第2話 友好国からの無理難題
ガタゴトと、馬車は軽快な音を立てて往く。
ライゼスは窓枠に頬杖をつきながら、その音とそれに混じる気楽な鼻歌を聞いていた。調子っぱずれの鼻歌の主は、真向かいに座るセラのものである。馬車は騎士団専用のもので一般客は乗っていない。
ライゼスの急な同行により、当初こそセラは眉間に皺を寄せっぱなしだったのだが、馬車に乗る頃には機嫌も直っていた。逆にライゼスは、セラの気楽な様子を見るうちにげんなりしてきた。とはいえ、目的地はまだだいぶ先だ。余計なことを言ってまたセラの機嫌を損ねる方が疲れそうで、ライゼスは窓の外を見ながら今回の任務について思いを馳せていた。
セラとライゼスの二人は、共にランドエバー騎士団に所属している。
セラというのは愛称で、騎士団に置いてある名はセリエス・ファースト、所属は第九部隊。ちなみにライゼスも同じ所属で部隊長を務めている。肩書の聞こえはいいが、部隊長、そもそも部隊というのも名ばかりで、第九部隊はセラとライゼスのたった二名しか存在しない。その役どころは、表向きは『特殊任務部隊』となっているが、実際は『諸々の事情により正式に騎士とは認められない騎士』の隔離場所である。
そんなわけで、実際に派遣されるのは実は今回が初めてだった。セラが浮かれているのはそのためだろうと、ライゼスは気づかれないように、小さな溜め息を隠した。
※
「実は、困った事になってね」
国王が苦笑しながらそう切り出したのは、今から少し前に遡る。
いつものように部屋で読書をしていたライゼスは、急に国王から呼びつけられた。それ自体は珍しいことではない。大方、セラがまた何ごとかやらかした、もしくはやらかそうとしているのであろう。その見当は正しかったのだが、今回はいつもとは少し違うようだった。
「セラを任務に出そうと思うんだ」
「ええ!?」
国王の言葉に、ライゼスは王の前であることも忘れて素っ頓狂な声を上げてしまった。あまつさえ、それを取り繕うことも忘れた。それほどの動揺を見せるライゼスに立ち直る暇も与えず、国王の言葉は彼に追い討ちをかけた。
「まだ決定ではなかったんだが、その話をしたら即、出かけてしまった。今頃は城下かな。すまないが急いで追いかけてもらえないだろうか。セラももう子供ではないし大丈夫だとは思うんだが、母親に似て無鉄砲な所がある。一人では心配だ」
ライゼスはしばらく、放心したように突っ立っていたのだが。
事が重大であること、急を要することに気づいて、慌てて立ち直る。
「わかりました! 急いで追いかけて連れ戻します!!」
「あ、いや……連れ戻す必要はなくて」
ライゼスの勢いに気圧されて、王は困ったように頬を掻いた。
「さっきも言ったけど、今回はセラに任せてみようと思うんだ。だからフォローしてやって欲しい」
理解が追いつかず、ライゼスが金魚のように口をパクパクさせる。そんな彼の様子を見て、脇に控えていた騎士の一人が声を上げた。
「まぁちょっと落ち着けよ~。今回の任務は、内容が内容なんだ」
襟足が伸びた茶髪に、派手な赤色のバンダナをしたその騎士は、ランドエバー騎士団総括ヒューバート・レゼクトラ――ライゼスの父である。
ともあれ、父に窘められ、ライゼスは落ち着きを取り戻した。
「父上、言葉遣いにお気をつけ下さい。陛下の御前です」
わけではなかった。
見るからに生真面目なライゼスと対照的に、彼の父親は身なりからして軽薄そうだった。ついでに言えば、中身もだいぶ適当な人間である。息子に叱られても、特に動じた様子も見られない。
「おま言う~? 陛下の御前で金魚みたいになっといてさ~」
口調はともかく痛いところを突かれ、ライゼスは咳払いをひとつすると彼に構うのをやめ、国王の方へと向き直った。
「それで、陛下。一体どのような任務なのですか」
「うん。じゃあ任務について話そう」
そんな親子のやりとりは、ランドエバー城では日常茶飯事である。国王もさほど気にした様子もなく話を続ける。
「ファラステル大陸の、リルドシアという国を知っているか?」
「はい、名前は」
短く答える。
決して大きな国ではないが、豊かな資源に恵まれた国とライゼスは記憶していた。ここ、ランドエバー聖王国があるリルステル大陸から海を隔てて東にあるファラステル大陸、その最南部に位置する。戦後、海路が確立されランドエバーとの交流が盛んになった。花と緑溢れる美しい国で、特産物は綿花。しかし、近年リルドシアで最も有名なものは他にある。
「知っての通り、近年我が国はリルドシアと国交が盛んでね。リルドシア王とも親しく付き合わせてもらってる。それで、ぜひ王女を我が国に留学させたいとの申し出があったんだ。私はそれを快諾し、騎士を派遣して王女をお迎えに上がることを約束した。ここまでは良かったんだ。問題はここからだ」
国王が、眉間に皺を寄せてこめかみに片手を当てる。
曰く、こういうことだった。
さて約束の日に向けて護衛部隊を編成しようかというときに、当のリルドシア王女からの書面が届いた。その内容は『自分は男性が苦手であり、騎士は女性にして欲しい』旨のことが美しい字でしたためられていた。我儘とも取れる内容だが、それを感じさせない、洗練された文章だった。
「ライゼス、君の母上もそうだったように、我が国には優れた女性騎士も多くいる。確かに道中姫と連れそうなら、女性騎士の方が何かと都合も良いだろう。私はすぐにそれを承諾する書面を返した。まぁ、ここまでもさほど問題ではなかったな。困ったのはその後で、今度は再びリルドシア王から書面が来た」
その内容は『騎士は姫の隣に相応しい、立派な男性騎士であって欲しい』という旨のことであった。言ってしまえば親馬鹿で、ともすれば女性騎士への偏見ともとれる内容だが、それを感じさせない洗練された文章であった。
「それでほとほと困ってしまったわけだ」
「はあ……」
確かに、厄介な依頼である。父を立てれば娘が立たず、娘を立てれば父が立たずというわけだ。
話は理解した上で、ライゼスもまた眉間の間に皺を寄せた。
「しかし、留学の受け入れから護衛まで引き受けていて、なぜこちらがそこまで気を揉まねばならないのです。リルドシアにも騎士団くらいあるでしょう」
「まあそう言うな、ラス。リルドシアとは今後も友好関係を続けて行きたいと思っている。だから王の要望には応えたいし、王女にも我が国へ向かう道中からお帰りになられるまで、心安らかであって欲しいと思うんだ」
「成程よくわかりました。それで……」
「そう。ここまで聞いたところで意気揚々と飛び出していった」
見ていないが目に浮かぶようだった。眉間の皺をさらに深くして、ライゼスはついにこらえ切れなくなった溜め息を吐き出した。
「しかし……それで本当にいいのでしょうか」
「そうだね、その懸念も尤もだ。何かあったときは責任は僕が負う。だから悪いが宜しく頼むよ。ただ、今は平穏の世とはいえ、姫の身辺にだけは気を配ってあげてほしい。何しろ――」
「はい。リルドシアの末姫につきましては、話には聞いています。有名ですからね」
国王が満足げに頷くのを見、ライゼスは表情を引き締めて一礼すると、足早に執務室を後にした。
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