第65話 チャッピー
アディとサミーの隊は、爆風で左端に吹き飛ばされていた。
彼らは、運の悪いことに、爆風で出来た小さな崖上と、後ろは、海沿いへの崖で、ちょうど崖と崖の間にいた。
爆風側の崖の下には、大量の異形がいて、後ろは断崖絶壁、下は海。
気がつくと回りは、異形だらけだった。
アディとサミーは、顔を見合せ覚悟した。
「何十年か後に、大将があの世に来たら、倒した異形の数を自慢してやるぜ。」
アディが剣を構える。
「ギルの奴にもな!」
サミーも笑って剣を構えた。
爆風でコッツウォートの陣営が崩れたことで、敵の異形が、人間の多くいるリメルナやフレールに向かってくるのが見えた。
フレールは今、第3、第4陣営を戦わせていた。
もっとも兵士数が多いフレールは、第5、第6陣営、クラウスの兵と王隊まであった。
まだ、第1、第2陣営は休ませる必要があるが、兵士を増やさざるを得なかった。
クラウスは、第5陣営をリメルナとフレールの間に割り込ませた。
グレアムは、コッツウォートの隊に、エメラルの陣営を差し向けた。
馬に乗る母親のアイーシャが、グレアムに向け笑みを浮かべ手を上げた。
念のため、魔術師が必要だろう。
「セーラ、頼む。」
「了解よ。任せて!」
セーラは、エメラルの陣営に加わった。
エメラルの陣営は、女の兵士が多かった。
強くて、美しい出で立ちに憧れ、同士が募りここまでの大規模な隊が出来上がった。
美しく、頑丈でありながら、柔かなリメルナ製のミスリルが体に張り付き、まるで裸体のような姿だ。
エメラルの兵士達は、強く、軽やかに美しい姿で異形を斬り倒していく。
「我が孫は、大丈夫か。」
孫がいるとは思えないほど、若々しいアイーシャが顔を曇らせる。
「先ほど、ヴァル殿と共に、前衛に向かいましたので、間もなく復帰いたしましょう。」
ララが卒なく答える。
「あの東の小僧か。他は?」
アイーシャにとって、男どもはほとんど小僧扱いだった。
「レオ殿とギルがおりました。」
「そうか、なら問題なかろう。我がエメラルは、全力で異形を叩け!エメラルの力を見せつけろ!」
アイーシャは、馬上で腕を上げ異形を指す。
アイーシャの気高い姿に、エメラルの兵士が奮い立つ。
ヴァル達と合流したリルは、爆風で抉られた小さな壁の中を、異形を斬り倒しながら突き進んだ。
壁が無くなると、辺りを確認した。
コッツウォートの兵士とエメラルの兵士が共に戦っていた。
リルは、祖母がなんとなく苦手だったが、戦いが終わったら、すぐに会いに行こうと思った。
「陛下!」
ヴァルが指差す方角に目をやると、多くの異形と戦っている者達がいた。
リルは、ミム叔父を探し、リメルナの陣営を見るとすでにミムの弓隊が狙いを定めていた。
「テオグラート!」
リルは、テオグラートに崖の上を指し示した。
ミムの弓隊が矢を放つ。
テオグラートの風が、弓に速さと強さを加えた。
異形達が弓によって倒れていく。
多くの異形達が倒れた先に、異形達の鉤爪による傷で血だらけになったアディとサミー達が立っていた。
アディとサミー達は、多くの異形を斬り倒し、生き残った。
「おい、サミー!この戦いさっさと終わらせて自慢しに行くぞ!」
「あぁ、あのにやけ顔を悔し顔にしてやる!」
アディとサミーは、駆け出した。
戦いの最中だと言うのに、ギルはくしゃみをした。
「どこかで、美人のお嬢さんが心配しているのかな。」
ギルは、向かって来た異形を斬り倒した。
「しつこいわね!私には、決めた人がいるのよ。お前らは、ごめんだよ!」
ジルは、絶好調だった。
途中、一度後方に下がり、リメルナの癒し手に治療してもらってからは、身体が軽くなり、剣術も冴え渡っていた。
「あっ。」
ジルは、異形の血溜まりで足を滑らせた。
また、同じことをして、窮地に追いやられた自分を嘆いた。
大将が、ジルの助けに入ったが、一つのミスで、形勢は逆になり、次々に襲いかかる異形に、ジルは圧倒された。
異形達が、叫び声を上げバタバタと倒れて行く。
異形達の首には、小さなナイフが刺さっていた。
ジルが顔を上げると、ガビとゴビが馬上から手を振る。
「お礼は、たっぷりグレアム王子に!」
「たっぷり、たっぷり~。」
ふたりは笑いながら、次の窮地へと向かって行った。
「俺も、何かお礼するのかね。」
大将が、不思議そうに顎を掻いた。
「わ、私がしておくわよ。」
ジルは、顔を真っ赤にしながら、剣を構えた。
グレアムはくしゃみをした。
「ちょっと!こんな時にくしゃみなんかする?」
ハヴィは、呆れた。
「親子揃って、能天気!」
「そう言うな、俺を心配する女は多い。」
「次、来たわよ!」
親子揃って、意外と一途なくせに!
ハヴィは、グレアムの足の切り傷を治した。
器用に、戦っているグレアムの傷を治す。
困るのよ、グレアムは殺させない!
チェックメイトさせるものか!
と、その時、大きな揺れが起こり、亀裂から人の3倍はある異形が飛び出して来た。
大きな異形は、回りの小さな異形達をなぎ倒しながら突進してきた。
ワルターとキャスが、大きな異形を斬り倒すが、数が多く全部を倒しきれない。
「おい、あれは、俺じゃあ無理だぞ。ただの人間なんだから。」
グレアムは、次から次に出てくる異形に呆れながら、自分に突進してくる大型の異形を見た。
「ママ!」
グレアムに守られていた子供達が、空を見た。
グレアムには、なにも見えない。
だが急に大型の異形達が次々と倒れて行く。
「トフ、フィス!」
「パパ!」
子供達を簡単に檻から出すと、二人を抱きしめた。
「リカルド!このクソガキめ!」
急に、グレアムの方に振り返る。
「こっちは、グレアム坊やよ。」
「ママ!」
子供達が飛びついた。
しっかりと抱きしめると、勝手に遊びに出た我が子を叱った。
「ごめんなさい。」
二人が反省したところで、振り向きグレアムを見た。
人より少し小さな妖精族は、両手を広げる。
これは…。グレアムは固まる。
どの種族でも、母親とは同じなのか。
グレアムは、諦め、戦渦の中で、子供達の母親であるハンナにハグをした。
異形達は、次々と這い出して来ている。
ふたりが久しぶりに会った喜びの中、回りでは、妖精族のほか、エルフやドアーフが戦っている。
グレアムは、妖精族とドアーフには会ったことがあった。
妖精族は、子供のころ家出した時。
ドアーフは、父親に連れられて、ミスリルとエールを交換しにドアーフの洞窟に行く時。
エルフには、子供のころ、兄のステアと一緒に森に行った時、見かけただけだ。
「まったく男の子は、危ないことばかりする。」
ハンナはグレアムの背中を軽く叩くと、両手の平でグレアムの頬を包み見つめる。
グレアムは、ハンナより大きくなったというのに、昔みたいに子供扱いだ。
妖精族は、エルフなどと同じく長生きらしいから、あれから何十年とたっているグレアムについては、まるで時が止まっているように見えるのだろうか。
「あなたのパパには、困ったものだわ。私たちに頼みたいことがあるなら、素直に来ればいいのに。」
ハンナは、グレアムを解放すると、両手を腰にあて首を横に振り振りする。
「あいつは、まったく素直じゃねぇ。」
パパのハンスが呆れた顔をした。
「怒らないから、一度ママのところに来るように伝えてちょうだい。」
「パパは、怒っていると伝えろ!」
「あなた、やめてちょうだい。」
グレアムは、ふたりに圧倒されていた。
今は、戦いの最中だというのにこの余裕。
しかも自分の父親が、子供扱いだ。
父と妖精族のつながりについては、良く知らないが、今もふたりが実の子供に対するように、父を想っていてくれることが嬉しかった。
亀裂から、激しい咆哮と炎があがる。
異形達が逃げ出すほど、今までにない激しい咆哮と炎が続く。
グレアムは、即座に撤退の声をあげる。
不意に手を握られる。
「この際、多少の無理は許すけど、無茶はダメよ!」
ハンナが、握る手にもう一方の手を重ねる。
「大丈夫。無茶はしません。」
無理はするけど。グレアムは、ハンナの手をぽんぽんと優しく叩き、お礼を言って、馬に乗った。
ワルターやチコ達がグレアムの下に戻った。
各国の兵士も、下がったようだ。
まだ、亀裂から何度も咆哮や炎が繰り返し起こり、さらに大きな揺れも感じられた。
「おい、何が起こるんだよ?」
チコが、頭を掻きながら訴える。
「嫌な予感しかしねぇな!」
ワルターが、不敵に笑う。
炎がさらに激しく上がり、ひときわ大きな揺れが起こると、亀裂から大きな岩のようなものが高く上がった。
「噴火か!」
チコの声が上擦り、皆、上を見上げる。
そして、岩のようなものが着地し、咆哮を上げた。
「ドラゴン!?」
チコがびっくりして大声を上げた。
「ドラゴンじゃねぇ。」
いつの間にか妖精族のハンスパパがいた。
「穢らわしい。」
白髪の美しい顔をしたエルフが、目を細め、険悪な顔して立っていた。
グレアムは、前に森で見かけたエルフだと思った。その横顔は、兄のステアに良く似ていた。
グレアムは、おぞましい真っ黒な異形を見た。
「下がれ!」
グレアムの声で、みな我に帰る。
ドラゴンのような異形は、真っ黒な羽を広げると口を大きく開けた。
魔術師達は、皆それぞれに壁を作り、多くの兵士達を守ろうとした瞬間、横からの突風と共に、何かが異形の首に食らい付き、異形を亀裂の方に投げ飛ばした。
凄まじい炎を異形に浴びせ、深い緑色のドラゴンは咆哮を上げた。
「チャッピー!!!」
思わずグレアムは、喜びで大声を上げた。
『誰が、チャッピーじゃー!!!!この悪餓鬼リカルド!』
グレアムに向かって振り向いたのは、洞窟にいたギョロ目だった。
グレアムは、また父親と間違えられていた。
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