第11話 襲撃
不測の事態に、だが三人の動きは迅速だった。
番窓に近い位置にいたセラが咄嗟にその場を飛びのき、そのセラをライゼスが飛び散る窓硝子の破片から庇い、ティルはランプの火を消していた。破られた窓から侵入者が飛び込んできたときには、部屋の中は漆黒の闇に塗りつぶされている。
(二人……いや、三人か)
夜目は利くセラだが、さすがに灯りが消えてすぐには目が慣れない。だが、それは侵入者にしても同じことのはずだ。唐突に視界を奪われて狼狽している侵入者の人数を把握するのは容易かった。同様に、制圧するのもそう難しくはないだろう。セラの手が剣へと伸びる。
――だが、その前に。
「うあッ!?」
「ギャッ――」
短い悲鳴が聞こえて、抜きかけた剣を鞘に戻す。その必要が無くなったことを悟ったからだった。
「ボーヤ、灯り出せる?」
ティルの質問に、ライゼスが返事の代わりに
『光よ、我が前に集いてその姿を示せ』
それに応じてライゼスの手の平から白い光が浮かび上がり、室内を照らす。セラの読み通り三人の黒ずくめが、それぞれ体の各所を押さえながら割られた窓から逃げていくところだった。セラがそれを追おうと窓に駆け寄るが、
「セラちゃん」
ティルが「追わなくていい」というように首を横に振るのを見て、その場にとどまる。
「なんなんですか、今の」
服についたガラスの破片を払いながら、ライゼス。それにティルが答える前に――そもそも、答える気は無さそうだったが――セラはまったく違うことを口にしていた。
「たいした腕だな。護衛がいらないとはそういうことか?」
「さすがだね、見えてたんだ? でも護衛を断ったのは、セラちゃんを巻き込みたくなかったからだ」
そう言ってから、ティルは割れた窓を忌々しげに見やった。
「……どうやら遅かったみたいだけどね」
「何があったんですか?」
ライゼスの問いかけは、ティルではなくセラに向けたものだった。ティルに聞いても、ろくに返答してくれないことを学んだ結果である。
「私が剣を抜く前にティルがもう片付けてた。恐ろしい早業だ」
セラがティルを見つめて答える。視線に答えるように、ティルはにこりと笑った。美姫と謳われる美貌にのせた微笑みは、今しがたのセラの言葉を疑いたくなるものだ。しかしティルが背に手をやると、一体どのように隠していたのか、白銀の刀身がライゼスの出した光を受けて煌いた。
「リルドシアに伝わる二つの宝刀のうちの一つさ。俺がたったひとつ、オヤジからもらって感謝してるものだ」
刀を元通りしまって、ティルが複雑な笑みを浮かべる。
「王を堕落させる原因だと、よく命を狙われる身でね。かといって周囲に護衛を置いては正体がばれかねない。自分でなんとかするために戦う力が要った。闇にも毒にも慣れなきゃ生き延びれなかった。姫じゃなく暗殺者でも育てたかったのかね、オヤジは。異様なのがなんでわかんないんだろな」
「ティル……」
壮絶な生い立ちをなんでもないように語ったあと、ティルはまるで子供が拗ねるように自身の長い髪を指でくるくると弄った。
父親の異様性を指摘する一方で、そんな彼にもセラは一種の異様さを感じていた。しかし、それを何と伝えるか迷っている間に、ティルが荷物を担ぎ上げて窓に近付く。
「さて、行きますか」
「……行くって?」
唐突なティルの言葉にセラが疑問の声を上げ、ライゼスもまた怪訝な顔で彼を見た。だがティルは構わず窓に歩み寄ると、破片を手でぞんざいに払いのけ、窓枠に手をかける。二人の疑惑はますます深まったが、結局理由は語られずとも、聞こえてきた慌しい足音によってすぐに知ることとなった。
「俺、もう路銀ないし」
合点はいったが釈然としない表情の二人に、にこっと天使の笑みを見せながら、ティルが窓の向こうに身を躍らせる。
「窓を弁償させられる前に逃げようってことですか……、噂の美姫は、することがはしたないですね」
「まあ……なんだ。姫じゃなかったしな。これだけ騒ぎを起こしたら目立つし、疑われる前に逃げるのが得策だろう」
「誉あるランドエバーの騎士が夜逃げですか……はあ」
ライゼスが肩を落としてため息をつく。だが、ティルの行動が最も無難な選択肢であることは、セラの言葉が示していた。すぐそこまで迫っている足音に判断を迷う暇もなく、二人はティルを追って窓を乗り越えた。
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