三杯目 看板娘(2)

「でも、持っていかないと意味ないんじゃ?」

「あれは売り物だ」

「売り物だって? キーの取引は禁止されている、はず、だ」

 『冒険者概論』で得た知識なのであまり自信はなかったが、男はうなずいた。

「実戦経験を積ませるのが目的なのにを許すわけにはいかんからな」

「……まずいんじゃないか?」

 男は涼しい顔で答える。

「ダンジョンでキーを落としたパーティが大金を拾い、大金を落としたパーティがキーを拾うかもしれないだろう?」

「そんな偶然があるか!」

「ダンジョンの中まで役人が見張ってるわけじゃないからな。どんなに怪しくても『ない』とは言い切れん」

 パーティの人数といい、キーの取引といい、冒険者のに青年は舌を巻いた。

「大量の装飾品に違和感を覚え、その正体に気付いた奴が彼女に声をかける。すると『恐いお兄さん達』がやってきて、ダンジョンの中でが重なる、というわけだ」

「強豪パーティの一員といっても完全に補欠じゃないか。そんなことならオレでもできそうだな」

 男は首を振った。

「客に商品をアピールせにゃならんが、あからさまにやれば役人も見過ごせない。その点あの娘なら嫌でも目を惹くし、大量の装飾品キーを身に着けていても『派手好き』で片が付く。商談中も傍目はためには口説いているように見えるだろう。あの娘以上の看板娘ショーケースはいない」

「……彼女にしかできないことかもしれないけど、ここにいるってことは彼女も冒険者になりに来たんだろ? それでいいのか!?」

 彼女と同じエセ冒険者の青年にとっては他人事ひとごとではなかった。

 熱くなった青年を男が睨む。

「何を捨てて何を取るかは人それぞれだ。おまえが農家を捨てて冒険者になろうとしたようにな」

「彼女は何を取ったっていうんだ?」

「少なくとも命の危険はないし、俺よりいい酒を飲んでる。それだけじゃ不服か?」

 口惜しさ、悲しさ、情けなさ。千々に乱れる感情に押し流され、青年は押し黙ることしかできなかった。


 店の扉が開いて屈強な男たちが入ってきた。

 彼女の顔が強張こわばる。

 男たちが戦利品を彼女に掲げてみせた。

 その時彼女が浮かべた微笑みを、青年は生涯忘れることができなかった。


 *


 ここは英雄亭。

 死者をいたんで生者が祝杯を挙げる場所。

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