第22話 信念
セラの叫び声の余韻だけを残し、シンと辺りが静まり返る。夜風がざわりと木々を撫でる音がいやに大きく辺りに響いた。
セデルスに真っ向から対峙する形のまま、セラは毅然として動かなかった。そこにただ立っているだけなのに、ティリオルが気圧されたように一歩退く。ライゼスは成り行きを見守り、ティルは呆然としたまま動けないでいた。
しばしの静寂の後、セデルスはぎり、と唇をかみしめた。その体は、一番離れた位置にいるライゼスにもはっきりと視認できるほどに激しく震えていた。
「黙れ……黙れ、黙れ黙れ黙れ無礼者が!!! 私はリルドシア王家の人間。何人たりとも私を愚弄することは許さんッッ!!!」
狂ったように叫ぶその声もまた、震えていた。わなわなと身体中を震わせながら、手にした刃を勢いよく空へと振り上げる。
「かかれ!!!!」
高らかに彼が叫んだその瞬間、森に潜んでいた気配が一斉に動いた。セラが腰を落とし、油断なく全方向を警戒する。あちこちの木々の影から、黒覆面をまとった怪しげな者たちが一斉に姿を現し、セラたちを取り囲んだ。その数やそうそうたるもので、エラルドの顔がみるみる絶望に染まる。
「リルドシアの姫を消す、そう触れ回ればこれくらいの数が容易に集まる――ティルフィアはそういう存在だ! それでも吼えるか、異国の騎士よ!」
いかにセラの剣の腕が一流であれど、これでは多勢に無勢だ。ライゼスとティルの額にも冷や汗が浮かぶ。
絶体絶命。その状況にあって、しかしセラだけはまったく怯まず、変わらず真っ直ぐにセデルスを見据えていた。その瞳から闘志は消えず、構えた剣もそのままに。
「……もう良いですわ」
緊迫した場に、ティルの穏やかな声が落ちる。そのとき初めて、セラの顔に動揺めいたものが浮かんだ。
声と同じように穏やかに微笑みながら、ティルは対峙するセラとセデルスの間に割って入ると、さらにセラの傍へと歩み寄った。
「もう終わりにしましょう。セデルスやティリオルの言うことは、何も間違ってはいませんわ。わたくしさえいなければ、この国がこんなに荒れることはなかった。もっと早くに、わたくしは消えるべきだったのです」
「悪いが、それには同意できない」
ティルはさらにセラとの距離を縮めると、彼女の剣を持つ手に自身の手を伸ばした。その手が剣を降ろさせようとしていることに気がついて、だがセラは余計に剣を持つ手に力を込めた。
「私は最後まで守ると言ったはずだ」
「貴方のお気持ちには感謝します。ですが、これ以上わたくしのせいで誰かの運命が狂うのを見過ごせません。どうかわかって下さい」
言いながら、ティルはライゼスとエラルドの方を振り返り、同様に微笑んだ。
――これだけの人数に一斉に攻撃されれば、切り抜けるのは不可能だろう。自分のために親身になってくれた者たちを命の危険に晒し、肉親と戦ってまで生き延びる意義を、ティルにはもはや見出せなかった。その上の決断だというのに。
「わからない」
鋭い翠の双眸は、決めた心をかき乱すくらいに強く、強くティルを貫いた。
「王家に産まれた以上……いや生きている以上、確かに綺麗事だけでは済まないだろう。だが、だからこそ誰かを、自分を、簡単に見捨てたり切り捨てたりしてはいけない!!」
セデルスに、ティリオルに、ティルに、――そして自分自身に。渾身の力で叫ぶと、セラはティルの手を振り払ってライゼスの方を仰ぎ見た。
「ラス! 私に力を貸してくれ!!」
その言葉は、判断を迷っていたライゼスの心に、真っ直ぐに突き刺さった。
今にも切りかかって来そうなセデルスや、周囲の覆面たち。その死と隣り合わせの状況で、ライゼスは一切の迷いなく口を開いていた。
「はい。貴方がそう望むなら」
即答したライゼスを、ティルが咎めるように睨む。それを無視して、ライゼスもまた身構える。
「……ッ、大馬鹿だぜ。俺が死ねばそれで終わりだってのに!」
セデルスの声が響き渡る。それと同時に、黒覆面達が走り出す。
毒づきながら、ティルは刀を抜いた。もうなりふり構っていられなかった。
現状、想定した中でも最悪の状況だと言ってよかった。
(なのに、なんでだ――)
毒づいても、思い通りに事が運ばなくても、今まで生きてきた中で一番、心が軽かった。
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