第4話 和解

 ライゼスが部屋に戻ると、セラはあらかた片付けを済ませていた。


「遅くなってすみません。ほとんどやらせてしまいましたね」

「別に。荷物そんな多くないし、謝られるほどのことじゃない」


 ぶっきらぼうに告げてから、セラは少し考えるそぶりを見せ、そして小さく息を吐いた。


「……謝るのは私の方だ。さっきはすまなかった。責めているわけじゃない」

「わかっています。それこそ謝られるほどのことじゃありませんよ」


 セラの謝罪に、ライゼスは笑顔で答えた。それまでばつが悪そうにしていたセラが、ほっとしたように表情を和ませる。


「ラスに感謝しているのは本当だ。ラスが取りなしてくれなかったら第九部隊もなかったろうし、そうすれば今回の任務もなかった。着いてくるなとは言ったものの、私一人じゃ乗船手続きもままならなかった。今は心強いよ」

「無理に持ち上げなくてもいいですよ」


 普段は何かと尻ぬぐいしていることに感謝してほしいものだと思っているものの、いざ面と向かってそう言われると照れくさくて茶化してしまうライゼスだった。こほんと咳払いをして仕切り直す。


「ええと、では、少し今後の話をしておきましょうか。心強いと言って頂けるのはありがたいんですが、本来僕は姿を見せるはずではなかったんですよね。今後は影に撤しますので、セラは僕が動くような事態のないよう慎重に行動して下さいね」


 いつにも増して真剣な顔で念押しされ、セラが黙って頷く。


「まあ、そんなに危険を伴う任務ではないですが……まずリルドシア王が納得するかが問題ですよね。僕はセラの強さを知ってますが、客観的に見てセラはちょっと若すぎるかと」

「それは私もわかっている。その辺については私も幾つか対策を考えているよ」

「そうですか。ならいいです」


 あっさりと引き下がるライゼスに、セラはいささか拍子抜けしたような顔をした。


「てっきり、どうするつもりかくどくどと聞いた上に駄目出しするかと思ったよ」

「基本的には信用してますから」


 セラが腑に落ちないという顔で腕を組む。


「だったら小言ばっかり言わないでくれ」

「そうしたら、僕が喋ることがなくなるじゃないですか」


 困ったように笑うライゼスを見て、セラは小言がライゼスなりのコミュニケーションだということをようやく察した。


「……これからは、あんまり怒らないようにするかな」

「え?」


 セラの呟きは小さすぎて聞き取れず、ライゼスが聞き返す。だがセラは違うことを口にした。


「いやなんでもない。それより、影に撤すると言うがはぐれたらどうするつもりなんだ? 出立日が遅れたり、最悪ルートが変わったり、不測の事態がないとは言い切れないぞ」

「たぶん、大丈夫ですよ」


 にわかに外が騒がしくなる。港についたのだろう。

 自分の荷物を肩にかついで、ライゼスはセラの疑問に答えを返した。


「ルートが変わっても最悪港は通ります。陸路だとラティンステル大陸を横断しなきゃいけなくなる。そんな労力を使わなければならない理由がありますか?」

「なるほど。でも港の人混みから見つけ出せるか?」

「ええ。そもそも僕にはセラのだいたいの居場所がわかりますから」

「えっ、そうなのか? なんで?」


 初めて聞く話に、セラが驚いたように身を乗り出す。


「簡単に言えば魔力探知、ですかね。僕はセラの魔力を辿れるんですよ」

「そんなこと聞いたことないぞ。魔法なんか使えないが、私に魔力があるのか?」


 もともと衰退傾向にあった魔法の力だが、ここ数年でその現象にはさらに拍車がかかっている。十数年前は、種火を起こすことぐらいなら子供にでも見よう見まねでできたものだが、今は大人でも火花も出せない。


「魔力自体は誰にでもありますよ。魔力があるのと魔法を使うのは別のことです。詳しく説明すると……精霊魔法の原理からになりますが、聞く気ありますか?」

「いや、ないです」


 身を乗り出したまま即答したセラを半眼で見ながらも、そういう返答が来ることはライゼスも想像はしていた。何せ、セラは家庭教師が匙を投げるほどの勉強嫌いなのだ。


「では、下船しましょうか」


 ライゼスは溜め息を押し殺すと、船室の扉に手をかけた。

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