一杯目 冒険の始まり(2)

「そんなときに王都からスカウトがやってきた。おまえには冒険者の素質がある、養成所に入ればすぐにでも冒険者になれる、費用の心配はいらない、とかなんとか言われてノコノコついていった」

 まるで見ていたかのような男のもの言いに青年は驚きを隠せない。

「養成所で何を習った? 剣技は? 魔法は?」

 青年は下唇を噛みしめる。

「……『冒険者概論』と『ダンジョン構造学基礎』をちょろっとやった後は、毎日筋トレと『ダンジョン構築実習』ばっかりだった」

「そんなことをやっているうちに『おめでとう! 今日から君は冒険者だ』と言われて養成所を追い出された訳だ」

 図星を指された青年が目を逸らした。

「騙されたんだよ、おまえは」

「そんなバカな! オレを騙して何の得がある!?」

 バカはおまえだ、と男は心の中で毒づいた。

「得があるから騙すんだ」

 不安と怒りが混ざった顔で青年は男を睨みつける。

 男は意に介さない。

「おまえみたいな奴は大勢いる」

「大勢、いる、だと……」

 自分を『冒険者の素質に恵まれた特別な存在』だと思っていた青年には男の言葉は受け入れ難かった。

「【心労王】が冒険者の育成に力を入れているのは知っているな?」

「それくらいは冒険者概論で習った。【大賢者】の予言のせいだろ? たしか『そろそろ魔王が復活するかも? 知らんけど』とか、そんな感じの」

「間違っちゃいないな」

 男が苦笑した。


 ・暦が七十二回巡るまでの間に

 ・投げた三枚のコインが、少なくとも一枚は表になるのと同じくらいの確かさで

 ・魔王が復活する恐れがある


「【心労王】は魔王対策に冒険者を利用することにした」

「そこがよくわからなかった。騎士も兵士もいるのに」

 そんなこともわからんのか、と男の顔は言っていた。

「そいつらは戦争の道具だ。『兵を増やしたのは魔王に対抗するためで、どこかに攻め入る気はありません』と言われて他の国が信じると思うか?」

 男の表情には気付かず、青年はなるほどとうなずいた。

「で、だ。手っ取り早く冒険者を増やすため、育成に金を出すことにした。おかげで冒険者は増えたが、助成金目当ての悪質な養成所も急増した。おまえをスカウトしたのはその中の一つだよ」

 青年は歯噛みしながら反論した。

「そ、そんな悪質な養成所がたくさんあるからといって、オレが入ったところがそうとは限らないじゃないか!」

 男はやれやれと肩をすくめた。

「養成所を追い出されたのは入所してから二十日後だろう?」

 青年は養成所の日々を指折り数える。きっかり二十。

「助成金が出るのは一人につき二十日までだ。それより前でも後でも養成所は損をする。だからおまえはピッタリ二十日で冒険者にのさ」

 まだ信じられない、信じたくないという顔の青年に男は追い打ちをかける。

「山で穴を掘っただろ? ダンジョン構築実習で」

「あ、ああ。ダンジョン『構築』なんだから当たり前だ」

「『構築』って時点で気づけ。冒険者がダンジョンを作ってどうする。それはただの採掘作業だ。助成金と支度金をピンハネされた上に鉱山でタダ働きさせられてたんだよ」

 青年はワナワナと肩を震わせ、冒険者登録証タグを握りしめた。

「クソッ、それじゃこれも偽物か!」

「安心しろ。そいつは本物だ。冒険者にしないと助成金は貰えんからな」

「剣の扱い方もろくに知らないのに、何がした冒険者なんだよ!」

 青年は自分で言ってて悲しくなった。

「考えてもみろ。大量の希望者全員を国だけでチェックできると思うか?」

「それは……」

「冒険者の認定は国から許可を受けた冒険者ギルドが行う。冒険者登録証タグにおまえを認定したギルドの名前が書いてあるだろう」

 青年は改めて冒険者登録証タグを見た。

「『ヒドラの尻尾』……?」

「養成所と同じようにギルドもピンキリだ。養成所とズブズブでフリーパスなところもある。『ヒドラの尻尾』はその筋では有名なだよ」

 あまりの怒りに青年は思わず立ち上がった。

「ウソをつくな! そんなでたらめなギルドが許可をもらえるわけがない」

「実績さえ出せば問題ないさ」

「オレみたいな冒険者をいくら増やしても実績になるか!」

 青年はさらに悲しくなった。

な奴はおまえらとは別の場所でちゃんとした訓練を受けている。みっちりとな。そっちで実績を稼ぎ、おまえらで金を稼ぐ。うまくできているだろ?」

 ヘナヘナと青年は椅子に腰を落とした。

「オレには素質があると言ったのに……」

 素質があれば訓練を受けられたはずなのに。

「いや、おまえには素質がある」

 青年が顔を上げた。

「冒険者になれるのは金と自分の命を天秤にかけられるバカだけだ。ま、あっさり騙されているようじゃ、素質はあっても成功するはなさそうだが」

 男が酒を飲み干して立ち上がった。

「そう悲観するな。ものは考えようだ。なまじちゃんと訓練を受けていたら、おまえは今頃生きちゃいないさ。良かったな、命まで取られなくて」

 男は青年の肩を叩いて店を出ていった。


 青年は手の中の冒険者登録証タグを見つめる。

 いつまでも。


 *


 ここは英雄亭。

 死者をいたんで生者が祝杯を挙げる場所。

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