第63話 戦渦
亀裂から続々と大小様々の異形が現れる。
ミム王子の弓隊から、逸早く矢が放たれ、
各国の弓隊も、即座に矢が放たれ、近づく異形を倒していく。
テオグラートは、少しでも役に立とうと風を起こしていた。
「坊や。」
リメルナの魔術師イザベラが、馬上のテオグラートに並ぶ。
胸が強調された軍服に思わず目がいき、慌ててイザベラの目を見た。
イザベラは優しく微笑むと、テオグラートに少し体を寄せた。
「各国の弓隊はかなりの精鋭が揃っているわ。近場を狙う矢とその後ろを狙う矢。全てに力を使う必要はないわ。」
浅黒い肌を持つ美しい人は、エメラルでも見かけたが、イザベラは、この戦場の中でも際立っていた。
そのイザベラの瞳は、優しく美しくて吸い込まれそうだ。
「ありがとう。」
テオグラートは、素直にお礼を言い、今度は遠くを狙う矢だけに風を使った。
テオグラートは、先程より楽に魔術を使うことで、これならすぐにバテなくてすみそうで安心した。
グレアム王子が、後方に癒し手を多く配置しているので、すぐに戻れるかもしれないが、少しでもみんなの役に立ちたくて、気が急っていたのかもしれない。
テオグラートは、考えて戦わなければと気を引き締めた。
グレアムは、馬上で剣を敵に向ける。
「進め!」
グレアムの大きな雄叫びで、兵士達が雄叫びを上げた。
チコやワルター、キャスが飛び出し敵陣の前衛を蹴散らす。
フレール軍の前衛では、ジキーとイザベラ、ロゼとマークの魔術師達が敵陣の出端を挫く。
コッツウォート軍の前衛では、テオグラートの風をベリンガーが強烈な竜巻にして、崖下のキッセンベリの海へと吹き飛ばす。
竜巻を逃れた異形は、リメルナの魔術師レオが炎で焼き付くした。
敵の魔術師ガスケが放った雷の様なものが炸裂して、砂ぼこりが激しく舞った。
前衛にいたテオグラート達は、馬をなんとか落ち着かせる。
砂ぼこりから人影が這い出でてくる。
全身にまとわりつく黒いゼリー状の様なものを地面に落としながら、剣を抜いた。
使えるものは、何でも使ってやる。
例え、地中の骨だろうと。
ガスケは、ほくそ笑んだ。
隣にいる若き国王では、許可は得られないだろうとこの魔術は伝えていない。
死者を冒涜していると言い出しかねない。
戦場は、ひどい腐敗臭のために、兵士が二の足を踏んだ。
「うおりゃー、行くぞー!」
チコの魔術がそこら中に炸裂する。
死者兵が、爆発で飛ばされ炎に焼かれる。
チコの獣の様な勢いに、二の足を踏んでいた味方の兵士達も雄叫びを上げ走り出した。
「こういう時は、チコみたいな奴が役に立つ。」
レオは、後ろに向かい、大きな雄叫びを上げた。
「続け!」
東の国の元指揮官の雄叫びに、士気はさらに上がった。
両陣営は、激しくぶつかり合う。
ガスケの放った死者の兵に、歩兵達が立ち向かう。
その戦いの中に、敵の魔術師や異形が混じり、戦場は激しさを増す。
「まだ、居やがったのか!」
キャスは、敵の魔術師が放った光りの矢を剣で弾こうとしたが、光りの矢は剣に吸い込まれた。
キャスは驚きながらも、そのまま敵の魔術師を斬り倒した。
「力を吸いとるのか?」
キャスは、改めて剣を見た。
その剣は、サンゼベリアの国王からベリンガーに託されたものだった。
届けられた剣の他に、サンゼベリアの国王クレメンスからの書状があった。
書状には、クレメンス国王の短いが期待を込めた心情が書かれていた。
『残念ながら、サンゼベリアには、勇者の剣を授かるに値する者は現れなかった。フレールに嫁いだ我が妹の大事な息子に、我が国の大義を押し付けるような真似をすること、申し訳なく思う。だが、勇者アスリーの血は、間違いなく、お前にも引き継がれているだろう。サンゼベリアの国王クレメンスより、勇者の剣を授ける。幸運を祈る。』
「まったく、顔はそっくりみたいだが、期待されてもな。」
剣の柄に嵌め込まれた青い石に、キャスの青い瞳が重なる。
フレール軍の多くは、初めて異形達を見た。
最初こそ、恐怖で動かぬ足をクラウス王子自ら先頭に出たことで、フレール軍は最強の力を見せた。
どう猛と言われる東の軍隊との戦いに勝利したフレールの兵士達は、統制のとれた精鋭達だった。
キャスの統率力の賜物でもあったが、何よりもクラウス王子の兵士達を率いる力が常にフレール軍を最強にしていた。
だが、クラウス自身は、自分が影響させていることにはまったく気づかずにいて、キャスの自信に溢れた姿を見るたびに、自分の力不足を悩んでいる状況が続いていた。
しかし、今回の戦いで、キャスは、全軍の前衛としてクラウスの下から外れていた。
そのことがクラウスの先導者としての力をさらに強める結果となった。
グレアムは、フレール軍に魔術師を多く配置していたが、危惧だったかと微笑む。
後ろで大きな音がしたので、グレアムは思わず振り向いた。
セーラが、魔術で木の檻を地面に下ろしたところだった。
「なんだ、その子供は?」
グレアムは、冷めた目で木の檻に入れられている子供達を見た。
「頭が、あんたのところに連れてけって!」
セーラは、両肩を軽く上げ、ワケわからないと子供達を見た。
「グレアムおじさんに遊んでもらえって、頭が言ってたよ。」
二人の子供の内、兄であるトフが笑顔で答える。
兄の服を掴み、少し不安気に隠れて弟のフィスがいる。
二人とも、お揃いの石のお守りを首から下げていた。
「これが交渉成立なのかな?」
グレアムは、アゴに手をやり首を傾げた。
「でしょうね。あのロクデナシ流の。」
ハヴィが呆れてため息をつく。
グレアムは、前を向き戦況を確認した。
第1、第2陣営は、思った以上に健闘してくれていた。
どんな敵かも分からずに、勇気を持って先陣を切った。
グレアムは、第3、第4陣営を前に出した。
入れ替わりも上手くいった。
第3、第4陣営の後ろに、救護班が馬車で戦場に入って行く。
第1、第2陣営で余力のある者と救護班が、怪我で動けぬ者達を後方へ運んで行く。
コッツウォートの後方でも、怪我人がほぼ運ばれたが、リルの左後ろにまだ1人だけ、立ち上がろうともがく兵士がいた。
「「大変、助けなくちゃ!」」
救護班の馬車に乗るリメルナの医師フランの双子の娘マリーとキャリーが馬車を止めてもらい急いでうずくまる兵士に駆け寄ろうとしていた。
「ダメだ!近づくな!」
リルの大声に、マリーとキャリーは、びっくりして抱き締めあってその場に固まった。
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