二杯目 落穂拾い

 王都のはずれ、裏街通りの酒場は昼夜を問わず冒険者達で賑う。

 店が閉まっているところを見た者はいない。

 冒険者達が集い、旅立ち、運が良ければ帰ってくる。

 ここは英雄亭。

 死者をいたんで生者が祝杯を挙げる場所。


 *


 店の隅の薄暗い柱の陰。

 開業当時から唯一残る年代物のテーブルセットで一人、中年男がいつものように飲んでいた。

 杯が空になったのでいつものように店員を呼ぶ。

 杯はいつものようにゆっくりと回転しながら綺麗な放物線を描き、コーンと間抜けな音を立てて店員の頭で跳ねた。

 振り返った店員はいつもの顔ではなかったが、見覚えがあった。

 少年の面影が残る店員が仏頂面で男のもとにやってくる。

「注文は?」

「おまえと飲んだときと同じ奴を

 青年は仏頂面でカウンターに戻った。


 コトン。

 青年が男のテーブルに新しい酒を置いた。

「まだ故郷くにに帰ってなかったのか」

 田舎でくすぶっていた青年は『冒険者にならないか?』とスカウトされ、二つ返事で王都の養成所に入った。しかし養成所は補助金と支度金をせしめると、青年を形だけ冒険者にして放り出した。

「このままおめおめと帰れるか」

 首にかけた冒険者登録証タグを服の上から握りしめる。

「そんな物でも田舎ならハッタリにはなる。の仕事くらいにはありつけるかもしれん。食っていくだけなら何とかなるだろう。モンスターが襲ってきたりしない限り楽な仕事だ」

「本当に襲ってきたらどうするんだ」

 青年のクラスはファイターだが、ダンジョンに入ったことはおろか剣を握ったこともない。

「その時は潔く死ね」

他人事ひとごとだと思いやがって」

「他人事だからな」

 青年は深いため息をついた。受け取った酒の代金(チップは含まれていない)を弄ぶ。

「同じひとり飲みでも、あっちの人とは大違いだ」

 青年は店の奥に視線を送った。騒がしい酒場から切り取られているかのような一角、その中心に黒い外套をまとったままの男が超然と座っていた。

 瞳に影を宿した男はテーブルに肘杖をついた彫像のようだ。

 忘れた頃に高そうなラベルのボトルから澄んだ琥珀色の液体をグラスに注ぎ、あおる。にこりともせずに。

「あいつは特別だ」

「冒険者じゃないのか?」

 外套の下に鎧を身に着け、テーブルに楯と長剣を立てかけたたたずまいは、これから戦場におもむく騎士を彷彿ほうふつとさせる。変わり者が多い冒険者でも、武装したままくつろぐ者はいない。

「魔王が暴れていた時代に作られたのダンジョンをいくつも攻略したの冒険者だよ。こんなところで小遣い稼ぎしている連中とは違う」

「そんなにすごい人だったのか……何でこんな所にいるんだ?」

「さあな。一人だけで帰ってきたってことは、ろくでもない理由があるんだろう」

 ゴクリと唾を飲み込んで、青年は改めて外套の男を見る。その表情からは何の感情も読み取れなれなかった。

「どこのパーティーにも入ってないなんてもったいないな」

「だったらおまえが声をかけてみろよ。『僕とパーティを組んでください』って」

 青年は顔をしかめた。

「そんなこと恐れ多くてできるか」

「そういうことだ。あいつと釣り合うパーティなんてここには……いや、どこにもいない」


 男がもう一杯注文しようとしたとき、バン! と荒っぽく店の扉が開けられた。

 埃と血にまみれた冒険者が二人、入ってくる。

 外套の男を見つけるとまっすぐにそのテーブルへ向かった。

 恐縮しつつも切迫した様子で必死に話しかける。

 男が外套を翻して立ち上がった。剣と楯を手にして店を出る。

 二人の冒険者が慌ててその後を追った。


 バタンと音を立てて入口の扉が閉まると同時に、近くで耳をそばだてていたドワーフが勢いよくテーブルの上に乗った。

「今回は俺が仕切らせてもらうぜ!」

 その声はいつの間にか静かになっていた酒場に響き渡った。

「痩せた畑にタネ4つだ。さあさあ! とっとと収穫しやがれ!」

 酒場中の冒険者が色めき立つ。

「あの様子だとタネが播かれてからそんなに時間は経ってない。案外収穫は多いかもしれんな」

「痩せた畑でも場所によるぞ。だったら小麦は望み薄だぜ」

「おれは小麦2、大麦2を金貨5枚だ!」

「なかなか攻めましたな。じゃあ私は大麦2、落穂2を金貨3枚で」

 突然の出来事に青年は戸惑う。

「いったい何が始まったんだ?」

「あいつの仕事の成果を賭けてるのさ」

「あのひとの仕事?」

サルベージドブさらい、ダンジョンで遭難した冒険者の捜索だ」

 男の答えに青年は首をひねる。

「それと麦の取引に何の関係が?」

「隠語だ、隠語。今回は中層で遭難者が4人。『小麦』が生存者で『大麦』は死体」

「それじゃ『落穂』は……」

「タグだけ」

 青年は言葉を失う。

「普通ならタグすら見つからないことも多いが、あいつは現場への到着が抜群に早いからな。収穫0ってことはまずない。だから賭けが成立する」

 青年がうめいた。

「人の生死を、しかも部外者が賭けるなんてどうかしてる」

「イカれているのは同意するが、部外者ってのは違うな。奴らはいつ自分が賭けの対象タネになってもおかしくないことを知っている」

 それでも青年は不満げだった。

「まだ納得できないか? ここにいてもできることはない。なら、せいぜいやれ」

 青年は少し考え、ドワーフを振り返り、叫んだ。

「小麦4を銅貨5枚!」

 男は苦笑する。

「セコイ祈りだな」


 *


 ここは英雄亭。

 死者をいたんで生者が祝杯を挙げる場所。

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