第12話 立ちこめる暗雲

 それから三人は、人目につかない裏道を選んで、できるだけ宿から遠ざかった。


「こんなことがバレたら、陛下になんと言われるか」


 宿から離れ、街外れまで来ると、走る足を緩めながらライゼスが大げさにぼやいた。それに答えたわけではないだろうが、つまらなそうにティルが呟く。


「追いかけてこないし大事にもしないさ。俺が最初に渡した金は、サイドボードと窓硝子を新調して、三人分の宿代と食事代を引いても充分な釣りがくる額だ。捕まえて騒ぎを大きくしても向こうにメリットはないだろう」

「まるでそれを見越して大金を渡したみたいだな」


 足を止めて、セラが鋭い口調で言う。

 まるで――という言い回しをしておきながら、セラはそれを確信しているようだった。セラが立ち止まったので、ライゼスとティルもまた足を止める。二人の注目を浴びて、セラはさらに続けた。


「襲撃も予測していたようだったし、私にやつらを追うなと言ったところを見ると、襲撃者にも見当がついているんだろう」


 セラの問いかけに、ティルはまっすぐに彼女の鋭い双眸を見返すと、ふぅ、と息をついた。月明かりが、彼の困ったように笑う表情を映し出す。


「……このまま朝を待って、セラちゃんは国に帰りなよ。さっきから言ってるだろ? 巻き込みたくないって」


 ティルの言葉は、セラの問いに答えるものではなかった。不満を感じたのだろう、それをそのままセラが表情に出す。


「さっき遅かったみたいなこと言ってませんでしたか?」


 だが言葉を発したのはライゼスだった。基本彼の言葉は無視しているティルである、ライゼスも答えを期待はしていなかったが、珍しくティルは彼へと目を向けた。


「ボーヤは側近だったよな。仕える姫を危険に晒すのは望むところじゃないだろ?」


 ティルの口調は相変わらず軽いままだったが、その言外に含まれているものに、ライゼスもまた気がついている。

 ティルは、警告しているのだ。それをわかった上で、しかしライゼスは反論を口にした。


「そりゃそうですが。だからといって、はいそうですねと国に帰れるほど僕も無責任じゃありませんよ。だいたい巻き込まれるも何も、僕らは貴方の護衛のために来てるんです。いくら平穏の世といえど、護衛という時点で襲われるかもしれない可能性があることくらい陛下にもわかっています。だからこそ万一に備えて僕を影につけたんでしょうし……まあそれこそ想定外の出来事で、こうして表に出ることになってしまいましたけど?」


 そこで一度言葉を切って、ライゼスはギロリとティルを睨んだ。言外に、当初の行動を責められていることに気が付き、ティルが肩をすくめる。


「いい女を見たら欲しいと思うのが男だろ」

「貴方はケダモノですか。どうしてセラが女性だとわかったんです?」

「俺が男と女を間違えるわけないだろ」

「もう少し論理的な答えができないんですか」

「そう言われてもな……男が近づくと鳥肌が立つ体質で。あとは、強いて言うなら匂いかな」

「そうですか。やっぱりケダモノでしたか」

「ボーヤは口が悪いなぁ」

「人の名前も覚えられないんですか? 頭もケダモノ並みなんですね」


 次第に二人の口調が棒読みになっていく。どちらも微笑しているが、交わる視線の先に火花が散ったのが見えた気がして、セラはわざとらしく大きな咳払いをした。それによって我に返った二人を見て、セラが脱線しかけた話を元に戻す。


「ティル、私はランドエバー王女である前に、王命によって派遣されたランドエバーの騎士だ。中途半端に任務を投げ出す気はない」


 冷静に告げるセラに、ティルはセラへと目を戻した。彼女の瞳には暗がりでも強い意志が見てとれる。それでもなおティルが説得を続けようと口を開きかけるが、それより前にライゼスが溜め息と共に言葉を吐き出していた。


「一応忠告しときますけど。セラは一度言い出したら、絶ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ対に聞きませんよ」


 必要以上に力をこめて、ライゼスが言い切る。セラは少し複雑な表情で彼を見たが、否定はしなかった。それを見て、今度はティルが溜め息をつく。


「……わかったよ。まあ襲われた以上、それを気にせず帰れってのも無理があるよな」


 諦めたように呟くと、ティルは道の脇に無造作に積まれている木箱に腰を降ろした。


「でも、相手が賊とか他国の刺客ならまだしも、たぶんリルドシア王家の人間なんだよね」


 いくらか自嘲のこもった声で、ティル。その意外な言葉に、セラは驚きに目を見開いたが、ライゼスの表情にとくに変化はなかった。


「やっぱりそうでしたか」

「知っていたのか?」


 セラに勢い込んで問われ、だがライゼスは首を横に振った。


「いえ。ただ、城下で情報を集めていたら王家に関するキナ臭い話が多々聞けましたからね。例えば……」


 一度そこで溜めて、ライゼスが探るようにティルの方を窺い見る。


「リルドシア王は、近々十番目の末姫に王位を譲る気でいる――とか」

「はっ……、国民にまで噂されてんのか」


 ティルは地面へと視線を落とすと、やや疲れたような声を出した。


「それは私も直に国王から聞いて、気になっていた」


 ライゼスの言葉を聞いて、セラが口を挟む。


「じゃあ、襲撃の主がリルドシア王家の人間っていうのは」

「まあ、普通に考えれば上の九人の王子にとっては面白い話ではないでしょうね」


 俯いたままのティルに、ライゼスが続ける。


「だいたい、異常なほど溺愛しているのに海の向こうの国に留学させるって変でしょう。しかも自国にも騎士団はあるでしょうに、わざわざ我が国の騎士に護衛を要請してる。思うに、城内は敵だらけなんじゃないですか? 王は貴方の命を守るため、留学と称して貴方をランドエバーに逃がそうとしている――違いますか?」


 そこまで聞いて、セラはようやく城での様々なおかしな出来事について合点がいった。急な出立も、人目を避けるティルの態度も。


 留学ではなく、亡命だったから。


「ふん。聡いじゃないか、ボーヤ」


 顔を上げて、ティルが珍しくライゼスを賞賛する。


「お察しの通り、さっきの襲撃の黒幕は恐らく兄上……第一王子ディルフレッドだろうな。だが、他にも俺の存在が邪魔な奴はこの国にいくらでもいる。ヤツらは俺がリルドシアを出る前に、なんとしても消しにかかるだろうぜ」


 淡々としたティルの呟きに、セラとライゼスは表情に緊張を走らせた。

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