5.コメッツ

 狭い楽屋、鏡の前で男が喋っている。全身を赤い毛皮に覆われ、口からは2本の牙が覗いている。クリッとした丸い目と頭上の耳が人ならざる雰囲気を連想させる。

 

「おはよう、ウェシレーヌ」


 固い笑顔を浮かべ、白い牙がくっきりと姿を見せる。残念ながら、映画のモンスターが不気味な笑みを浮かべているようにしか見えない。


「今日という日を皆と一緒に迎えられて、とても嬉しく思う。我々コメッツは、ながにぇん……」


 咳払いして、もう一度……


「今日という日を、皆と共に迎えられて」


 言葉が止まった。背もたれに身を任せ、鏡に写る自分から目を逸らす。壁のポスターには、綺麗に加工された自分が写っている。ずっと見ていると、醜い獣が本当に正義のヒーローなんじゃないかって気がしてくる。チームの仲間もイカしてる。インセクト、ジェット・リー。ファースト・スターは手と目から光を放ち、ブラック・ニンジャは全身を黒で武装している。頭上には派手なフォントが飾られている。


『COMETS』


「もう終わりか?」


 驚いて振り返ると、部屋の隅にポスターと同じ黒マスクの男が立っていた。


「いつからそこにいた?」


 ブラックニンジャは肩をすくめた。


「暫く前から。マネージャーに頼まれた。緊張でガッチガチになってるから……何とかしてくれって」


「ああ、吐きそうだ」


「もっと自信を持てよ。お前はレッドジャガーだ。コメッツのリーダーで、ウェシレーヌの表の顔。この街を大きくしたのは、お前だ。アイスフェアリーでもサンフレアでもない。お前とリーがいたから、ウェシレーヌの今がある」


「みんな俺を買い被ってる」


「初めてリーとこの街に降り立った時は、自分がここまで大きな存在ななるなんて思わなかった。たった3年で、小さな街がスーパーヒーローのメッカになったのは俺だけの力じゃない……」



「だからこそ、今日失敗するわけにはいかないんだ。ウェシレーヌの妖精が汚された。皆不安がってる。アイコンが必要なんだ……市民を安心させられる存在が」


「……今のをスピーチにしたらどうだ? 大ウケ間違いなしだ」

 

 乾いた笑いが楽屋に響く。

 

「レッド、ちょっといい?」


 ファースト・スターが入ってきた。手には携帯を握りしめ、顔は真っ青だ。


「インセクトは?」


「いいえ、まだ連絡がつかない。それより……」


「まだ? 登壇まであと30分だぞ。一体どこに行って――」


「ジェット・リーが……殺されたの」



 人気のない物置部屋。段ボールの匂いと、血の匂い。床には肉と脳みその一部が散乱している。そしてドアの正面、血のように赤い文字でメッセージが書かれている。


『FROM EVIL ICE』


 壁にもたれかかっているのは、かつての親友だった何かだった。青いコスチュームには血が垂れ、首から上は赤い肉の塊と化している。背後で誰かが吐く音がした。多分スターだ。


「おい、リー…… 何があったんだ……?」


 その声は掠れ掠れで、とても自分のものには聞こえなかった。感情の変化が目の前の事態に追いつかない。怒るべきなのか、悲しむべきなのか。とにかく、やるべきことをしないと――


「会場を封鎖しろ。犯人を見つけ出して、思い知らせてやる」




 


「イービルアイスの正体は、エマ・シンプソン」


 スクリーンに大きく写される自分の顔。周りの目がこっちに向かっているのを感じる。冷たい刺すような視線に、居た堪れない感覚に陥る。


「逃げるよ。大人しくしてて」

 耳元で囁くメアリーの声と、手錠の感触。そしていつもの力強い声。


「PCOよ! 通して!」


 周囲の人混みを押し退けるようにどんどん進んでいく。人々は一言も発さずにエマを見つめている。もしも視線で人が殺せるなら、彼女はもう塵一つ残ってないことだろう。


「待て!」


 赤い毛むくじゃらの獣が、物凄い形相でこっちに迫ってくる。その目は真っ直ぐエマに向いている。


「そいつに用がある」


「PCOよ。そこで止まりなさい」


 彼はメアリーを押し退け、エマの腕を握った。振り解こうともがくが、恐ろしく力が強い。もう片方の腕が首元に伸び、踵が浮き上がった。鋭い爪の下で、血管がドクドクと走っているのを感じる。こいつが力加減を間違えたら、私は死ぬ。


「お前が、リーを、殺したのか?」


 毛だらけで、ゴツゴツした手。その感触は、無意識下で嫌な記憶を思い出させる。一人暮らしで培った自信がボロボロと崩れ落ち、五年前のあの日、モーロングの下で怯えるだけだった少女に戻っていく。


 恐怖が漏れ出す。


 腕を放され、リリーはバランスを崩して尻もちをついた。男は顔を苦悶に歪め、腕を摩っている。


 エマは立ち上がろうと手をついて、気づいた。手錠の鎖が、切れている。冷気と落下の衝撃で、鉄の塊はボロボロになっていた。

 

「手錠が凍ってる……」


「掴んだだけでレッドジャガーがやられた……」


「ジェット・リーを殺したって……」


「リリー、行くよ」

 メアリーの手を取り、立ち上がる。背後から野太い声が飛んでくる。


「待て。その女は、親友を殺した……償わせてやる」


 フラフラとした足どり。だが、目にはメラメラと炎が燃え、瞬きもせずにエマを睨みつけている。


 メアリーはリリーの前に立ち、同じくらい毅然とした態度で言い放った。


「彼女の身柄はPCOが預かる。あなたが殴れるのは、逮捕される前の犯罪者よ。彼女に手を出すなら、公務執行妨害であなたにも手錠をかけるわよ」

 

 男は何も言わず、2人を睨みつけるだけだった。


「行くわよ」

 

 最後にステージを振り返ると、サンフレアの顔に少し笑みが浮かんでるように見えた。


 

「大丈夫?」


 メアリーが心配そうに尋ねる。私を助手席に座らせ、手錠だった鉄の塊を引き剥がしながら。


 身体の震えが止まらない。窓ガラスが曇っていく。人々の冷たい視線。殺意に満ちた男の目。首元に当てられたあの感触。


「リリー?」


「……ごめん、何?」


 メアリーはリリーの手を握った。慌てて手を引っ込めようとするが、ガッチリ掴まれてる。


「いいから」

 彼女の手は温かく、柔らかかった。肌の下を血が流れているのを感じる。久しく忘れていた、人肌の温もりがそこにはあった。


 気付けば、震えは止まってた。メアリーは赤くなった手を放し、エンジンをかける。


「手大丈夫?」


「ただの霜焼けよ」

 手を擦り合わせながら、何でもなさそうにそう言う。


「ありがとう」


「約束したでしょ? あなたのことは守る」

 メアリーはそう言って、アクセルを踏み込んだ。


 PCOのウェシレーヌ支部は、思ってたよりも普通だった。映画やドラマに出てくるような警察署のオフィスを殺風景にした感じだ。無個性なデスクが並べられ、どこも書類が山積み。電話は鳴りっぱなし。


「エマ!」


 クレアが走ってきて、勢いよく抱きついた。エマもおろおろと腕を回す。

 

「大丈夫?」


「ええ、なんとか」

 精一杯の笑顔を作って、そう答えた。


 2人を見守るメアリーに、声をかける人が1人。

 

「ウッドさん、お電話です」


「後にしてくれる?」


「長官からです」


「……最高」


 渋々電話をとる。


「レグソン?」

 

「……やってくれたな」


「やるべきことをしたまでよ」


「ああ、だろうな。おかげでこっちは大変だよ。書類仕事に、電話対応……」


「文句を言うためにかけてきたんじゃないわよね?」


「……コメッツと市警が、彼女の引き渡しを求めている」


「それで?」


「法的に言えば、ミス・シンプソンはPCOが預かるべきだ。だが、私は今非常に危うい立場にいる。仮にも私の部下である君が、彼女を勝手に保護し、独断で総合病院とセレモニーに潜入させた。その結果2人の人間が命を落とした。君の友人は、今や4件の殺人事件の容疑者だ。そして今、君が彼女をそこに連れてきたせいでPCOも危険な立場に晒されてる。言い訳をするなら今のうちだぞ?」


「サンフレアを倒すためには、彼女が必要よ」


 レグソンは暫く無言だった。


「メアリー、昔とは違うんだ。私にも守るべき部下と、評判がある。それを踏まえた上で聞くが、そこまでのリスクを冒す価値が彼女にあると言い切れるか?」

 

「ええ、私たちの計画には、リリーの協力が必要不可欠。何としてでも彼女を守って」


「本当にそれだけか?」


 メアリーは眉をひそめた。

「何が言いたいの?」


「彼女について調べた。家族に問題を抱え、頼れる身内もいない。望まぬ力をその身に宿し、苦しんでいる。誰かを思い出さないか?」


「……彼は関係ない」


「そう願うよ。とにかく、部屋を用意するから……彼女も君もそこから一歩も出るなよ。一連の事件の捜査は他の連中に任せて、君たちはこれ以上トラブルを起こさないでくれ」


 それだけ言い残して電話は切られた。



 夜が朝に切り替わる頃、街の一角の古めかしいバーで男が呑んでいた。真夏の室内にも関わらず長袖にサングラス。口元からは、赤い毛と白い牙が覗いている。カウンターに陣取り、浴びるように酒を呑み続けている。


「まだ飲む気か?」

 店主が呆れた声で聞いてくる。レッドジャガーは、グラスを上げてそれに答えた。


「お客はいつまでもあんた1人って訳にはいかないんだけど?」


「金は払う」


「そういう問題じゃない」


 チリン。ベルの鳴る音がした。何人かの足音が聞こえる。


「お客さん文字読めないの? 今日はもう閉店……」


 店主の言葉が止まった。


「隣いい?」


 座ってきたのは、同じくサングラスにキャップを被った金髪の美女だった。後ろに2人の男を従えている。見覚えのある顔だ。


「サンフレア、マンツリー、シルバーブレットまで……もう渡航してるはずじゃ……」


「あんな事件の後だもの。私たちも力になりたい」


 カウンターの写真に触れながら、彼女は言った。像をバックに、レッドジャガーとジェット・リーが肩を組んで笑顔で立っている。勤務初日の挨拶前の写真。その夜、2人で一晩飲み明かした……


「気持ちはありがたいけど……犯人は捕まった。俺たちにできることは、もう何もない」

 

「ああ、それが問題だ」


 後ろに立っていた男が答えた。茶色い硬そうな肌、頭は枝と葉と蔓で鳥の巣のような不思議な状態になっている。


「どういう意味だ?」


「実は……暫く前から、インセクトに協力してもらってシンプソンのことを調べてたの。それで、わかったことがある」


「インセクト? 居場所を知ってるのか?」


「……死んだよ」


 驚きと、声にならない怒りが湧いてくる。これ以上暗いニュースを聞くとは思わなかった。


「どこで……?」


「街外れの小道で。頭を撃ちぬかれてた。PCOの車の中で」


「PCO……?」


「シンプソンを連行したPCOの捜査官覚えてるか?」


「ああ」


「名前はメアリー・エリザベス・ウッド。8年前に現長官からスカウトされて入隊。その後驚くべき検挙率で超常犯罪を摘発。彼女のおかげで、長官は今の地位を得た」


「それが何だ?」


「彼女とエマ・シンプソンは繋がってる」


 マンツリーは小脇に抱えた資料をテーブルに広げ、一枚一枚説明していく。


「昨日、セレモニーの楽屋周辺でシンプソンと一緒にいた人物の目撃情報がある。特徴がウッドと一致する」


「彼女は警察の捜査に介入し、ウィアード殺害事件を隠蔽した。現場のライト刑事の証言もあるぞ」


「それとシンプソンの住んでるアパートだが、家賃を払ってるのは彼女じゃない。金の流れを辿ると、いくつかのペーパーカンパニーを経由して、ウェルナー・スタンドって会社に行き着く。これが何と、トーマス・レグソン長官の持株会社だ」


「じゃあシンプソンは、PCOに守られてるのか?」

 そして自分はそれをまんまと見逃した。酒と怒りで頭がどうにかなりそうだ。


「ええ、おそらく。今回の逮捕だって一時的なもの。ほとぼりが冷めたら、また名前を変えて出てくる。このままじゃ、また罪のない人が犠牲になる。行動に移すべきよ」


「行動って?」


「腐った体制を切り倒す」


 沈黙が流れた。安っぽいBGMがやけに大きく聞こえる。


「PCOは仮にも政府機関だ。俺たちにどうこうできるもんじゃない」


「ええ、でも証拠がある」


「調べた資料を各種マスコミに送った。これでPCOの実態を暴露してもらう」


「中に押し入って、やつらの不正の証拠を見つけられれば、シンプソンを法の下で裁ける」


「何で俺にこの話を?」


 サンフレアは目を見て、熱意たっぷりの言葉を投げかけた。


「あなたはいい人間よ。正義を信じ、神に尽くしてる。あなたが決めるべきだと思った。親友を殺されたんだもの、その資格がある」


「決意が固まったら……連絡して」


 肩を叩き、3人は去っていった。レッドジャガーは黙り込み、マンツリーが置いていった資料と、リーの写真を見つめていた。


 店の前に停めてあった車に乗り込むと、シルバーブレットが口笛を吹いた。


「アカデミー賞ものだ」


「うるさい」

 苛立った声で一言。


「奴は乗ると思うか?」

 車を出しながら、マンツリーが尋ねる。


「乗るわよ。じゃなきゃ困る」


「楽しくなりそうだ」

 シルバーブレットは笑みを浮かべ、拳を固めながら独り言を言った。それがまたサンフレアの癪に触る。


「楽しんでる時間はない。すぐ準備するわよ。PCOに向かって」


 角を曲がり、車は街の喧騒へと消えていった。

 

 



 自分の携帯は電源を切った。そうしないとずっと鳴りっぱなしだったから。


 テレビを消して机に突っ伏した。おでこを打ち付ける。このまま消えてしまいたい。


「大丈夫?」


 頭上からクレアの声が聞こえて来る。


「いいえ」


「SNSどうなってる?」


「正に非難轟々って感じ……あんたは見ない方がいい」

 予想はしてたが、人から聞くとより現実感が増してくる。また気分が落ち込んだ。


「ねえ、何があったら実の妹にこんなに恨まれるわけ?」


 顔を上げると、いつもと変わらないクレアの顔。いつも優しくて、心配してくれている。彼女といると、自分が随分小さな存在に思えてくる。


「わからない」


「本当に心当たりないの? お菓子盗ったとかは?」


 気の抜けた質問に、思わず失笑した。


「ありがとう」


「……何が?」


「クレアがいると、いつも救われた気持ちになる。初めて会った時も、そうだった」


「お昼食べただけだよ」


「でも、嬉しかった。今までそんな人いなかったから。能力抜きで、私と対等に接してくれる人なんて」


 クレアは珍しく照れ臭そうだった。思えば、誰かにこんな素直な気持ちを伝えたのは初めてだったかもしれない。 


「……飲み物買ってくるね?」


 そう言って、彼女は部屋を出た。

 

 

「いいか? これから俺たちがやることは、法律的に言えば正しくはない。だが、大義のため、何より、ここにいない2人の友のためだ。シンプソンと腐った組織に、必ず正義の鉄槌を下そう」


「……本当にやるの?」


「勿論だ」


 心配そうなファースト・スターに、レッドウルフは迷いなく答える。


 ビルの明かりが消えた。


「中にいるにちょっと手伝ってもらったの」

 不思議そうなスターに、サンフレアが答える。


「よし、次だ」


 爆音が鳴り響く。ビルの入り口が燃えている。


「爆破したの⁉︎」

 ファースト・スターの驚きに応える者はいない。


「これでこのビルは犯罪現場だ」


「ああ、ヒーローの出番だ」


「人が死ぬ」


「罪人がな」


「行くぞ」

 怒りを押し殺したような、聞いたことのないほど極端に低い声で、レッドジャガーが指示を出す。そしてヒーローたちは、ビルに入っていった。

 


 突然、電気が切れた。非常灯がつき、警報が鳴り響く。


「何事?」


「ここにいてください」

 見張りは、メアリーの質問に答えなかった。下の方で銃声と、叫び声がする。


「何が起きてるの⁉︎」


 強い口調で尋ねるが、彼は反応しない。気付かないふりをしている。


「あっそ、じゃあ自分で調べる」


 ドアの前に、捜査官が立ち塞がった。汗を流し、怯えてはいるが目は据わっている。


「通して」


「……できません」


「誰の指示?」


「長官から……ウッドさんは外に出すなと……」


「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ⁉︎ あの音が聞こえないの⁉︎ 人が撃たれてるのよ!」


「……すみません」

 彼は銃を抜いた。だがメアリーの方が素早かった。間合いを詰め、銃を持った手を捻る。苦悶と共に、銃が床に落ちた。


「誰の指示?」


 彼は質問に答えず、無謀にもメアリーに立ち向かった。突き出した腕は気持ちのいい音とともにあり得ない方向に曲がった。顔面に一発。床に這いつくばり、立ちあがろうとしたところにもう一発。


「いい? 人命がかかってるの。だから早く答えて。誰の指示?」


「さっき、メールが入って……誰かは知りません」


「狙いは?」


「知りません……」


 その時無線が鳴った。

「入り口にヒーローが来てる! 部下がやられた。奴らは味方じゃない」


 メアリーは男を離し、部屋を飛び出した。そして隣の部屋へ――


「何があったの?」


 中にいたのは不思議そうに尋ねるエマと、見張りの捜査官。


「クレアは?」


「飲み物買いに行くって……」


「襲撃よ。彼女を保護して」


 見張りの捜査官に声をかける。彼は素直に頷き、部屋を出ていった。

 

「ヒーローたちが来てる。サンフレアの策よ。あなたを殺そうとしてる」


 セレモニーでのやりとりがフラッシュバックする。ヒーローは逮捕された被疑者に手を出せない。でも脱走犯なら……合法的に殺せる。


「ドアを」

 ドアを閉めてエマに目配せを。彼女の手がドアノブに触れ、凍り付かせる。


「それで? どうするの?」


「なるべくここから動かないで。あと反撃も最小限に。あなたが犯人だと思われる可能性を、できるだけ低くして」


「努力する」


 ストンと、ドアに何かが刺さる音がした。次の瞬間、ドアを突き破る熱風が吹き込み2人は壁に吹っ飛ばされた。


「ウッド捜査官だな」


 全身黒ずくめに、フルフェイスの黒いマスクを被った男が入ってきた。


 メアリーはヨロヨロと立ち上がり、銃を向ける。


「何故殺人鬼を庇う?」


「複雑なのよ」


 手裏剣が飛ぶ。メアリーは横っ跳びに逃げて倒れたデスクの裏に隠れた。ニンジャは刀を抜き、ゆっくりとデスクに近づく。床の瓦礫を投げこむと、中央辺りで破裂音が鳴った。彼は狙いを定め、そこを一突き。肉を刺す手応えと苦悶の声。そして、銃声。


 弾はマスクに当たり、ブラックニンジャは仰向けに倒れた。無我夢中でデスクを蹴り飛ばし、壁に打ち付ける。2つの板の間でメアリーが呻く音が聞こえた。


 痛む頭を抑える彼はさっきよりも警戒し、距離をとってクナイを構えた。


「出てこい! 逃げ場はないぞ!」


 しかし次の瞬間。彼の脚に何かが抱きついた。

「ぎゃああああぁ!」


 猛烈な痛みによって彼は倒れ込んだ。右脚が、凍結してる。彼の顔は恐怖に引き攣り、追撃を与えようとするリリーを無事な方の足で引き剥がそうとしている。


 メアリーはこの機を逃さず、身体を持ち上げて、しっかりと狙いを定める。


 銃声が固いマスクを凹ませ、ブラックニンジャは地面に倒れた。


「あれ?」

 息が上がり、地面に倒れる2人に近づく影が一つ。

赤いコスチュームにブロンドヘア。胸元の星が輝いている。


「もうダウン?」


 


「一体何なの?」


 薄暗い廊下、鳴り響く警報。下から聞こえる爆音と銃声。クレアは完全に怯えきっていた。


「モリアーティさん!」

 エマの部屋にいた捜査官だった。見知った顔にホッとする。


「無事でよかった」


「何があったの?」


「わかりません。襲撃を受けたことしか……」

 捜査官の声が止まった。

 

「嘘……」

 

 彼の胸を、血に染まった枝が貫いている。声をあげる間も無く彼は持ち上げられ、壁にぶつかった。

 

 暗闇から男が出てきた。鳥の巣のような奇妙な頭だ。指からは血が滴り落ちている。


「クレア・モリアーティだな?」


 クレアは無言でコクコクと頷いた。


「一緒に来てもらおう」


 男は血が付いた手を差し出した。

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