駒岡奏汰

 漆黒の夜闇に、丸い月がかかっている。その月明かりを受ける水面に、焼けただれた肉の塊のような、醜悪な怪物が頭だけを出している。

 松の木に寄りかかって腕を組んでいる奏汰は、このグロテスクな化け物に不快げな視線を向けていた。


「……これで満足かよ、バケモノ」


 怪物に対して、奏汰は吐き捨てるように言い放った。


「確かに、理想的な取引だよな。お前はにえを食える。俺は優里を助けられる。ああ、よくできた取引だよ」


 半年前……奏汰はこのユメ池に落ちて死んだ。けれども……ユメ池のヌシは何らかの利用価値を見出したのだろう。奏汰はヌシの眷属として、半ば霊的な存在となりこの世に留まった。時間を戻すという不思議な力も、ヌシによって授けられたものだ。


 ヌシの正体は、全く不明だった。いつからいるのか、どこから来たのか、どうして棲みついたのか……何もかもがわからない。辻風つじかぜに乗って海からやってきた、という荒唐無稽な伝承はあるが、それがどこまで真実を反映しているのかも不明だ。


「気に入らないのは、優里に人殺しをさせたことだ。贄を食いたいだけなら、俺とお前がやれば十分だったはずだ」


 奏汰のいら立ちに対して、怪物……池のヌシは何の反応も見せない。ただ赤黒い肉が露出した頭を、月光にさらしているだけだ。


「ああ、そうだ。お前は人を食うだけじゃ飽き足らない。人の恐れだとか、怯えだとかを吸ってやがるとんだバケモノだったな……!」


 皮肉まじりに言いつつも、奏汰は本気で憤っていた。拳をぎりぎり固く握って、悔しげに歯を噛みしめている。

 池のヌシは、優里に目をつけている。おそらくヌシにとって、優里は鵜飼いの鵜と同じなのだ。餌を運ばせる道具として、あの弱々しいいじめられっ子を利用したのだろう。そのことが、奏汰にとってはこの上なく不快で、腹立たしいことだった。が、そのおかげで、優里の命を脅かすものを排除できたのだから皮肉なものだ。


 眷属の身であるから、ヌシに正面から盾突くことなどできない。それでも優里だけは、絶対にこの醜悪な化け物から守ってみせる……それが、奏汰の固い意志だった。


「優里……お前のことは俺が……」


 その独り言は、黒々とした夜闇の中へ溶けていった。

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ともぐい池 武州人也 @hagachi-hm

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