第67話 それぞれの想い
グレアムは、馬で駆けながら戦況を見つめる。
互角に戦っている。
今は。
そして、テオグラートを囲むこの隊だけが突出する。
ここまでは、想定内だ。
テオグラートが、矢を放つための亀裂との距離、そして矢を放つ場所を確保しなければならない。
いくらテオグラートが魔術を使って、矢を放ったとしても、やはり距離がありすぎては遮られかねない。
しかも、もうすでに異変に気づいた異形がこちらに向かってやってくる。
封じの石の力が、異形達を引き付けている。
まだ、人間は感づいていない。
グレアムは、テオグラートを見た。
テオグラートの申し出に、グレアムも異を唱えた。
確実に、生きて矢を放たなければならない。
子供だ。単純な理由だけだったが、テオグラートは、もっともなことを言ってのけた。
自分がいちばん戦えない。
あの会議で、戦場での経験が乏しい自分を、自分の得意とする魔術が、この作戦では適任だと、みなを説得する。
自分の危険を承知の上で。
あの面々では、発言するのも怖かったろうし、行動を起こした今も怖いだろう。
自分の立ち位置が良く分かっていて、自分を良く知っている。
賢い子だ。
甥っ子との相性も良さそうだ。
リメルナはテオグラートを邪魔な存在としていた。
しかし、テオグラートは、自ら必要な存在になった。
黒いドラゴンのウェルガー、茶色のドラゴンのアテロニア、深緑色のゲルグが亀裂にたどり着いた。
上がって来る異形を炎で焼き、一時的に異形が這い出るのを防ぐ。
エルフ、ドアーフ、妖精族が、テオグラート達を円で囲むように位置する。
グレアムが手をあげる。
そのまま、グレアム達リメルナ勢は、エルフ達の囲いを出ていく。
テオグラートを阻む者を排除しなければならない。
グレアム達の相手は、封じの石があった祭壇のある小高い丘に立つ、キッセンベリ王、魔術師ガスケと操られている魔術師達だ。
グレアム達が、小高い丘を駆けあがるとラザフが手をあげている。
「そうはさせねぇよ!」
ジギーが即座に、魔術を使ってラザフを止めた。
だが、すぐに動き始めた。
「なんだよ、効かねぇ。」
ジギーが舌打ちする。
ベリンガーが、ラザフを透明な壁で囲む。
ジギーは馬を降り、すでに透明な壁を壊したラザフに、警戒しながら剣を合わせた。
ジギーの後に、ベリンガー、ロゼ、マークも続いた。
魔術も剣術も優れた者達が、キッセンベリ王とガスケを守っていた。
キャス、イザベラ、チコ、ギルがガスケに向かう。
チコが、派手な爆発でガスケを狙うが、光りの壁がガスケとキッセンベリ王を守る。
グレアム、ワルター、レオ、セーラ、ハヴィがキッセンベリ王を狙う。
ワルター達が、敵の魔術師と戦う中、グレアムは、一直線にキッセンベリ王に、剣を振るう。
高い金属音が響き、両者は睨み合った。
ラザフは、兵士ではないので、剣の腕前はそこそこだが、魔術については、とても器用で応用が利いた。
ロゼの悲鳴が響いた。
至近距離からラザフの光りの矢が、ロゼの太腿を射る。
ロゼは、その場に倒れ込む。
ラザフが、ロゼに止めを刺そうと剣を振るう。
「させるか!」
マークが、ラザフに凄い勢いで切り込む。
怒りで我を忘れ、間合いが近い。
マークが、ラザフの懐に誘い込まれる。
「マーク、下がれ!」
ジギーが叫び、ラザフの光りの矢を一瞬、魔術で止めるも、すぐに光りの矢がゆっくりと動き始めてしまう。
ジギーは、他の魔術師に割り込まれ、マークに近づけない。
「くっそ、どけ!」
ラザフの光りの矢が、マークの腹部のど真ん中に刺さろうとしている。
「マーク!」
ロゼが叫ぶ。
マークは、横に飛ばされていた。
地面に這いつくばり、自分の腹に、傷がないのを確認すると振り向いた。
ラザフの前には、ベリンガーがいた。
ベリンガーは、口から血を吐き出した。
ラザフの光りの矢は、ベリンガーの腹部を突き破っていた。
ベリンガーは、一歩前に出るとラザフの肩を掴んだ。
「……ラザフ。」
ベリンガーの呼び掛けに、ラザフの目が赤から黒に変わる。
「なんてことを……。」
ラザフは、また自分の知らぬ間に人を傷つけたこと知り、それが自分の恩師であることに衝撃を受けていた。
「ラザフ!何をしている!」
キャス達に迫られ、必死のガスケが叫ぶ。
ラザフは振り向き、怒りを込めて光りの矢を放つが、ラザフは、急に目眩をおこし光りの矢は反れ、ガスケの左腕を切り裂いただけで致命傷を負わすことはできなかった。
ラザフは、膝をつく。
「また、自分でなくなる……」
ラザフは、手で顔を覆った。
「ラザフ……」
力のないベリンガーの声が、また、ラザフに戻らせる。
「先生。ごめんなさい。本当に……」
ラザフは、許しを乞うように手をベリンガーに伸ばした。
ガスケが、光りの槍を作り出して振り回し、キャスやジギーを遠ざけると、ラザフに向け光りの槍を投げつけた。
光りの槍が、凄い速さでラザフに刺さり、ラザフはベリンガーの前に倒れた。
「もういい。器は王にする。」
ガスケは、腕の痛みに呻きながら不満げに呟くと、キャス達を魔術師に任せ、キッセンベリ王の元へと歩き出した。
コッツウォート勢は、テオグラート達がいるところより前に出て戦っていた。
リルは、叔父やテオグラートの位置を確認しながら戦い、少しでも、テオグラートが敵の視界に入らないようにしなければと思っていた。
クラウス王子も同じように、位置したようだ。
リルは、ヴァル仕込みの剣さばきで、異形を斬り倒していく。
また、大きな地響きで、炎と共にドラゴンクラスの異形が飛び出し、茶色の若いドラゴン、アテロニアが噛みつかれ横倒しに倒された。
すぐに深い緑色のドラゴン、ゲルグが異形に噛み付き、首を噛み切って咆哮をあげた。
ドラゴンの激しい戦いの揺れで、リルはバランスを崩した。
向かって来た異形をなんとか斬り倒したが、異形の鉤爪がリルの左眉の上を切り裂き、血しぶきが上がった。
「左側が見えない!」
左目に血が入り、リルは片目のまま異形を斬り倒していく。
急に、左肩に人がぶつかる。
「陛下!左側は私が!」
「頼む!」
リルは、ヴァルに左側を預け、右側に集中した。
ドラゴンが一時的とはいえ、亀裂から異形が上がってくるのを止めてはいるが、地上にいる異形はまだ多い。
エルフ達の囲いをすり抜けて、異形がテオグラートのもとに走ってくる。
レイラが異形を斬り倒す。
コッツウォートで初めて女性騎士となった。
昔から、乗馬が得意だったし、兄と弟の剣術の稽古にも一緒になって学んだ。
父も母も呆れたが、剣術を教えてくれた先生は、兄弟より腕が良いと言ってくれた。
だが、コッツウォートの騎士にはなれなかった。
何度頼んでも、女性という理由だけで断られた。
仕方なく、第三所領にある学校の教師になった。
良き教師としても認められたレイラは、テオグラートの専属教師となることになった。
この出会いが、第三所領、初の女性騎士の誕生に繋がった。
保守的なコッツウォート、特に小さな第三所領では、男性の職に入り込むのは、厳しいことだったが、テオグラートのお陰で、今では、たくさんの女性が騎士を目指し始めている。
テオグラートは、何事にも前向きで、第三所領を変えてくれた。
良く言えばのどかな第三所領に、活気を生み出した。
果実、果実酒などに力を入れ、ただの見回りだけの騎士団に、他国へ行く際の護衛業務を入れたり、多くの仕事が入り、多くのお金をもたらし潤った。
テオグラート王子に仕えられて幸せだ。
絶対、守らなければ。
テオグラートを守る者達は、誓いをした時を思い出し戦っていた。
レイラとマルクスは、異形を次々に斬り倒した。
テオグラートが馬を降り、弓筒に手をやるのが見え、レイラとマルクスは警戒を強めた。
突然、激しい音とともに細いが大型の異形がレイラの目の前に降り立つ。
エルフ達を飛び越えて来たのだ。
自分の背より高い異形に、レイラは、異形の細い両足を切る。
異形が、レイラの左斜めに倒れていく瞬間、異形の鉤爪が、レイラの左腕を引きちぎった。
レイラは悲鳴をあげた。
腕は、肘から無惨に無くなっていた。
テオグラートにもレイラの悲鳴が聞こえた。
「キリウェル!こっちは、俺に任せろ!」
マルクスの大声で、テオグラートは、我に返り弓筒から弓を抜き取った。
レイラ、どうか無事で。
マルクス頼む。
テオグラートは、歯をくいしばる。
キリウェルが、自分の前に現れた異形を斬り倒し、テオグラートの視線から右側に消えていく。
テオグラートは、落ち着いていた。
みんなが守ってくれる。
弓を構える。
テオグラートが矢を放つ。
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