魔王城の転生聖女~転生したら世界が魔王に支配されていたので、薬師として好きに生きようと思います~

柊木ユウ

第1話 聖女の最期

 能天気などと言われることも多いアリエルだが、さすがに湧き上がってくる緊張を抑えることは出来なかった。


 何せ既に四天王はすべて倒し終え、残すは魔王のみとなっているのだ。


 いつ魔王が襲ってきても不思議ではないとなれば、平静ではいられなかった。



「――緊張しているのか?」



 と、そんなアリエルの様子に気付いたのか、前方を歩いていたフェリクスがそんなことを尋ねてきた。


 後ろを振り向いていないはずなのによく気付くものだと感心するが、それだけ周囲を警戒しているということなのかもしれない。



「……当たり前でしょう? さすがにこの状況で何も感じないほど、わたしは図太くないわ」


「そうなのか? それは意外だな」


「貴方がわたしのことをどう見てるのか、非常に気になるのだけれど……?」


「魔王城にまでノコノコ付いてくるような女に対し、正当な評価をしているだけだ」



 それは確かに事実ではあるが、ノコノコは酷くないだろうか。



「……事実だとしても、もう少し言い方があると思うのだけれど?」


「事実ならば何の問題もあるまい。そもそも、言い方を変えたところで何になる? 俺達四人はまがりなりにも女神の宣託を受けた結果ここまで来ているが、お前だけはそうではない。自分の意思だけで魔王討伐隊に加わり、魔王城まで来ているような人物が、まさか普通の女などと言い張るわけではあるまいな?」



 フェリクスの言うことは事実ではある。


 女神から力を授けられた勇者に、女神を崇める教団最強の聖騎士、人類最高とされる魔法使いと、そしてエルフ族の中で随一の弓の腕を誇るというフェリクス。


 この四人は女神の宣託によって魔王討伐隊を組むこととなり、旅をしてきた。


 アリエルだけはそこに含まれない、いわば使命もなく勝手についてきただけの女である。


 だが。



「で、でも、わたしがいたから助かった場面も確かにあったと思うのだけれど?」


「それを否定はしない。聖女と呼ばれるお前がいたことで俺達の旅が楽になったのも事実だ。だが、それとこれとは別問題だろう」



 ぐうの音も出ない正論を言われ、アリエルは黙ることしか出来なかった。


 淡々と前に進んでいく背中を、睨みつけるように見つめる。



「……いいのかしら? あまり言うと、この場で泣きわめくわよ?」


「どんな脅し文句だ」



 呆れたように言われたが、それ以上フェリクスが口を開くことはなかった。


 何となく勝った気分になりながら、ところで、と周囲を見渡す。



「どこまで行くのかしら? もう結構歩いたわよね?」


「……もう少し先だ。あまりよさそうな場所がないからな」


「魔王城という時点で、何処も変わらない気がするのだけれど?」



 少なくともアリエルの目には、薄暗く不気味な通路が続いているだけにしか見えない。


 こんなところで魔王に襲われるとは思わないが、だからこそあまり先に進まない方がいいのではないだろうか。


 そもそもアリエルとフェリクスが二人だけでこんなところを歩いているのは、フェリクスが伝えたいことがあるとか言ってアリエルを連れ出したからだ。


 とはいえ、それが他の三人を休ませるための嘘だったのは分かっている。


 ここまで連戦に次ぐ連戦だったのだ。


 身体の傷はエリクサーで治せたものの、精神的な疲労まで抜けるわけではない。


 特に前衛で戦っていた勇者と聖騎士、後衛ではあったものの魔法を使うのに極度の集中力を必要とした魔法使いに休息は必須であった。


 だが、勇者達は休憩は必要ないといい、それよりこのまま魔王を倒しに向かうべきだと主張したのだ。


 そのため、フェリクスがアリエルを連れ出し、アリエル達が戻ってくるまで待たせることで、三人を強制的に休ませたというわけである。


 しかし、そういうわけで抜け出してきたのだから、適当な場所で適当に時間を潰しだけでいいはずなのだが――



「……ここでいいだろう」



 と、そんなことを考えていると、フェリクスが足を止めた。


 フェリクスが見つめる先には、少し大きめの広間がある。


 なるほど、確かに通路で突っ立っているよりも、こういう場所で自分達も休みつつ時間を潰すのがよさそうだ。


 さすがフェリクスだと感心しながら広間の中へと足を進め、その場を見回した。



「んー……腰かけられそうな場所はないみたいね。まあ、仕方ないかしら」



 正直アリエルの疲労は大したことがないし、贅沢を言うべきではないだろう。


 適当な場所に腰を下ろすだけで十分だろうと、そんなことを考えていた時のことであった。


 腰を下ろす場所を探していたアリエルへと、フェリクスが声をかけてきたのだ。



「アリエル、少しいいか?」


「うん? どうかしたのかしら? 知ってはいると思うけれど、わたしに暇つぶしの面白い話を求められても無理よ?」


「そんなことは分かっているし、最初から期待してもいない。というか、最初から言ってあるだろう? お前をここまで連れ出したのは、お前に伝えたいことがあるからだとな」


「え……?」



 三人を休ませるための嘘だと思っていたのだが、どうやらそれだけではなかったらしい。


 とはいえ、何となく想像は付く。


 今までも色々説教などをされていたからだ。


 この機会を利用してついでにしておこう、ということなのだろう。



「うーん……でも、今回こそは怒られるようなことはしていなかったと思うのだけれど……」


「……この状況で考えることがまずは説教とはな。まったく、お前はどこまでも……」



 聞こえた声は、呆れを多分に含んだもので……どことなく、優しさも感じられるようなものであった。


 もっとも、ちょうど背を向けていたところだったので、おそらくはただの気のせいだとは思うが。


 その証拠として、直後に聞こえた声は、ひどく冷たいもので――



「――だから、お前はこんな結末しか迎えられなかったのだろうな」



 その声が聞こえた瞬間、アリエルの身体を、冷たく鋭い刃が貫いた。

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