第21話 激昂のセラ
外にいたセラはなかなか事態が飲み込めなかったのだが、セデルスが刃物を手にして現れたこと、その尋常でない様子に、剣を抜いてティルの前に進み出る。
「私に構っていていいのかな、騎士よ。森にいる私の仲間は、もう動き出しているよ」
手の中で短刀を遊ばせながら、セデルスが愉しげに笑う。だが、セラは彼から目を離さなかった。森に潜んでいるだろう襲撃者たちとはまだ距離がある。彼らを気にしてセデルスの動向を見逃すのは敵の思う壺だろう。
「森に向けて、ドカンと一発できねーの?」
ピリピリとした空気の中、ティルがすぐ隣にいたライゼスにひそりと問う。それを聞いたライゼスは陰鬱な気分になった。セラの方を見たまま、淡々と一言だけ言い放つ。
「できません」
「なんでだよ」
「夜だからです。光源のないところで光の魔法を使うのは難しいんですよ」
苛立ったように問い返すティルに、答えるライゼスにしてもその声には苛立ちが滲んでいた。
「こないだ宿で襲撃されたとき灯りを出してたじゃないか」
「だから、あのくらいが限度なんです!」
空気が動いたのを感じ、二人がぴたりと会話をやめる。
ゆっくりと――セデルスがこちらとの距離を縮めている。炎に照らされるセデルスの容貌は、今までの印象とはまるで違う、狂気じみたものだった。
セラが剣を構え直す。そのセラとセデルスの対立を、エラルドの叫びが割った。
「どうしてだ、セディ! 一緒にティアを助けに行こうって言ったじゃないか!」
「どうしてだと? お前はティルフィアがこの国の王になって、それで良いとでも言うのか? 父上を見て、この国の行く末を憂いたことがないのか? だとしたら余程の阿呆だな」
「ないわけじゃない! でもティアの命を狙う理由にはならない!」
「綺麗事を吐くな!」
エラルドの悲痛な声は、セデルスには届かなかった。短刀を構えてセデルスが走る。素人の動きではないが、セラにとって恐れるほどの腕ではない。難なくセラの剣がその刃を受け止めた、その刹那。
『大地よ、その怒りを我が前に示せ!』
聞き覚えのない声と共に、ぐらりとセラの足元が揺れる。
不意をつかれ、セラがまともに体勢を崩す。ライゼスとティルが青ざめるが、その二人が飛び出す前に、セラはその不安定な体勢のまま、片手でセデルスの短刀を弾き返すと、反動で逆側に倒れた。そのまま後転の要領で受け身を取って立ち上がり、セデルスとの間に距離を取る。
その頃には、ライゼスも行動を切り替えていた。
『光よ、我が前に集いてその姿を示せ!』
印と
「……ティリオルお兄様?」
その姿を見て、ティルが意外そうな声を上げる。
第五王子ティリオル。病弱で、ほとんど人前に姿を見せたことはなかった。今更兄弟の誰が敵でも驚かないと思っていたが、彼のことは意識になかった。
ライゼスの出した光にさほどの光量はなかったが、それでも暗闇から突然照らし出されては眩しいのだろう。呻いて両目を覆ったティリオルの方を見て、セデルスが舌打ちする。文句を言いかけて口を開くが、それはエラルドの叫び声に掻き消された。
「ティオ兄まで! ディルフレッド兄上、ティオ兄、それにセディ……兄弟の中で三人もが、つるんで妹の命を狙ってたっていうのか!」
「そこにディルフレッドを並べないでくれ。私はあんな馬鹿とつるんだ覚えはない!」
その悲壮な叫びさえセデルスは一蹴した。そして、吐き捨てるように先を続ける。
「ティリオルと一緒にされるのも不愉快だ。どいつもこいつも王に相応しくない。この私こそが相応しいというのに、九番目の王子などいないも同然だった。なのにどうだ? 父上は十番目のティルフィアに王位を譲ると言う……これが笑わずにいられるか!?」
セデルスのひきつるような笑い声が、黒い空にむなしくこだまする。だがそれはひとまず無視して、ティルはティリオルの方を向いた。
「組む相手を間違えたのではありませんか? ティリオルお兄様」
「……別に、セデルスが何を思っていようが関係ない。お前が私の前から消えてさえくれるのなら、他はどうでもいい」
ティルの皮肉めいた呼びかけに、ティリオルはか細い声を返した。ともすれば聞き逃してしまいそうな声だったが、言葉自体ははっきりしており、そこには明確な意志が見えた。
「体が弱いというだけで……学を身に着けても魔法を学んでみても何をしても無意味だった。どんなに求めても、どんなに努力しても……、だからずっとお前が妬ましかった! ティルフィア、ただ姫に産まれたというだけで、すべてを手にしたお前が!」
怨嗟、羨望、憎悪――その顔と声にありったけの負の感情を宿し、ティリオルが叫ぶ。ティルはただ黙って聞いていたが、それが逆にティリオルの感情を逆撫でした。
「私には、お前がこの世に存在していることが許せない! 頼むから消えて――」
「――黙れ!!!!」
よく通るセラの声が、ティリオルの言葉を遮った。瞬間的に水を打ったような静寂が訪れる。
ティルまでもが心底驚いたようにセラを見、全員の視線が集まったのを感じて、セラは自身でその静寂を破った。
「黙って聞いていれば自分のことばかり、誰もティルと話そうとさえしない。人の痛みには目を背け、その癖に妬み羨み、己の不幸を他人の所為にすることでしか己を守れぬようなお前らこそ、王になど相応しくない!」
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