三杯目 看板娘(1)

 王都のはずれ、裏街通りの酒場は昼夜を問わず冒険者達で賑う。

 店が閉まっているところを見た者はいない。

 冒険者達が集い、旅立ち、運が良ければ帰ってくる。

 ここは英雄亭。

 死者をいたんで生者が祝杯を挙げる場所。


 *


 青年はカウンターに頬杖をつき、店内を物憂げに眺めていた。

 その頭上から。

 近づいてくる何か。

 杯。

 物思いにふけっていた青年は気づくのが遅れ――。


 酒を持ってきた青年がかねも受け取らずにボーっと突っ立っている。

「奢ってくれるのか?」

「綺麗だな……」

 噛み合わない受け答えを不審に思った男がいぶかしむ。

 青年はエルフの娘の横顔に見惚みとれていた。

 生糸を思わせる長い銀髪。

 その合間から憂いをたたえた涼しげな目元が覗く。

 白磁のごとき頬をほんのりと染めるのはべにか酒か。

 石畳の隙間に咲く花のように可憐で凛とした唇からこぼれる吐息が悩ましい。

「ああいうのが好みか?」

「……! いや、そういう意味じゃなくて!」

 我に返った青年が耳まで赤くしながら言いつくろう。

「やめとけ。おまえには高の花だ」

 青年はぎょっとして、ようやく男を見た。

「もしかして美人局つつもたせなのか?」

「ほう、難しい言葉を知っているな」

 男が大袈裟に感心してみせた。

「まあ、恐いお兄さん達がついているのは似ているが」

「『恐いお兄さん達』ってなんだよ」

「下層で荒稼ぎしているパーティのお兄さん達。彼女はその人目のメンバーだ」

 青年が素朴な疑問を口にした。

「7人目? パーティは6人までだろ?」

「どうして?」

 青年は養成所の『冒険者概論』で習ったことを思い出す。

「ダンジョン内で連携が取れるのは6人が限界だ」

 一度もダンジョンに入ったことのない青年が胸を張って答えた。

 しかし男の反応は冷ややか。

「順序が逆だ。のダンジョンは冒険者に実戦経験を積ませるために【宮廷魔術師】が趣味と実益を兼ねて作ったダンジョンだぞ。わざと6人までしか連携できないように

 ささやかな知識さえも否定されて青年が口を尖らせる。

「なんでわざわざそんなことしてんだよ」

「魔王対策に冒険者を利用しているのは、周辺諸国を刺激しないためだと言っただろう。1パーティに十人も二十人もいたら特殊部隊と変わらん。それでは意味がない」

「だったらやっぱり7人目なんてダメじゃないか」

「ダンジョンで活動できる人数を制限しても、ダンジョンの外では関係ない。建前と実態は違う」

 青年は改めてエルフの娘を見た。

「強豪パーティの一員には見えないけどなぁ」

「そりゃそうだ。あの娘はおまえと同じだからな」

「オレと同じ?」

「ダンジョンに一度も入ったことがない」

「なんだって!?」

 青年のエルフ娘を見る目が憧憬から羨望に変わった。

「オレと同じなのに、どうやったら強豪パーティに入れるんだ……」

 もしかしたら自分も。青年の顔が希望に輝く。

「よく見てみろ」

 青年はエルフ娘をじっと見つめた。

 青いドレスは光の当たる角度によって微妙に色を変える。グラスを口に運ぶちょっとした仕草で次々とうつろう彼女の姿は――。

「美しい……」

 声に出た。

「そういうことだ」

「どういうことだよ!」

「もっとよく見ろ」

 青年は目を凝らす。

 フェロニエール、ピアス、ネックレス、ペンダント、バングル、ブレスレット、リング、ブローチ、アンクレット。彼女は全身上から下まで、およそ装飾品という装飾品を身に着けていた。

「ここのダンジョンには貴重なアイテムが手に入ったり、ショートカットできる場所がある。しかし誰でも入れるわけじゃない」

「知ってる。鍵になるアイテムが必要なんだろ」

 ふと思いついて青年はもう一度エルフの娘を見直した。

 彼女を彩るそれらすべてに宝石があしらわれ、不思議な輝きを放っている。

「もしかしてアレが?」

「全部な」

「あれが全部……」

鍵となるアイテムキーは強力なモンスターや即死級の罠に守られている。そこらへんのパーティがおいそれと手を出せる代物しろものじゃない。『恐いお兄さん達』だろ?」

 青年はゴクリと喉を鳴らした。

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