腐臭

「うっ……」


 僕は思わず、声を発してしまった。不愉快な生臭いニオイが漂ってきたのだ。ドブ臭いというか……腐ったザリガニのようなひどいニオイがする。


 そうした不快な悪臭を伴い、ゆらり……と水面を波打たせて、そいつは現れた。その姿を見た僕は、言葉を失った。


 そいつは……形としてはサメにも見えるし、ナマズのようにも見える、大きな魚だった。しかし表面は重度の火傷でただれたようになっていて、露出した赤黒い肉はぐずぐずに崩れている。まるで溶けかかった肉の塊だ。そんな、見る者に嫌悪感を覚えさせるような化け物が……佐藤の真後ろに現れた。

 ごぼっ……というひと声とともに、佐藤は肉の塊が開けた大口に吸い込まれた。ほんの一瞬の出来事だった。


「ひっ……」


 岸では大垣と黒川が怯えた顔をして、情けない声を漏らしていた。そんな折、突然びゅうっと突風が吹き荒れた。風が巻き上げた砂塵が目に入ったのだろう。大垣と黒川は目をぎゅっとつぶった。


 僕はその隙に、大垣の体を思いっきり押した。大垣は佐藤と同じように、尻から池に落ちた。ざばあぁんという音と白い水しぶきを立てて、大垣の体は水中に沈んでいった。


 残るは黒川……目を白黒させている黒川に向かって、僕は最初と同じように体当たりをかました。「一人も生かして帰すな」という奏汰の言葉が、頭の中を巡っている。

 が……、黒川の太った体は、簡単には押せなかった。


「何すんだよ!」


 正気に戻った黒川は、逆に僕のことを押し返した。非力な僕は、あっさりと土の地面に尻もちをついてしまった。

 だめだ、勝てない。終わりだ。黒川が迫ってくる。次には多分……殴られる。僕は諦めて、目をぎゅっとつぶった。


 ……そのときだった。


「わああっ!」


 黒川の野太い叫び声がこだまする。見ると、黒川の腰に、あの肉の塊みたいな巨大魚が噛みついていた。黒川は手足をじたばたさせて逃れようとしているが、巨大魚の力の方がずっと強かった。黒川は池に引きずり込まれ、沈んでいった。


「はぁ……はぁ……」


 気づけば、僕は全身汗でびしょ濡れだった。決して暑さのためだけに流れた汗ではない。そのことは僕自身が痛いほどにわかっている。

 

 僕の手足はしなびてしまって、起き上がるまでに時間がかかった。あの不快な生臭さは、いつの間にやら消えている。僕はよろよろと立ち上がって歩き出した。

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