第23話 覚醒
『光よ! 我が前に集いて邪なるもの灼き祓え!!』
ライゼスが印を切り、
上位の攻撃魔法を使っても、本来の威力の数分の一にもならない。それでも暗闇に光球が弾け、数人が目を覆ってよろめいた。その隙をついて、セラとティルが斬り込んでいく。その連携で敵の一角を崩し、堅実に各個撃破していく。
圧倒的な数の違いに対して、セラたちは善戦していると言えた。しかしながら、エラルドは自分の身を守るだけで精一杯だし、ライゼスも接近戦になればやられる。
今はどうにか戦えていても、崩壊するのは時間の問題だった。
(このままじゃ、いくらももたない……!)
ティルの、刀を持つ手に汗が滲む。そんな彼らの様子を、セデルスは少し離れた場所から涼しい顔で眺めていた。だが、その顔に僅かながら驚嘆の色が宿る。
「成る程、驚いた。なかなかの腕だ。今日までお前が生き延びた手品は、そういうタネだったのか」
覆面と鍔迫り合いをする向こうから聞こえるセデルスの声に、ティルが渋面で舌打ちする。
「ティア、私も鬼ではない。お前がおとなしく私に討たれるというのなら、他の者には手を出さないと約束しよう」
耳にまとわりつくセデルスの声を払いのけるように、ティルは刀を握り直した。
セデルスは用心深い男だ。セラの腕やライゼスの魔法、そしてティル自身も戦えることを見て、より確実な手を使おうとしているのだろう。
口の中に広がる血の味に顔をしかめながら、ティルは相手の刀を跳ね上げると、それによってがら空きになった胴を薙いだ。激しく肩で息をつく。すでに疲労は限界だ。致命傷こそないものの、あちこちについた傷とそこから流れる血は、確実に気力を削いでいく。
(……まったく、魅力的な取引だな)
ふ、と口元を緩ませる。目ざとくティルのその表情に気がついて、エラルドが襲い来る剣を搔い潜って叫んだ。
「ティア、聞くな! どのみちセディはオレ達を見逃さない。王位を狙っているならオレも邪魔な筈だし、セリエス達も口を封じられる!」
――そのくらいのことは、ティルとて百も承知ではある。それでも、ティルは取り合わなかった。
「わたくしを討てば、向こうも多少は油断するでしょう。このまま全滅するよりは、少しの可能性でもそれに懸けるべきです」
「ティル!」
会話を聞きつけて、セラが咎めるように叫ぶ。
いつの間にかティルとの間には大きく距離が開いており、セラは焦った。必死で道を切り開こうとしているのだが、倒しても倒しても、次から次へと覆面達は襲い掛かってきてきりがない。そうこうしている間に、ティルは高らかに叫んでしまっていた。
「取引に応じますわ、セデルス! この者たちを退かせなさい!」
「良い子だ、ティルフィア。――退け!」
ティルの言葉に、セデルスは勝ち誇った笑みで応じた。彼の一声で、覆面達の猛攻が止まる。ティルがセデルスに向けて持っていた刀を放り、セデルスはゆっくりとそれを拾い上げた。
目を伏せ、無防備に立つティルに向けて、セデルスが勝ち誇った顔で刀を大きく振り上げる。
「ダメだ!! ティル――ッ!!」
思ったよりもずっと間近で聞こえた声に、ティルは反射的に目を開けた。その蒼の瞳に、無防備に飛び出してきたセラの背が移る。セデルスが刀を振り降ろし、どさりとセラの体が地面に落ちる。
それを視界に捉え、ライゼスは叫ぼうとしたが声は出なかった。喉がカラカラで、引きつった呻きが僅かに漏れただけ。全身の血が凍りついたように、身体が冷えていた。
「セデルス!!! 貴様ァァァッ!!!」
ティルの憎しみに満ちた声と、憤怒に歪んだ美貌に、もう一度刀を振り上げようとしていたセデルスが僅かに怯んだ。その隙をついて、ティルが刀身を素手で握りしめる。とっさにセデルスが刀を引こうとするが、その手の平から血がボタボタと滴ってもティルはそれを許さず、逆の手で思い切りセデルスの顔面を殴りつけた。
口から血を噴きながらセデルスがその場に倒れ、音を立てて刀が地面に落ちる。しかしそれには目もくれず、ティルはセラを抱き起こした。ようやくライゼスが足を前に踏み出すことができたのは、その頃になってからだった。覆面達を押しのけ、突き飛ばして、セラの元へと駆け寄り、その傍で手をついて屈みこむ。
「セラ!」
「……大丈夫。気を失っているだけで、軽傷だよ」
セラの様子を診ていたティルが、安堵を隠せない声で呟く。さすがに剣で受ける余裕はなかったようだが、どうやら籠手で補強した腕で急所を庇ったようだ。だが受け身までは取れず、倒れたときに頭を打って気を失ったのだろう。
「ボーヤ、今のうちに彼女を連れて逃げろ。俺が囮になって時間を稼ぐから――」
セデルスは倒れても、まだティリオルや覆面たちは残っている。今はセデルスが倒れたことで様子を窺っている覆面たちも、いつまた襲ってくるかわからない。しかしライゼスから反応が得られず、ティルは焦れたように顔を上げてライゼスを見た。
「おい、聞いてるのか? 呆けてる場合じゃないぞ!」
「僕が……僕が、守らなくちゃいけなかったんだ。セラだけは、僕が」
「何を言ってる!? 早く、時間が……!」
放心したようにブツブツと呟くライゼスの、肩を掴んで強く揺さぶる。だが、視界の端で何かが揺れる。セデルスが体を起こしたところだった。
「……ライゼス!!」
ありったけの大声で叫ぶと、ようやく彼はこちらを見た。
否、焦点が合っていない。その目つきもティルが怯むほどに鋭く、まるで別人だった。ゆらり、と何かに操られたようにライゼスの手が動き、セラの横に転がった彼女の剣を掴む。
「何をする気だ。正気に戻れ、お前の手には負えない――」
肩を掴むティルの手を跳ね除けて、ライゼスが立ち上がる。
「やれ!!」
鬼気迫る表情で、起き上がったセデルスが叫んだ。覆面達が一斉に、ティルめがけて再び襲い掛かってくる。
ティルが舌打ちして刀を握り直す。だが、彼が動くよりも速く、
「――――うおおぉぉぉおおおおおおッッッッッッ!!!!!」
鋭い雄叫びが闇を割った。
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