事件後……
あれから、一か月が経った。しばらく学校を休みたかったけれど、奏汰に「怪しまれるから、翌日から普通に学校に行け」と言われたのでその通りにしている。それに、学校を休めばお父さんとお母さんにいらない心配をかけてしまうから、という理由もある。
学校では、不思議なほど疑われなかった。いつも僕はおどおどしているように見えるから、心の動揺が態度に現れていても「いつものことだ」なんて思われているのかもしれない。
一度だけ、僕のところに警察がやってきた。僕は奏汰に言われた通り、彼らに暴力を振るわれたり金銭を要求されていたことは正直に明かして、池に落としたことに関してはシラを切り通した。あの現場に人の目はなかった。死体さえ見つからなければ何の証拠もない。そして、死体なんか見つかるはずもない。みんな食われてしまったのだから。
三人の行方不明事件は当初、学校中を騒がせた。けれども人の噂も七十五日というように、ひと月もすれば話題にのぼらなくなって、学校は元の姿を取り戻していた。
「人を殺してしまった」
その事実は、僕の心にじっとりまとわりついた。たとえ世間が僕の悪事を暴かずとも、人殺しの事実が消えてなくなるわけではない。気がどうにかなりそうだった。
そんな僕の足は……自然とあの事件現場へと向いた。もう景色も気候も秋めいていて、暮れ時の風は冷たい。池の周りはあの日と同じように、少しも
僕はまた奏汰に会いたかった。会って、あの日のことを話したかった。このおぞましい秘密を打ち明けられるのは、奏汰しかいない。
僕が望んでいた人物は……桟橋の根元に立っていた。
「奏汰……」
「優里……」
僕は棒立ちの奏汰に駆け寄って、その体をひしと抱きしめた。奏汰の体は熱を帯びていて、生きている人間にしか思えない。
「……つらかったよな……」
奏汰に頭を撫でられたとき、僕はこらえきれずに泣き出してしまった。
「よくやったよ。優里は……」
何も言えなかった。何も言えず、ただただ奏汰の胸の中で泣きじゃくった。人の命を奪っておきながら、受けるべき裁きを受けず沈黙している卑怯者を、奏汰は優しく慰めてくれている。こんなことがあっていいんだろうか。
「優里、お前は優しいから、きっと気に病んでるだろうと思った」
僕は小さな声で「うん……」と肯定した。やっぱり奏汰には、全部お見通しなんだ。
「いいか、優里。あいつらが生きてお前が死ぬことはないんだ。お前を脅していじめて、金をむしりとる最悪のゴミクズだ」
僕はしゃくりあげるばかりで、何も言葉を返せない。奏汰はそんな怖い言葉を言うやつじゃなかった。けれども……そんな奏汰の言葉に、救われた気持ちになっている自分がいる。
「大丈夫だ、優里。全部俺の言う通りにしてれば大丈夫だから。何も心配することはない」
もう、何も言えず、何も考えられなかった。僕は優しい奏汰を抱きしめたまま、その胸の中でひたすら涙を流すことしかできなかった。
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