第3話 気まずい船旅
ライゼスが回想を終える頃には、馬車は港へと到着し、旅路は海の上へと移った。
船は順調に進み、出港から五日を数えた頃にはファラステルの陸地が見えて来る。予定通りの日程でファラステル大陸に辿りつけたことに、ライゼスはひとまずほっとしていた。
「昼前にはリルドシアの港に着くようです。王都までは目と鼻の先ですから、今日中に謁見できそうですね」
船内の食堂で、二人は早めの朝食を取っていた。港までは専用馬車が手配されたが、船は一般客も利用している定期連絡船だ。初日は混み合う食堂に難儀したが、少しばかり時間を早めればいたって快適である。パンやサラダ、ベーコンといった簡単な朝食を乗せたトレイをテーブルに置いてライゼスが話しかけると、セラはパンを頬張りながら彼のほうに顔を向けた。
「残念ははぁ、もう船ほほりなきゃひけないのか」
「物を口に入れたまま喋らないで下さい。行儀が悪いし、何を言っているのかわかりません」
呆れたように言いながら、ライゼスも着席するとパンを千切った。
「まさかとは思いますけど、リルドシア王女との道中、そんな下品なことしないで下さいよ。我が国の騎士の品格が疑われます」
「するわけないだろう、そんなこと。けどお前と二人のときくらいは気を抜いてたっていいだろ?」
「そ、それは……構わないですが。でも、普段から心がけていないと、ふとした拍子に素が出てしまうかもしれません」
セラの予想外の切り替えしに一瞬口ごもったライゼスだが、すぐに我に返るとパンの代わりに常日頃思っていることを口にした。突如始まった小言に、セラは渋面で口の中のものを飲み下すとわざとらしく大きな溜息をついた。
「お前とは長い付き合いだし、感謝していることも多々あるんだが」
珍しく殊勝なことを言いだしたセラが、言葉通り感謝を伝えたいわけではないことは表情で知れる。身構えるライゼスに、セラは手にしたフォークを突きつけ、叫んだ。
「だが小言が多い! 多すぎる! 口を開けば小言。お前は私の親か!?」
「人にフォークを向けないで下さい!」
「ほらまた始まった!」
「いや子供でも向けませんよ普通!?」
思わず声を荒げたライゼスだが、周囲のかみ殺した笑い声に気が付いて慌てて咳払いをした。いつの間にか食堂に人が増え始めている。
「……僕は貴方の親じゃありませんが、貴方の教育係を仰せつかっている身です。見過ごせないことがあれば言いますよ」
「そもそも、そこがわからん。なんで年下に教育されなきゃならないんだ」
「年下って……確かにアカデミーの学年で言えばそうですけど、たった半年の差じゃないですか。僕も貴方も通ってないですし、それを言うなら年下に教育されるべきことが多々あるっていうことの方がどうかと思います。あと貴方の学年に合わせたところで余裕で僕の方が成績いいです」
「ああ、もういいもういい。まったく、教育係より剣の相手が欲しかったよ」
口論の顛末はライゼスに軍配が上がると思われたが、セラの一言で会話はピタリと止まった。
セラが、しまった――とでもいうような気まずそうな顔をする。それからどちらも言葉を継がず、気まずさを振り切るように、セラはカップに残っていたミルクを一気に干した。
「先に戻って下船の準備をしておく」
「……お願いします」
まだ食事の終わっていないライゼスは、素直にそう返した。実際のところは食事云々より、この気まずい空気を引きずりたくないというのが大きかったが。
席を立つセラを見送りながら、サラダをつつく。しかし食欲などすっかり引いてしまった。
ランドエバー騎士団第九部隊は『諸々の事情により、公式に騎士として認められない騎士』の隔離部隊。そこにライゼスが籍を置く理由は、騎士団総括の父と、
両親はいずれもその肩書に相応しい剣の使い手であったが、その二人ともから「素質がないから、剣は諦めろ。決して持つな」と言われた。その出自故、否応なしに周囲は期待する。それに反して剣にすら触れないことはライゼスにとって強い劣等感となっていた。だが一切表には出さず、魔法の才があることを幸いに一心不乱にそちらを磨き、特例ではあるが騎士に籍を置くこともできた。心無いことを言う大人もいるがそれにも慣れた。
しかし、セラが剣の相手をしてほしいというのには、参るのである。
剣術は、セラの唯一の趣味でも特技でもある。日ごろ口やかましく小言を言うのみで、その要望を叶えることができないことはしばしばライゼスを苛む。
(……いや、今は任務中だ。そんなこと気にしてる場合じゃない)
だが軽く頭を振って切り替え、ライゼスはどうにか食事を胃に押し込んで席を立った。
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