第10話 真実

 夕食時がとうに過ぎていたので、話は食事をしながらということになった。宿に頼んで作ってもらった食事をセラとライゼスで部屋に運び、そこにティルフィアを加えた三人でテーブルを囲む。誰も口を開かず気まずい食事が始まったが、しばらくするとティルフィアはぽつりぽつりと身の上を語りだした。


「……実のとこ、オヤジは狂っちゃってんだよね」


 口調は軽いが、その内容は重いものだった。

 そもそも、ティルフィアは言葉使いが悪かった。外見とのギャップも甚だしく、王族とは思えないほど粗野で軽薄な口調だ。ライゼスは時折眉をひそめたが、セラはそのたび視線で制した。

 姫のときほど仕草も楚々としていないが、それがどこかわざとらしくも見える。


「最初の王妃とオヤジの間には四人の子がいた。いずれも王子でね。身体弱かったのにオヤジが姫がほしいと言うから四人も産んで、そのまま帰らぬ人になっちまった。そのときはまだオヤジもまだマトモでね、そりゃもう嘆き苦しんで、それで少々心を痛めすぎたらしい」


 そこで一度言葉を区切り、ティルフィアはスープを啜った。宿の食事はどれも旨かったが、まるで苦い水でも飲んだように、彼の顔は渋い。


「そこから、少しずつオヤジはおかしくなったって話さ。姫が産まれなきゃ死んだ妃は無駄死にだとか言い出して、それからすぐに新しい王妃をむかえて子をもうけた。だけど産まれたのはまたも王子。その後オヤジは三人の側室に次々に産ませたが、なんの呪いか全員が王子だったわけだ。十人目の俺も含めてな」

「それで王は、ティルフィア様を姫として育てたんですね」


 ティルフィアの表情があまりに暗いのを気にしてか、セラが口を挟む。するとティルは持っていたスープのカップを置き、一転してにこりと笑みを貼り付けた。

 

「俺のことはティルって呼んでよ。敬語もいらない。俺はなんて呼べばいいかな、セリエラちゃん?」

「じゃあそうする。私はセラで構わない。家族はそう呼ぶから」

「わかった、セラちゃん」


 さっきまでの重い表情が嘘のように、ティルは楽しそうにセラを見つめた。ひとり渋面のままなのがライゼスだが、ティルは、ライゼスのことなど眼中にはないらしい。特に互いに何を言うわけではなく、さっきよりは幾分マシな空気の中で再びティルが口を開く。


「話を戻そうか。察しの通り、オヤジは俺を女として育てたわけだ。俺が男だと知ってるのは、母上と俺をとりあげた乳母だけだな。ま、その後オヤジは二人を軟禁したし、侍女すら俺には近づけさせなかったから、オヤジも俺が男だってことはわかってるはずなんだ。だが母上が死んでからは、どうもホントに俺が女だと思ってるようでね……もうダメなんだと思うよ、オヤジ。なのになまじ動けて話せるし自覚もないからほんとタチが悪いんだ」


 ため息を吐き出すように言葉を吐き出した彼の顔からは、笑みこそ消えていなかったが、目は笑っていなかった。そんな笑顔はまるで芸術品のように美しかったが、どこか空寒いとセラは感じた。

 セラもまた王族であり、普段が男勝りで黙っていれば女に見られないところがあるが、事情の重さがまるで違う。


「……セラちゃんがそんな思いつめたような顔しなくていいんだよ。優しいなぁ」


 ふと気がつくと、テーブルに身を乗り出したティルに間近で顔を覗き込まれており、セラが思わず身を引く。同時に、無表情でライゼスが立ち上がる。


「それ以上セラに近付いたら、消し炭にします」


 抑揚のない声で、ライゼスが物騒なことを呟く。冗談に聞こえず、ティルは「はいはい」と姿勢と話を戻した。


「今の話を教えてくれた乳母も、去年死んだ。もう真実を知る者は誰もいない……俺らの他にはね。ってわけで、このことは口外無用で。俺もセラちゃんの正体は誰にも言わないからさ」


 器用に片目を瞑って言うと、ティルは空になった食事の皿にフォークを置き、問題は全て解決とでもいうように小さく伸びをした。


「あとさ。護衛はもういらないから。俺はランドエバーに行く気はないし」


 だがその後続いた言葉には、セラだけでなくライゼスも顔を上げてティルの方を注視した。


「ちょっと面倒なことになりそうなんだ。巻き込む前に、セラちゃんには国に帰ってもらいたい。大丈夫、迷惑はかからないようにするから」


 あっけらかんと言うティルに、セラとライゼスがお互いへと視線を戻し、顔を見合わる。いくら護衛対象本人からの言葉とはいえ、二人にしてみれば「はい、そうですか」と納得できるようなものではない。


「どういうこと――」


 セラがその真意を問い詰めるべく、ティルに向けて身を乗り出す。しかし最後まで言い終えることはできなかった。


「――と思ったけど遅かったかな」


 ティルがそれを遮ったのと、窓が割れる派手な音が部屋中に響いたのとが、ほぼ同時だった。

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