第6話 奇妙な謁見

 王冠を頂いた白髭の老人が、銀の髪の美しい娘を伴って現れる。

 

 その白銀の煌めきに、思わずセラは目を奪われた。だがすぐに我に返り、ソファを降りて膝をつく。


「よい、楽にくつろいでくれ」


 それを片手を振って止め、リルドシア王が気さくな調子で言う。そしてテーブルを挟んだ向かいのソファへと腰を降ろした。姫とおぼしき輝く銀髪をした少女はその少し後ろに立ったままだ。俯き加減のその様子から、表情はよく窺い見ることができない。


「ランドエバー騎士団第九部隊所属、セリエス・ファーストと申します。国王陛下、王女殿下におかれましてはご機嫌麗しく――」

「よいよい、堅苦しい挨拶は無しじゃ。セリエスと申したな。そうかしこまらずともよい、とりあえず座りたまえ」

「は……、では……」


 姫がまだ着席していないことを気にして、セラは少し戸惑ったが、王に強く促されてソファに身を戻す。王はそれを満足気に見ると、次は傍らの姫へと目を向けた。


「ほれ、ティルフィア。お前も挨拶するのじゃ」


 挨拶を促されて、しかし姫君はぷいと父王から顔を背けた。機嫌が悪いことが傍目からも窺い知れる態度である。


(姫は男性騎士を嫌がっていたからな)


 それを知るセラには姫君の態度も理解できたが、王は困ったように眉尻を下げた。


「いや、申し訳ないセリエス殿。待望の姫じゃったものでな、どうにも甘やかしてしまって、我儘に育ってしもうた。気を悪くされんでくれ」

「いえ。噂にも勝るお美しさ、陛下が大事にされるお気持ち察して余りあります。お目にかかれて光栄でございます」


 王はセラの言葉を聞き「そうじゃろうそうじゃろう」と満足気に笑った。挨拶の口上は煩わしくとも、娘を褒める言葉は別のようである。


「貴殿に護衛を願いたいのが、このティルフィアじゃ。わしの十番目の子にして、わが国唯一の姫。しかしながら先述の通り、少々甘やかしすぎてしまってな。わしはゆくゆく、ティルフィアにこの国を託したいのじゃ。そのためにもランドエバーで色々と勉強させたいと思うての」


 ぴくり、と。

 姫君――ティルフィアの肩が動いたのに気づき、セラもまたカップを降ろす手を止めた。目も合わせず言葉も発しないこの姫に、初めて感情のようなものが見えたからである。そしてセラもまた違和感を覚えたのだが、今はそれを顔に出すことはしない。

 セラとティルフィア、各々の僅かな反応に王は気付くことはなく、ひとり彼は言葉を続ける。


「しかし、書状で聞いてはいたが、本当に若いのう」


 きた――と、セラは身構えた。そこは、セラとライゼスが最も懸念していたところだ。だがセラが何か言う前に、王は片手を前に出して、セラの発言を止めた。


「いや、気を悪くせんでくれ。わしはランドエバー王を心より信頼している。彼が選んだのであれば、歳や見た目など関係なく素晴らしい騎士だと信じておるのじゃ。それに貴殿のような若く凛々しい騎士であれば、我が愛娘と並んでも遜色ない。うん、実に似合いじゃ」


 心底嬉しそうに王が目を細めたのを見て、セラはいささか拍子抜けしていた。信頼を得ることがこの任務のキモだと思っていただけに、それがランドエバー王の手腕のみで解決していたとなれば、張り切っていた分がっかりしたといっても過言ではない。

 そんなセラの心中を知るわけもなく、リルドシア王はさらに言葉を続けた。


「それで……じゃ。セリエス殿」


 だが、今しがたまで饒舌だった王は、そこでふいに言い難そうに言葉を濁した。やや怪訝そうにセラが顔を上げて、たっぷり一呼吸おいてから言葉を継ぐ。


「急で申し訳ないのだが、今すぐティルフィアを連れて出立してくれんか?」


 それは、王が言葉を濁さねばならぬほど無理な願いでもなかった。だが、全く驚かないという内容でもなかった。


 間もなく夕刻。今すぐ王都を出て港へ行っても、定期連絡船の出港時刻には一晩待たねばならないだろう。つまり王都で宿を取らねばならないのだ。時間的に、出立は明日だろうとセラは読んでいた。セラだけならまだしも、王都にいながら姫が宿を取らねばならぬ理由はどこにもないはずだ。

 視線だけで、セラはティルフィアの様子を探ってみた。だが、今度は先ほどのように、姫に感情が浮かぶことはなかった。


「よいかの? セリエス殿」


 リルドシア王が返事を促す。こちらの判断を仰ぐ疑問文ではあったが、やんわりと有無を言わさぬ色がある。どのみち断ることもできず、セラは胸に手を当て、頭を下げた。


「仰せの通りに」


 セラの返事に、王が満足げにソファに深く身を沈め、ふぅっと長く息を吐き出す。


「ではティルフィア、すぐに準備をせい。済み次第出立じゃ。なに、そう時間のかかることではない。案内させるゆえ、セリエス殿は門で待っていてくれい」


 ついに一言も発することなく、そして腰を降ろすこともないまま、ティルフィアが退室させられる。すぐに案内の兵士が呼びつけられ、セラもまたこの慌しさに違和感を感じつつも、貴賓室を後にしたのだった。

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