第64話 覚悟
「ダメだ!近づくな!」
リルは、急いで馬を反転させた。
兵士を下げるのは、自分の右手側、攻撃に上がるは左手側からと決められていた。
リルの左手後ろには、負傷者はいないはず。
うずくまる兵士が、ニヤリと笑い立ち上がると光りの矢が生成され放たれる。
敵の魔術師とマリー、キャリーの間に、リルは駆け込んだ。
リルは、光りの矢を2本防いだが、1本を右腕に、もう1本は馬の尻に刺さり、馬が大きく嘶きリルを振り落とした。
「陛下!」
ヴァルが、敵の魔術師と剣を合わせる。
厄介なことに魔術だけでなく、剣術も優れていることを、ヴァルはすぐに悟る。
リルの護衛達も加わるが、魔術で攻撃されながらの戦いに苦戦していた。
リルは救護班の馬車に乗るのを拒み、光りの矢を強引に引き抜くとすぐに治療しろと命じた。
マリーとキャリーは、慌てて治療した。
半泣きになりながらも、適切な治療が行われたようだ。
リルは、2人が良い医師になるだろうと思った。
マリーとキャリーが、治療が終わったと言う前に、リルは2人を抱きしめた。
「ありがとう。すぐ後方に戻れ。」
「馬車を出せ!」
救護班に命じると、リルは、ヴァル達の戦いに戻ろうと辺りを確認した。
ヴァル達と敵の魔術師は、かなり後方に下がっていた。
自分の馬が見当たらない。
「陛下。」
リメルナのレオが駆けつけた。
レオは、リルに護衛がいないのを不信に思い急ぎ駆けつけた。
「陛下、この馬をお使いください。」
レオが降りるより先にリルが止めた。
「このまま、あの魔術師を倒しに行け。そしてヴァルに戻るよう伝えろ。」
「はっ。」
レオは、すぐさま向かった。
レオは、リルが随分、立派になられたと感心した。
報告では、まだ自分の意見に迷いがあると聞いていた。
この戦渦の中で、護衛もいないままヴァルを待つ。
レオは、東でどう猛な兵士達を統率していた。歳はとったが、魔術も剣術もまだまだ衰えていない。
俺では、信用ならんか。
レオは、思わず笑った。
しかし、当時は、王子の配下など、いかがなものかと思ったが、ヴァルの奴め、随分信用されたものだな。
左前方で、ナギとアーチが大小の異形達に囲まれ苦戦しているのが見えた。
リルは、2人の加勢に行こうとして、駆け出した。
途中、ヴァルが自分のところに戻ろうとしているか確認で後ろを振り向くと、ヴァルが前方を指差して、レオに何かを訴えている。
レオが振り返るのと同時に、リルも前方を見る。
振り向いた先には、ラザフがまた手を掲げているのが見えた。
「テオグラート!」
リルは、大声で叫んだ。
テオグラートは、異形を斬り倒すと、兄の叫びに顔を上げる。
テオグラートは、慌てて風を起こした。
爆風が、テオグラートの風に押され、大きく左にそれたが、コッツウォートの陣営がいた左端の地面を大きくえぐって小さな崖を作り出しながら、兵士達を吹き飛ばした。
ひどい砂ぼこりが起こり、色々なところで咳き込む兵士達がいた。
爆風の通った左端は、先ほどまで戦っていたコッツウォートの兵士達がいない。
テオグラートが、目を凝らすと遥か後ろまで、爆風で飛ばされ、倒れている。
テオグラートは、リルを探しに向かおうとした。
「テオグラート、持ち場を離れるな!」
グレアムの怒声に、テオグラートはその場で硬直する。
「…兄上。」
自分には、自分の役目がある。
今は、下がれない。
テオグラートは、剣を握り、飛びかかってきた異形を斬り倒した。
ナギは、微睡むなか、思い出したくない光景が浮かんで来ていた。
小屋の中で、必死に自分の口を押さえて震えている自分がいる。
まだ子供だった自分だ。
小屋の隙間から、地面に横たわる人を凝視する。
あー、またこの光景か。
当時の頭に、大きな畑や果樹園があり、度々盗みに行っていた村へ、子供達だけで、「食いもん盗んで来い」と言われた。
命令だ。
今の頭リカルドの前は、短気で容赦ないひでぇ奴だった。
嫌だと言えば子供でも殺される。
子供達だけで、盗みに行くのは初めてだった。
子供達の中で、最年長は、2人。
10才より下は、俺を含め7人いた。
最年長組が、年少組の7人を森に待機させた。
年少組を除く13人で、畑や果樹園から食いもんを盗むことになった。
俺は、子供扱いされて腹をたてていた。
俺だって役に立つ、こっそり後を追った。その後ろをチビども2人が連なる。同じように役に立とうと。
囮に使われていることにも気づかずに。
大人達は、噂を聞き付けた。
度々盗みに来る盗賊を一網打尽いや、始末してやると。
盗賊を始末してやると意気込む村人のいる村に子供らを行かせ、自分達は、リメルナに盗みに向かい、そのまま住みかを変えるつもりだった。
優しくて面倒見の良いファレルが、地面に倒れてこちらを見ている。
いや、目はこちらを見ているが、ファレルには、もう何も見えていない。
親のいない小さな子供達から、ファレルはいつもまとわりつかれていた。
子供達にとっては、まるで父親の愛情を求めるように、彼にまとわりついていたのかもしれない。
鳴き声が聞こえる方に、歩いて行く。
炎が村の家々を焼いている。
誰が、火を放ったのだろう?
今でも、分からない。
鳴き声に混じって、怒声が聞こえる。
小さな広場に出た。
そこには、年長組のもう1人が、襲いかかる村人達と戦っていた。
俺は、立ち尽くした。
始末してやると意気込んで広場に来た村人は、たった1人の少年に皆殺しにされた。
怒声は止み、子供達の鳴き声と炎のパチパチという音だけになっていた。
誰かが、自分の肩を優しく叩いた。
ビクッと体を震わすと、優しく頭を撫でられた。
ハヴィ達が、頭や手に終えない手下どもを皆殺しにして、子供達を助けに来ていた。
小さな広間で、多くの死体と血だまり、火事による煙りで、ナギはむせかえった。
剣を地面に突き刺し、倒れないようにしているのか、片膝をついた血だらけの少年が、まるで敵がまだ目の前にいるかのように睨み付け、苦しそうに呼吸をしている。
その後ろには、小さな子供が2人、すがりついて大声で泣いている。
少年は、ワルターに手配書の罪状通りになったと呟いた。
あー、嫌なこと思い出させやがって!
何が、生きてた日だよ。
ガビとゴビの野郎!
「陛下!陛下!」
ヴァルの陛下を探す声が聞こえた。
あー、見つけたんだな、自分の居場所。
自分を必要としてくれる人。
「真っ暗だな。あの夜と一緒だ。」
仰向けのまま空を見た。
ナギは、頭がはっきりしてきた。
「くそ、また吹き飛ばされた。」
寝転んだまま、体を少し動かしてみる。
「痛ってぇ、…運が良いのか、悪いのか。」
ナギはまた、打撲だけで重症をおっていなかった。
ため息をつきながら、顔を少し動かし周りを確認する。
剣がぶつかり合う甲高い音がする。
「1人で戦っているのか?」
ナギが、横を見る。
「あー、止めろよ。お前は、どんだけ真面目なんだよ。」
ナギが苦しそうに呻きながら呟く。
視線の先には、壁に体を預けながら、必死に前に進もうとしているアーチがいた。
あれ、腕折れてるだろう。足も引きずっているし、戦えるわけねぇ。
ナギは、アーチが目指す方角を首だけ動かして見た。
「マジかよ!」
コッツウォートの兵士が倒れて苦しんでいる中、1人異形と戦って兵士達を守るのは、国王陛下のリルだった。
あー、まったく、なんだよ!この状況!
国王を守るはずの兵士達が、あの坊っちゃん国王に守られてらぁ。
ナギは、なんとか体を横たえ、戦うリルを見た。
戦い方がヴァルの旦那にそっくりだ。
リカルドが頭になり、リメルナの国王にまでなったリカルドに、コッツウォート行きを言われた時、心底、嫌だった。
頭は好きだ。ユーモアがあって、豪快で、毎日が楽しかった。
新しい戸籍、新しい家。町がどんどん活気づく。
コッツウォートのくそ爺が、リメルナにちょっかいさえ出して来なければ、リメルナで暮らしていたのに。
リメルナは、レティを嫁がせることで、コッツウォートとの戦いを避けた。
あのくそ爺なんか、俺達で殺しちまえば良かったんだ。
可哀想なレティ。
ヴァルと何を話したのか知らないが、レティは腹を括った。
つまらないことで、愚痴ってる俺は、馬鹿みたいだと思った。
だから、レティやヴァル達と、コッツウォートに来た。
文句を腹に据えたまま。
そう、文句ばっかり。
異形が、アーチに向かった。
リルが、ナイフを投げ、異形を仕止める。
怯まず戦い続けるリル。
まったく、何が、怖じけづいてるだ。
俺だけじゃねぇか、腹括ってねぇのは!
ナギは、立ち上がった。
「アーチ!」
ナギが、大声で叫んだ。
「てめぇ、みたいな怪我人は引っ込んでろ!」
アーチは、ナギを見て力無く笑った。
なんだか、見透かされたようで腹が立った。
また、ヴァルの国王陛下を探す声が聞こえた。
「陛下は、ここにいるぞ!兵士達のために、1人で戦ってるぞ!」
ナギは、大声で叫ぶと、怒号を上げ、リルのもとに走り出した。
「陛下!あとは俺に任せな!」
ナギが、リルの前に飛び出し、異形をすごい勢いで斬り倒していく。
ナギは、子供のように笑っていた。
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