第20話 敵の首魁

 闇色の髪と目をした青年は、騒がしさに書物から顔を上げた。

 扉を押し開けて外に出ると、丁度良く、目の前をラディアスが歩き去っていった。随分と早足である。


「騒がしいようだけど、どうかしたのかな、ラディアス」


 自分も早足で彼の隣に並びつつ、レイオスが問いかける。ラディアスは彼を見もせずに答えた。


「エラルドとセデルスが、ここ数日戻っていないようです。他にも姿が見えない者がちらほら」

「兄上か?」

「いえ、長兄殿は城におられます」

「ほう」


 問答の間にも、ラディアスはスタスタと進んで行く。その道順で、レイオスにも目的地の想像がついた。


「兄弟のうち誰かが数日帰らないからといって、珍しいことでもなかろう?」

「時期と面子が問題です。そして何より問題なのは、陛下まで外出されると」

「なんだと?」


 聞き捨てならないラディアスの言葉に、レイオスは柳眉を潜めた。王の部屋に向かっていることには気づいていたが、外出の予定など聞いていない。


「それはまた、いったいどのような要件で?」


 疑問をそのままぶつけてみると、ラディアスは足を止めぬまま、小さく肩を竦めてみせた。そんなリアクションは彼にしては珍しい。よほど投げ遣りになっているのが窺える。


「父上が、ティルフィアの後を追うと言って聞かぬのです」

「成る程な」


 くくっとレイオスが笑う。ラディアスが投げ遣りにもなるわけである。最早父は、王としての自覚も責任も忘れたようだ。笑うレイオスに、ラディアスは不快感をあからさまにした。


「笑い事ではありますまい」

「いや、逆に笑うしかないと思うが。それで父上はもう出てしまわれたのか?」

「いえ、まだです。さすがにお独りでの外出は危険なので、急ぎ護衛隊を編成しているところです」

「ふむ、騒がしいのはその為か」


 未だ早足でラディアスの隣を歩きつつ、レイオスは思考をめぐらせた。



 ※



 静かな夜――だと思っていた。今だって、なんの音も気配もエラルドには感じられない。


 それでも緊迫したセラの様子を見て、慌てて言われるがままティルたちを起こしに走る。幌を上げたところで、ぱっちりとした蒼の双眸と視線がかち合った。ぶつかりかけて怯んだエラルドに、ティルが詰め寄る。


「セリエス様に余計なこと言いましたわね? エド」


 凄まじい形相で責め立てられて、エラルドは「うっ」と後ずさった。だがすぐに緊急時だということを思い出す。


「それどころじゃないよ、ティア。セリエスが」

「それどころですわ。森から人の気配がするから目覚めてみれば……」

「あ、ティアも気づいてたの」


 へら、とエラルドが笑って誤魔化す。


「笑っている場合ではないですわよ、エド。団体様ですわ」


 自分が話をすりかえたことは棚に上げ、ティル。確かに笑えない事態であることを悟って、エラルドは表情に緊張を走らせた。


「……とにかく、ティアはセディとラスを起こして、状況を説明して。それで、馬車の中でじっとしてるんだ」

「いえ、わたくしも行きます!」


 叫んだのは、セラが心配だというのが本音だった。近くに大勢の人の気配がする。その団体の目的は今のところわからないが、仲良くできないだろうことは想像に難くない。肌を刺すような殺気と一人外にいるセラが気になって、一瞬ティルの意識は完全に外に向いた。――それが間違いだった。


 の殺気に気づけなかった。


(しまっ……)


 気づいたときには、避けるのは勿論、急所を庇うにも遅いと脳が結論を出していた。そんなことを考える暇があるのに、身体を動かせないことが酷くもどかしいが、結局できた行動といえば歯をくいしばることぐらいだった。だが。


 目に映った短刀が自分を抉る前に、視界が回転する。

 全く予測してなかった衝撃を受けて、ティルは、自分にぶつかってきた『何か』ごと、馬車の外まで吹っ飛んだ。


「ティア!」

「ラス!?」


 その後を追って、エラルドも慌てて馬車を飛び出し、外にいたセラが、事態を飲み込めず驚いた声を上げる。そしてティルは、その二人に聞こえないような小声で毒づいた。


「いってぇーな。早くどけよ、男が近づくとトリハダ立つって言ってんだろ」

「だから僕だって近づきたくないですよ。ただ非常に不本意ですが、貴方の護衛が任務なもので。それと、それが命の恩人に対する態度ですか?」


 火花を散らしながらライゼスとティルが立ち上がり、共に汚れた衣服をパンパンと払う。


「ちッ、ボーヤに借り作っちまった」


 駆け寄ってくるセラとエラルドを見ながら、ティルは苦笑した。


「一体何が?」

「外に気を取られすぎました。敵はもっと傍にいたのですわ」


 セラの疑問に、ティルが簡潔に答える。しかしセラの方は見ていなかった。

 怪訝に思ったセラが、ティルの視線の先を追えば、その方向にあるのは乗っていた馬車だった。そしてその荷台から、セデルスがゆっくりと降りてくる。


 彼の手に握られた短刀が、焚き火の明かりを受けて妖しく輝いた。

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