第46話 帰還

 キリウェルは、気分良く目が覚めた。

 久しぶりにぐっすり眠れた。


 状況は良くなってはいない。

 だが、自分の気持ちがこんなに楽になっている。


 顔を洗い、身支度を済ませると、隣の部屋へ。


 テオグラートは、早起きして身支度を済ませていた。


「お腹が空いたよ。クッキーはある?」


「クッキーは、おやつですのでありません。申し訳ございませんが、食事は、下で皆とお取りください。」

 キリウェルは、テオグラートを一階の食堂に案内した。


 全員が、立ってテオグラートを迎えた。

 皆、笑顔だ。

 テオグラートが座る。

「みんな、座って。朝食にしよう。」




 昨日とは、うって変わって穏やかに平野を進んでいる。

 魔術師と戦った岩を通り過ぎる時だけ、警戒体制をとったが、何事もなく通り過ぎた。


 コッツウォートには、早ければ明日の朝には到着出来そうだった。


 夜にリメルナの側で、夜営をしなければならなかったのが気がかりだが、今はリメルナもそれどころではないだろうと大将達は考えていた。


 それよりは、どうやってコッツウォートに帰るかが問題だった。


 しれっと、戻れるとも思えなかった。

 難癖つけて、捕まりかねない。

 だが、テオグラートは、僕がいるのだから、問題無いと言った。

 なぜか皆、テオグラートの一言で、気が楽になり、問題無いのかも知れないと思い始めていた。



 夜営の時は、皆少しだけ緊張しているようだった。

 明日の朝、コッツウォートに戻る。

 あの後、どうなっているのだろう、家族は?仲間は?自分達の住んでいた町は、国はどんなに変わってしまっただろう。

 不安と緊張が増して、中々寝付けないものが多くいた。


 キリウェルは、みんなと同じく家族のことや仲間のことは気になっていたが、もし万が一を考えてテオグラートを逃がすことも考えていた。


 テオグラートは、すでに就寝していた。


 こういう時のテオグラートは、肝が据わっていた。

 この度胸の良さは、常に王宮で発揮されていた。

 お陰で、肩身の狭い思いをすることなくキリウェルは、王宮で立ち回れていた。

 この度胸の良さが、明日も発揮されればと思いながら、キリウェルも眠りについた。




 翌朝、テオグラート達は、予定通り朝早く出立した。





 コッツウォートの大きな崖が見えてきた。


 いつもは、安心するこの大きな防壁は、今日は、自分達を拒絶するように見えた。



 大将を先頭に、コッツウォートの大通りを進んで行く。


 前国王や、第一王子の首が跳ねられたあの場所にたどり着くと、ヴァルを先頭にコッツウォートの兵達が向かって来るのが見えた。


 一定の距離を空けてヴァル達が止まる。


「今頃、ご帰還ですかな。」

 ヴァルの声が通りに響く。


「何故か、テオグラート様を敵として追うものが現れた為、やむを得ず国外に逃げざるを得なかった。その旨、新しい国王に伝え犯人を炙り出していただきものです。」

 キリウェルが、冷静に応対する。


「ほう、それは許しがたきこと。国王には、伝えましょう。同様に我が国王も危険にさらすわけにはいきません。テオグラート王子が狙われたように、国王の座を狙っているかも知れない者が、潜んでいるかもしれません。すぐには、国王に会わせる訳にはいきませんな。」

 ヴァルが厳しく言い放つ。


 テオグラートが、手の平を空に向けて、腕を上げる。

 次の瞬間、稲光が起こり雷鳴と共に雷が地面に炸裂する。

 辺りは、騒然とする。



 ヴァルは、落ち着いて馬を静める。



「お前に許可を求めていない。弟テオグラートが戻ったと、国王に先触れを出せ。」

 テオグラートは、言い放つとそのまま馬を進めた。


 兵達は、道を開けた。


 ヴァルは、目を細めテオグラートが通り過ぎるのを見つめた。

「ガビ、ゴビ、国王に知らせろ。」


「承知。」

「承知した~。」

 ガビとゴビが、馬を走らせる。

 ヴァルも馬を走らせ、テオグラートの前に出て先導する。



 コッツウォートの兵達の間を通り過ぎる時、見知った顔があった。


 皆、深々と頭を垂れた。

 第三所領の兵達だ。

 古参兵には、泣いている者もいた。





 ドアを開くと、リルがソファに座り待っていた。

「兄上!」

 テオグラートは、嬉しそうにリルの横に座った。

 リルは、謁見の間を使わず、まずは控えの間で二人だけで話すことにした。

 当然、ヴァルが同席を希望したが断った。



「お前をこの場で刺し殺すことも出来るんだぞ。」

 リルは呆れながら弟を見た。


「兄上は、そんなことしないよ。僕は、兄上のこと良く分かっているから。」

 テオグラートは、屈託なく笑う。


 リルは、呆れながら鼻で笑う。

「どんなトリックだ。」


「えー、なんで分かったの?」

 テオグラートは、目をぱちくりさせた。


「ふん、自然を操る攻撃魔術なんて芸当、お前に出来るとは思えない。」

 リルは、テオグラートの雷を城から見ていた。


「えー、じゃあ、ヴァルにもバレたか?」


「どんな顔してた?」


「こんな顔。」

 テオグラートは、両目尻を横に引っ張った。


「小馬鹿にした顔だな。」

 リルは、またも鼻で笑ったが、今度は楽しそうに笑った。


「やっぱり、騙せなかったか。」


「当たり前だ。俺の軍師を舐めるなよ。」


 リルは、弟を見つめた。


「テオ、いいか。お前をコッツウォートに入れてやる。だが、だからといってお前の安全が確保された訳じゃない。いいな。」


 テオグラートは、リルの前で、膝を付き、手を取る。


「兄上に誓うよ。テオグラートは、兄上のために、絶対役立つよ。」


「まったく、お前は、宣誓とかが好きだな。」

 リルは、昔、第三所領でテオグラートが行った大がかりな宣誓式を思い出した。


「なんでさ、兄上も宣誓式とかしてるでしょ。」


「うちは、傭兵が多いからな…」

 リルは、言い淀んだ。


「どうしたの?兄上。」


「いや、何でもない。皆が待っている。行くぞ。」


 リルは、意気揚々と歩くテオグラートの後ろ姿を見ながら、謁見の間に通じる、静かな廊下を歩いていた。


 リメルナから来た傭兵に宣誓式はしていない。


 彼らは、誰に忠誠を誓っているのだろうか。

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