを貼っても酒は美味くならない。美味い酒だから高いラベルを貼るんだよ」

 あいかわらず男の話は回りくどい。青年には話が見えない。

「メイジになったら魔法が使えるようになるんじゃない。魔法が使えるようになったらメイジになれる」

 青年は男の言葉をゆっくりと咀嚼する。

「えと、それは、つまり、メイジじゃなくても、魔法が使える、ってことなのか?」

「たかがラベルクラスごときで、酒の味やれることが決まってたまるか」

「だったらクラスは何のためにあるんだ?」

「そのクラスの最低条件はクリアしている証拠にはなる。パーティを組む時に便利だろ?」

 男は青年の冒険者登録証タグを指で弾いた。

 揺れるタグを青年がつかんで止める。

「ファイターの最低条件って何だよ。オレは武器の使い方も知らないんだぞ」

武器スコップの使い方なら『ダンジョン構築実習採掘労働』で習っただろう?」

 青年の殺意をはらんだ目でも男のニヤニヤ笑いは崩せない。

「ファイターの条件は体力だ」

「……他には?」

「ない」

 男は涼しい顔で言い放った。

「ふざけるな! 体力だけで戦えるか」

「なら戦うな。黙って敵の攻撃に耐えてりゃいい」

 青年の顔は豆鉄砲を食らった鳩のそれだった。

「いやいや、『ファイター』だぞ? 戦わなくてどうする」

 青年は男が何を言いたいのか理解できない。

「モンスターを舐めるな。生半可な剣が通用するか。下手にちょっかい出して空振りでもしてみろ、あっという間にあの世行きだ」

「守ってるだけじゃ、どのみちあの世行きだ」

 青年に男は目で語り掛ける。もっと頭を使え。

「だから他のクラスと組むんだろうが。ファイターが時間を稼いでいる間に後衛が魔法で倒すのがセオリーだ」

 男が言いたいことはわかる。わかるが納得できない。英雄亭ここで働いていれば、自分の手柄を声高に喧伝けんでんする新人ファイターを嫌でも目にする。

「酔っぱらいの戯言たわごとに受けるやつがあるか。仮に本当だったとしても、そいつは遠からず今までのことになる」

 青年は眩暈めまいがして、テーブルに手をついて体を支える。ファイターといえば鮮やかな剣さばきで敵を切り伏せるパーティのゆうではなかったか。

「養成所が真っ当でもインチキでも、新米ファイターなんてそんなもんだ。おまえの能力が特別劣っているわけじゃない」

 筋トレと『ダンジョン構築実習肉体労働』に明け暮れた養成所生活。ファイターの訓練体力作りとしてはあながち間違ってはいない。

 どうしようもないインチキ養成所だと思っていたが、わりと良心的なインチキ養成所だったのかもしれない。

「とはいえ、おまえは鎧や楯を買う金がないという点で特別劣っているわけだが」

 助成金、支度金、採掘作業代。何一つ青年の手にはない。インチキ養成所のインチキたる所以ゆえん

がチップを弾んでくれれば、すぐにでも解決するんだけどな」

 恨みがましい目を男に向ける。

「それはできない」

 男はわざとらしく悲しい顔を作った。

「なんで!?」

 聞かない方がいい、と思った時にはもう聞いてしまっていた。

主義なんだ」

「だと思ったよ!」

 ほくそ笑む男の手から酒代をもぎ取る。

 それはいつもよりほんの少しだけ多かった。


 *


 ここは英雄亭。

 死者をいたんで生者が祝杯を挙げる場所。

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