第53話 ジルの恋
リメルナ国の前は、エメラル、フレール、その近隣の同盟国が、野営の準備に取り掛かっている。
リメルナの宮殿を、アイーシャの黒いブーツが軽やかな音を響かせて、広間に入る。
各国の王や王子らが、挨拶をしているなかをエメラルの肌を晒した軍服が、男どもを魅了していく。
アイーシャは、グレアムを見つけるとミムの時と同じく両手を広げた。
ミムが吹き出した笑いをあたかも咳をしたように繕っている。
グレアムも、母親に勝てる訳がなく、ハグに応じた。
アイーシャの側には、キャスを夢中にしているララの姿がある。
黒く長い美しい髪を頭の上でひとつに束ねていて、歩く度に軽やかに揺れている。
キャスを通り越して行くララの後ろ姿は、黒い革で出来た軍服の、細く長い足と引き締まった小さなお尻が、キャスを魅了していた。
隣でクラウスが、驚いた顔をしている。
「リーセ嬢にも、着てもらいたいか?」
キャスがからかうように耳打ちする。
クラウスは、赤くなりながら否定したが、想像しているに違いなかった。
明日の朝の会議に備えて、軽く挨拶を交わし、酒で和やかに談笑し、戦いの前の健闘を称えあった。
西にいちばん近いコッツウォートから、五人が馬に乗り、出てきた。
「凄いわね。」
ジルは馬を止め、リメルナの前に出来た各国の野営の灯りを見つめた。
これから戦いが始まることに、怖さはあったが高揚している自分もいた。
今も、他の者の見回りを交代して出てきたのだ。
もうかなり夜がふけ、辺りは静まりかえっている。
ジルたちの横を他国の見回りが通りすぎて行く。
いちばん西側に近いコッツウォートより先へは、グレアムが許可する斥候以外は、入っては行けないはずだった。
「あいつら何者!危険だわ、止めてくる!」
ジルは、後を追いかけた。
「待ちなさい!勝手な行動は危険よ!」
ジルの声に三人の男が、止まった。
「心配してくれて、ありがとうよ。お嬢ちゃん。」
男は下品な笑みを浮かべる。
「エメラルの姉ちゃんたちに止められたら、喜んでベッドに入るが、お嬢ちゃんじゃあな。体より金を取るな!」
三人の男たちは、大笑いした。
「おい!失礼なこと言うな!」
ジルと一緒に来た、カルロスがジルの前に入る。
「うるせぇな。こちとら手柄たてれば、金が入るんだ。邪魔するなよ!」
三人の男が、馬を急かし、進もうとした瞬間、いちばん前の男が、馬から落ちた。
馬の上には、鉤爪から赤い血を流しながら、異形が笑っていた。
いきなりの接近戦に、残った二人は慌てて剣を抜く。
ジルも剣を抜いたが、カルロスが引くように指示をする。
ルティスラ村からコッツウォートに向かう道中に現れた人のようなの異形が2体、人より小さめな異形が5体もいた。
コッツウォートの面々はともかく、金目当てに出てきた二人は、当てにはならない。
もう、すでに一人は死んでいる。
カルロスは、金目当ての三人を見かけた時に、一人をコッツウォートに報告に行かせていた。
揉め事が起こる前に対処していたが、コッツウォートは四人になっていた。
すぐに、誰か来てくれるだろうが、人ほどの2体は厄介だ。
アディ、サミー、キリウェルは一人で倒した。だが、彼らは別格だ。
金目当ての二人が、勇んで突進していく。
「くっそ、ついてねぇな。」
カルロスは、明日の朝、子供の誕生日を祝うために、夜の見回りに代えてもらったのだった。
カルロスは、覚悟を決めた。
「ジル、援軍を呼んでこい!」
カルロスの指示に、ジルが大声で返す!
「さっき送ったろう!要らぬ気遣いだよ!」
バレたか。
カルロスは、ジルだけでも、逃がそうとしたが失敗した。
前方では、金目当ての二人は、呆気なく倒されていた。
カルロスたちは、先に向かってきた人より小さめな異形に対した。
皆、すでに小さめな異形とは相対していた。
前の戦いで、学んだように一回の立ち回りで異形を斬り倒した。
異形との、接近戦で最初に振り下ろした剣で倒せなかった者は、勝負に勝てない。
異形に間合いなど無い。
怯むことなく、何度も襲いかかり、皆殺られるのだ。
ジルもあっさりと、異形を斬り倒した。
カルロスは、騎士見習いのジルを誇りに思った。
皆、無事に戻る。カルロスは、人ほどの異形に立ち向かった。
二人一組で人ほどの異形に立ち向かったが、早くも1対1の戦いにされていた。
カルロスとジルは、異形と剣を何度も重ね斬り倒そうと必死に戦っていた。
闇夜に剣がぶつかり合う音が響くなか、馬のいななきが聞こえた。
助けが来た。
ジルは、ちょっと気がそれた。
その瞬間、足下で死んでいる異形の血だまりに足をとられ、バランスを崩す。
ジルが慌てて顔を上げると、異形は剣を振り上げていた。
異形の剣は、ジルの肩から腰までを切り裂いた。
「ジル!」
カルロスの声が闇夜に響いた。
ジルは片膝をつくと、そのまま頭から異形の血だまりに倒れこんだ。
異形が、剣を下に向け、自分に止めを刺そうとしている。
ジルは、まったく動けず見ているだけだった。
異形が、胴体を真っ二つに切り裂かれ倒れた。
闇夜でよく分からないが、ガタイの良い男が、ジルを切った異形を真っ二つにして、もう1体の異形をも切り裂いた。
男が、ジルを覗きこみ、何かを言っている。
ニーナ、こんな酷いことある?
強くて、カッコいい男が、現れたのに。
恋した瞬間、死ぬなんて。
ジルは、静かに目を閉じた。
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