第17話 思わぬ助け

 セラが言葉を途中で止めたのは、強い目眩を感じたからだった。しかし、すぐにそれが自分だけが感じているものではないと気が付く。

 足元がぐらりと波打ち、崩しかけたバランスをとっさに壁に手をついて保つ。


「地震!?」

「いや、これは……」


 セラの叫びを、一瞬ライゼスは否定しかけた。しかし話をしている場合ではないことに気がつく。すでに立っていられないほど揺れは強まり、店の中は悲鳴であふれた。ミシミシと木造の店が悲鳴を上げ、ティルが扉を開けようとするが揺れのせいかたてつけが狂ったのか、開けることができない。


「どいて下さい!」


 短い警告に反射的にティルが身を引いた瞬間、ライゼスが魔法で扉を吹き飛ばす。このまま手をこまねいていては、確実に建物の崩壊に巻き込まれる。


「みんな、外へ!」

 

 ライゼスの誘導で、数人の客、店主が外に転がり出たのを確認し、三人もまた屋外へと飛び出す。轟音と共に屋根が崩れたのはそれとほぼ同時だった。しかし揺れは収まっている。

 ひとまず窮地を脱したことに息をついたセラだったが。

 ひゅっと風を切る音が聞こえた気がして、体を傾ける。直後、頬に微かな痛みが走る。


(さっきのナイフ――)


 避けられたのはほぼ奇跡と言っていい。勘のようなものだ。しかし、それでティルと一瞬距離が開いたことに、またも嫌な予感が頭を過ぎる。それもまた、ほぼ勘の領域だったが。


「ティル!」


 ナイフを避けるのと同時に、ティルの足を払う。がくりとつんのめったティルの、頭が今まであった位置をナイフが通過し、地面に突き刺さる。


「……ッ、俺を殺れれば、誰が死んでもいいってのか!」


 突如店が倒壊したことで、野次馬が集まっている。一歩間違えば関係ない者に刺さっていたかもしれない。迂闊に動けない状況の中で、セラは冷静にナイフが飛んできた方向を特定していた。


「ラス、北の方角約三エード、赤い屋根だ。魔法で狙えないか」

「やってみます」


 狙いをつけようとしたライゼスを、しかし、セラが突き飛ばす。ライゼスのマントが裂け、セラの髪が数本地面に落ちる。


「……ダメです、僕が魔法を撃つより、相手の方が早い」


 建物の影に退避し、悔しげに呟くライゼスに、同様に身を潜めていたティルが軽い調子で声をかける。


「魔法って撃つのに何秒かかんの?」

「状況によりますが、ここから襲撃者一人を撃つだけなら四……いや、三秒あれば」

「へーえ。じゃ、ヨロシクな」


 言うなり、ティルは駆けだした。囮になるつもりだと察して、セラが慌ててその後を追う。


「ティル、無茶をするな!」


 大通りでは人を巻き込むと判断したのだろう。ティルは人が少ない方を選んで走り抜け、路地裏に駆け込んでいく。

 一方ライゼスは、ティルが走り出した一瞬後には、躊躇なくナイフが飛んでくる方向に手を翳していた。ここで判断を迷っては、ティルが身を挺した意味がなくなる。


『光よ! 集いて敵を穿て!』


 きっかり三秒後、光の筋が襲撃者を撃ち抜いた。屋根の上で倒れる人影を目視で確認し、ライゼスもセラたちの後を追う。その彼の目に飛び込んできたのは、黒い覆面をつけた黒ずくめの集団と、ティルを庇うようにしてそれらの者に相対するセラの姿だった。


「誘い込まれましたね」

「悪い、読まれてた。おまけに手をやられた」


 ティルが血の流れる右手を押さえて、呻く。


「ボーヤ……」

「まだ貴方の敵になるのには、少し早いです」


 ティルが言いかけたことを遮り、ライゼスが首を横に振る。

 ライゼスが自らを『敵側』だと述べたのは、いざとなればセラが何と言おうとティルを見捨ててもセラの身の安全を図るからだ。そして、ティルもそれをわかっていて、了承の意で『上等だ』と返した。その意向については今後も変わらない。


 しかし、それは決してセラの望むところではない。だから、本当に無理だと判断するそのときまでは、ライゼスも諦めるつもりはない。


「セラ、十二秒、奴らをこの場に足止めできますか」

「任せろ!」


 街中で大立ち回りをするわけにもいかない。短期、かつ小規模にこの場を制圧するには、ある程度威力のある魔法が必要だ。そのためには印と呪文が要る。ライゼスが魔法を放つための印を切り始め、セラが黒覆面に向けて足を踏み出したそのときだった。

 一台の荷馬車が、裏路地に入る手前の道で急停止する。


「ティア!」


 馬車から聞こえた呼び声に、ティルははっとして叫び返した。


「エラルド!?」

「こっちこっち! 早く乗って!」


 御者台から銀髪の少年が手招きする。

 リルドシア王国第八王子エラルド。それは、唯一ティルが敵ではないと言った名だ。


「ティル、行け!」


 黒覆面を蹴り飛ばして路地裏の奥に押し込み、セラが叫ぶ。走り出したティルを追いかけて黒覆面が動くが、セラがそれを許さない。

 一方馬車に逃れたティルは、別の戦いを繰り広げていた。


「エラルド、馬車を出せ!」

「待ってセディ! 彼らを見捨てる気ですの!?」

「もたついていては、あの覆面達にも馬車に乗り込まれてしまう。彼らは護衛だろう? お前の身の安全が一番のはずだ」


 馬車に乗っていたのはエラルドだけではなかった。

 第九王子、セデルス。彼はなんでもかんでも理詰めで行動するため、時に冷酷である。セラたちを置いて馬車を出そうとする彼を、ティルは必死に止めていた。傷を押さえていた手を放し、エラルドが馬車を出せないよう彼の腕を押さえる。


「ティア、血が! 怪我してるじゃんか! 早く手当しないと……」


 その手についていた血を見、動転して叫ぶエラルドを、ティルが一喝する。


「いいから、あと二秒待ちなさい!」

「え?」


 その、きっかり二秒後。


『光よ! 我が前に集いて邪なるもの灼き祓え!!』


 ライゼスの声が高らかに響き、辺り一帯が凄まじい光に飲み込まれた。

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