第66話 協同
『誰が、チャッピーじゃー!!!!この悪餓鬼リカルド!!!』
「俺は、グレアムだよ。父上は、城にいる。」
グレアムの顔に、ドラゴンの右目が寄る。
『ふん!あの家出息子か。少しは、大きくなったか、チビめ。』
ドラゴンは、鼻息をグレアムに浴びせた。
『わしは、ホーフェンガング・ヨハンシュバルツ・ウェルガーだ!チャッピーじゃーねぇー!』
ドラゴンの右目が、また近づいた。
「あー、たぶん妹のレティが怖がると思って、父がちょっとした愛称でつけたんだよ。
それに子供達が高貴な名前を覚えられないから。」
グレアムは、《高貴な》を強調した。
もしかしたら、父も覚えられなかったのかもしれない。リメルナは、元々名前を捨てた人達ばかりで、今は、愛称を正式に戸籍登録しているものばかりだから、名前がみな、短い。
『高貴か、だろうな。だが、チャッピーはやめろ。』
ドラゴンは、仕方なさそうに鼻息を吐いた。
「チャッピー!」
ミムが勢い良く馬で駆け込んでくる。
ドラゴンの右目が、ミムに当たりそうなぐらい近づき馬が嘶く。
「勝手に持ち場を離れるな。」
弟のミムが一番、ドラゴンの話しが好きだった。弟とレティは、父の話しをただのおとぎ話だと思っていたが、現実となれば、ミムなどは、恐怖心などなく、まるで宝物を見つけたように、嬉々とした顔をして突進してきた。
ドラゴンは、名前については諦めたのか、エルフを見る。
『エルフが怖くて、悪餓鬼リカルドは城に隠れているのか?』
「律儀に妻の言うことを守っているんだよ。」
グレアムは、複雑な顔をしていた。
この妻とは、ステアの母親、先妻のことで、グレアム達の母親アイーシャは、ちょっとした嫉妬で故郷に帰っていた。
母は、父がエメラルに来てくれるのを待っているのだろうと思う。亡き妻ではなく、生きている妻を想ってくれるのを。
「…人間に恋をするなど。」
エルフは、頭を横に振り、厳しい顔をグレアムに向けた。
「封じ石は、どうした?」
グレアムは、テオグラートを呼んだ。
テオグラートは、弓筒から一本の矢を取り出し、矢じりを見せた。
ところどころに緑色の部分が見える。
封じの石を矢じりにしていた。
「矢を亀裂に放り込むか。」
エルフは、矢じりを掴み、目を閉じ、何かを念じているように見えた。
エルフが手を離すと綺麗なエメラルドグリーンの石になっていた。
「力が衰えていたようだ。永遠とはいかないものだな。」
エルフは、遥か昔の誰かに話すように呟いた。
「この子供に託すのか?」
エルフの問いに、テオグラートはムッとした。
「僕は、魔術が使えます。だからこの中で戦闘能力が少ない僕が、適任なんだ。」
そうだ、みんなが戦ってくれる。
みんなが守ってくれる中で、僕が、矢を放つ。魔術で矢を守りながら。
キリウェルは、手を強く握りしめた。
何度反対しても、頑なに断られた。
こんなに頑固なテオグラートを初めて見た。
もちろん、第3所領の者は、みんな反対だ。
危険過ぎる。
確かに、みんなが守る。だが、逆を考えれば敵のすべてがテオグラートを狙うのだ。
「分かった。これは、我々にも責任がある。我々も共に戦おう。」
エルフの言葉に、キリウェルは異を唱えようとした。
矢を持つテオグラートの手が、キリウェルの胸を叩く。
「頼んだよ、キリウェル!僕を守ってくれるんでしょう!」
「…もちろんです。」
キリウェルは、自分の胸にあるテオグラートの手を掴んだ。
この命と引き替えになろうと、必ずテオグラートを守ると再度誓った。
「テオグラート行くぞ!」
テオグラートがグレアムの後を行く。
キリウェル、マルクス、レイラがテオグラートを囲むように馬を走らせる。
前方でワルターとキャスが道を切り開いて行く。
異形達を人間が、エルフが、ドアーフが、妖精族が斬り倒していく。
亀裂から、飛び出してくる羽がある大きな異形もドラゴンが噛みつき、亀裂へ投げ飛ばし、炎を浴びせている。
いつの間にか、2体の若いドラゴンも加わっていた。
茶色の少し小さなドラゴンと深い緑色のドラゴン。共に艶があり、若々しく美しいドラゴンだ。
グレアムは、子供のころに会っていた。その時は、グレアムより少し大きいだけだったのに。
「立派になったな。」
グレアムは、気合いを入れた。
亀裂に近づけば近づくほど、異形が増え、テオグラートを囲む者達が削がれていく。
まだ、前にはリメルナの魔術師達や、グレアム、キリウェル、マルクス、レイラがテオグラートの回りを固めていた。
左側に、兄のリルがコッツウォートの兵を率いて駆けている。
右側には、リリアーナの兄クラウスが同じく兵士を鼓舞しながら駆けている。
テオグラートは、何としても成功させなくてはと手綱を強く握りしめた。
「どう言うことだ!」
若きキッセンベリの国王は、ドラゴンやエルフの姿を見て、驚愕の声をあげた。
「何も恐れることはありません。」
ガスケは張り飛ばされた。
「私は恐れてなどいない!」
若き国王は、怒りに震えていた。
「申し訳ございません。亀裂からまだまだ異形が出て参ります。ドラゴンやエルフが居ようと我々の勝利は間違いありません。」
ガスケも怒りに震えていた。
幾度も探りを入れた。
どこかに、あの絵画の中のドラゴンやエルフ達に通じる道があると。
人間嫌いのあやつらを操るつもりだった。
どこにあったのだ!?
ガスケの動揺は長くなかった。
異形のほうが多い。
それに、器はどちらでもいい。
ガスケはラザフと国王を見た。
封じの石について調べている時に、あの戦いを仕掛けた魔術師が、闇の者と手を組もうとして失敗した記述を見つけたのだ。
器に移すことが難しいことだけは分かった。
だが、私はやれる!
ガスケは握りこぶしで自分の腿を叩いた。
まるで自分を鼓舞するように。
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