奏汰の後押し

 たどりついた先には、桟橋があった。いつもは釣り人が利用しているらしいが、今は誰もいない。

 奏汰は桟橋を指さして言った。


「ここで優里は死ぬことになる。そこから突き落とされるんだ」


 それも、夢の内容と同じだった。僕の背筋に、薄ら寒いものが走った。


「優里には難しいかもしれないが……殺される前にアイツらを殺すしか生き残る道はない」

「ちょっ、ちょっと待ってよ。今なんて言ったの?」

「殺される前に殺すんだよ、あのクソみたいな連中を……」


 殺す……そんな物騒な言葉が奏汰の口から飛び出してくるとは思わなかった。その言葉と、奏汰自身の剣幕で、僕の体に緊張が走ったのは言うまでもない。


「大丈夫だ。俺の言う通りにすれば絶対成功する」

「いや、そういう問題じゃなくって、無理に決まってるよ……」


 人を殺すなんて無理だ。いくら自分の命を奪おうとしてる奴らが相手でも、そんなことできるわけない。

 気づけば、僕はじりじりと後ろに交代していた。そんな僕のへっぴり腰を見た奏汰は、急に距離を詰めてきて右手首をつかんできた。


「そんなんだから、お前はあんなしょうもないやつにいじめられるんだよ……!」


 奏汰の指が食い込んできてすごく痛い。奏汰の顔を見ると、鬼の形相をして怒りを表現している。が……やがて奏汰の表情から険しいものがスッと消え、僕の手首を握っていた手を離した。


「……ごめん。ひどいこと言ったな……俺……」


 奏汰はしょげた顔で、申し訳なさそうに言った。


「奏汰が僕のことを心配してくれるのは嬉しいよ……でもいきなり色々言われて頭がゴチャゴチャで……その上殺される前に殺せなんて……」

「そうだよな。戸惑う方が自然だよな……」


 奏汰の寂しげな顔は、どんどん悲しみの色を強くしている。


「でも、これだけは言わせてくれ。このままじゃお前は死ぬ。俺は優里が死ぬのを112回見てきた。絶対にそういう運命なんだ」


 奏汰は泣きそうな顔で、僕の左肩を右手でつかんできた。その言葉が本当だとすれば……奏汰の苦しみ、悔しさ、悲しみは一体どれほどのものだろうか……想像もつかない。


「それを変えるには、その原因……あのクソ野郎を殺す以外にないんだよ」


 奏汰の切迫した様子を見て、僕の中に迷いが生まれた。「殺される前に、佐藤を殺す」という選択肢が、心の中に入り込んできたのだ。それは、自分が生き残るためというより、奏汰をこれ以上苦しめないための選択だった。


「……奏汰。僕はこれ以上、奏汰に苦しんでほしくない」


 僕はゴクリと唾を飲んで、奏汰の右手首をそっと握り返した。奏汰の顔をまじまじと見てみると、長いまつ毛の下のつぶらな目は潤んでいて、両頬にはしずくが垂れていた。

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