第68話 グレアムとキッセンベリ王

 テオグラートが、壊されないように魔術をかけた矢が、光りの放物線を作りながら飛んでいく。


 ガスケが、慌てて光りの槍を投げつける。


 ウェルガーが大きな翼を広げ、槍を叩き落とし、咆哮をあげた。


 光りの矢が、亀裂に落ちていく。


 一瞬の静寂を破り、地響きが激しく起こり、また静寂になる。




 咆哮の様なものが響き渡り、黒い煙りが何かの姿を現し亀裂から這いつくばって出ようとしているが、何かに引っ張られているのか出てこれない。

 煙りの手がまるで地面を叩くようにしては消え、また手のようになり、地面を叩いて消える。


「待ってくれ!あー、まだだ!まだ器が出来ておらん!」

 ガスケが、地面に膝をつき、手で頭を掻きむしる。


 激しい咆哮とともに、黒い煙りは勢いよく亀裂に吸い込まれた。

 それと同時に大きな地響きが、また起こると、亀裂のそばにいた異形だけが凄い勢いで、亀裂に吸い込まれた。



 地響きが、さらに起こり、異形達が悲鳴のような鳴き声を上げながら、亀裂に次々と勢いよく吸い込まれ始めた。

 兵士達は、吸い込まれる異形に巻き込まれないように、体を低くした。

 飛んで来る異形は、切り裂いた。



 テオグラートは、亀裂に起こったことを呆然と見ていた。


「テオグラート様!」

 キリウェルの叫びで、我に返り前方にいたキリウェルを見た。

 その瞬間、体が急激に引っ張られ、テオグラートは、地面に頭を打ち気絶した。


 キリウェルは、テオグラートに飛びかかり、頭を守るように抱きしめながら、亀裂へと引きずられていく。


 異形は、テオグラートの弓筒に鉤爪を引っ掻けていた。

 キリウェルは、異形を何度も殴り引き剥がそうとするが離れない。

 異形を殴る度に掴まっていないほうの鉤爪が、キリウェルを傷つけた。


 殴り続けていたその時、異形が小さな岩に乗り上げ、鉤爪が弓筒から外れた。



 キリウェルは、叫び声をあげた。


 弓筒から外れた鉤爪が、そのままキリウェル達の体を滑り、キリウェルの太腿を切り裂き、脹ら脛とブーツにくい込んで止まった。



 キリウェルは、痛みに呻きながら異形と亀裂を見た。


 間に合わない。


 今、テオグラート様を離せば、自分だけ……。


 キリウェルは、テオグラートの顔を見た。


 キリウェルは、引きずられながら、テオグラートの頭を守っていた手を外した。




「キリウェル!」

 先ほどまで、守られていた手がなくなり引きずられる衝撃で、朦朧としていたテオグラートが気がついた。


「お離しください!」

 テオグラートは、無我夢中でキリウェルに抱きついた。



 テオグラートは、急いで光りの壁を作った。

 異形共々勢いよく光りの壁に激突したテオグラートは、すぐさま短剣で異形に立ち向かった。

 接近戦は、キリウェルにさんざん鍛えてもらっていた。

 テオグラートは、怯むことなく、異形に向かい短剣を突き刺した。


 異形を倒したテオグラートは手をついて、大きな息を吐き出した。




 グレアムとキッセンベリ王は、光りの壁の中で戦っていた。

 外では、異形が次々と亀裂に吸い込まれていたが、二人には、お互いしか見えていなかった。


「お前のように、何でも持っている人間には、私の苦しみが分かるまい!」


「知りたくもないね。大体、お前も国王なら、民より裕福なはずだろ!お前は、民を捨てて自分のことばかり嘆いていやがる!」


「うるさい!私は民のために、色々考えた、全て民のためにしてやった。」

 キッセンベリ王は、激しく剣を振り回し始めた。


 ハヴィは、光りの壁を解除した。




「異形が、居なくなった……。闇のものも消え去った!まだ、私は何もしていないというのに!わしには出来た!出来たのに!」

 ガスケは激昂し、膝をつき、何度も地面を叩いた。


 自暴自棄になったキッセンベリ王は、厄介だった。

 おもいっきり振り下ろされた剣をグレアムは受け止めた。


「お前には、何度も助けるために使者をやった、その度に無視して、挙げ句の果てに、その使者を殺した!俺も腹を立てたが、弟はもっと腹を立てて悔しがってたぞ!」


 グレアムは、強引にキッセンベリ王の体と自分がいた位置を入れ替えた。


 強い衝撃をグレアムは受け止めた。


 キッセンベリ王の口から、血が吐き出される。


「俺達兄弟の中で、一番怖いのは弟なんだよ!」


 また、衝撃が来た。


「どんだけ弟を怒らせてんだよ!」


 キッセンベリ王の背中には、2本の矢が刺さっていた。

 グレアムは、キッセンベリ王の首を跳ねた。



 ガスケは、絶望で呆然としていた。


「…闇と途切れて、手駒も居なくなった。……使えん奴ばかりだ。ワシがこれからという時に、なんだ!邪魔ばかり!」

 ガスケは前を見た。


 ガスケの前には、ガスケによって魂を抜かれた魔術師達が、まだ戦っていた。



 目の前に、血だらけで戦う少年がいた。


 あれは、確かコッツウォートの新しい国王か。

「小賢しい子供め!」



 ガスケは光りの槍を作り出した。




 テオグラートは、キリウェルの応急処置をして、医療班を探すために顔を上げた。


「兄上!」

 テオグラートは、駆け出しながら弓を構えた。


 ヴァルが、リルを守ろうと前に出る。


「卑怯者!」

 腹立たしい言葉に、ガスケはテオグラートを睨み付ける。


 テオグラートは、ガスケに矢を放った。


 テオグラートの矢は、ガスケの額に刺さり、ガスケは後ろに倒れた。




 ガスケの死とともに、敵の魔術師達は、倒れて動くことはなくなった。





 マークが、ロゼを抱えベリンガーのもとにたどり着いた。


「先生……。」

 マークは、泣きながら横たわるベリンガーの手に触れた。


「……気にするな。キアラに会える。」

 ベリンガーが、力なく答える。


「テオに、本当の息子のように思っていたと伝えてほしい…」

 ベリンガーは、マーク達の返事を聞くことなく、とても幸せそうにそのまま目を閉じた。



 ガスケの死を間近で見たグレアムは、前方にできた、静かな人だかりに、疲労困憊の体で一歩踏み出した。



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