第54話 約束

 ジルは、ゆっくりと目を開けた。


 焦点が定まらず、瞬きをゆっくりと数回繰り返す。



 やっと目の前のサイドテーブルの上にある、自分の剣と短剣が目に入る。回りは少し明るくテントの中だと分かってくる。


 ジルは徐々にだが、自分に起こったことを思い出す。


 私、異形と戦っていた。


 次の瞬間、ガサっと紙が擦れる音がした。


 ジルは、急いでサイドテーブルの上の剣を掴み、ベッドの上で片膝を立てた状態で、剣を構えた。


 剣の先で、地図を片手に男が少し驚いた顔をしていた。



「それだけ元気なら、もう帰れるな。みんな朝食を食べてる。お前も食べて行け。」

 男は、そのまま外に出ようとして、振り返る。


「服は、着て来いよ。」

 男は、笑いながらテントを出て行った。


 ジルは、自分の姿を見て悲鳴を上げて毛布を引っ張った。


 ジルは、素っ裸で剣を構えていた。



 ジルは、なんとか自制心を取り戻し、ベッドの脇にあった椅子に、綺麗に畳まれて置いてあった服を着た。

 たぶん、女性の狩猟用の服で、上質な布で作り上げられ軽やかで動きやすかった。

 最高級なミスリルもあった。

 デザインも可愛らしく、私でもお嬢様に見えるかしらと鏡を見た。

 少し胸の辺りが合ってなくて、ジルは落ち込んだ。



 変なことで、落ち込んでいても仕方ないので、ジルはテントを出た。

 朝日で少し目が痛かったが、すぐさま、朝食はこちらですと若い兵が案内を申し出た。


 美味しそうな匂いのするテント内では、大勢の人が朝食をとっていた。

 案内を申し出た若い兵について行き、朝食を受け取ると、聞き覚えのある声が聞こえた。


「ジル!」

 カルロスが、立ち上がっていた。

 カルロスの他、二人も無事だったらしい。

 ジルは、カルロスたちと抱き合って喜んだ。


 カルロスから、自分が気を失ったあとの話しを聞いた。

 自分たちを助けてくれたのが、リメルナのグレアム王子と魔術師のハヴィで、リメルナの野営地に運ばれたと説明された。


「…王子様。」

 ジルは、ポツリと呟いた。



 ニーナ、私も王子様を好きになっちゃったよ。

 あんたのこと、笑えないわね。


 ジルは、スープをスプーンですくいながら、悲しげに微笑んだ。


 グレアムが、今回の総大将であることを知り、益々、遠い存在になったと感じていたジルの回りが一斉に立ち上がり、直立不動の姿勢がとられた。

 ジルだけが、遅れをとり、慌てて立ち上がろうとしたが、グレアムが手で制した。


「構わん。気にせず食事をとれ。」

 グレアムの良く通る声で、皆、一斉に席に着き食事が再開された。


「どうだ、ちゃんと食べれているか?」

 グレアムがほくそ笑む。


「はい。」

 ジルは、少し元気のない返事をした。


「あんた、元気がないわね。私が治してやったんだから、大丈夫なはずよ。私たちも、あの無謀な三人組を追いかけたから、すぐに、治療をして助けることが出来たの。あんたは、幸運よ。この世界一の癒し手に救われるなんて。」

 ハヴィは、自慢気にジルを見たが、ジルが上の空なのでため息を吐いた。


 ハヴィは、こんな娘を良く知っている。

 原因の男を見た。


「大丈夫か?」

 グレアムは、ジルがあまり元気がないと思い心配した。


「申し訳ありません。もちろん元気です。このご恩は忘れません。」

 ジルは、頭を下げた。


「せっかく助かった命だ、大事にしろ。」

 グレアムは、部下の呼ぶ声で、ジルの前から立ち去った。


 グレアムの後ろ姿を見ながら、グレアムの言葉が反芻される。



 せっかく助かった命。



 ニーナには、叶わなかったこと。


 私には、まだ叶えるために、行動を起こすことができる。


 生きているのだから。


 勢いよくジルは立ち上がった。


「おい、ジル!」

 カルロスはびっくりして、ジルを呼び止める。


「私、伝えてくる。」


「何を?」

 カルロスは、走って行くジルの後ろ姿に声をかけるが、ジルはそのまま走って行ってしまった。



 朝食のテントを案内してくれた若者を見つけ、グレアムにもう一度会いたいことを伝えるとグレアムのテントに案内してくれた。


 グレアムは、部下の報告を受けたあと、テントに戻っていた。


 何度、考えても難しい戦いだった。

 誰かが飛び抜けて強いだけでは、勝てない。

 皆が足並み揃えて、戦い続けなければ勝機はない。


 グレアムは、深いため息をついた。

 皆がいるところでは、できないことだった。


 テントの外から急に呼ばれ、我に帰る。



 テントの中に、ジルが入って来た。


 朝食の時より、力強い眼差しにグレアムは何を言われるのかと身構えた。



「戦いが終わったら、改めてお礼をしたい。」

 ジルは、グレアムの目の前に立つと、目をしっかりと見つめ、はっきりと伝えた。


 お礼?

 グレアムは考えた。



「俺は、礼をすると言う者を無下には帰さんぞ。」

 グレアムは笑みを浮かべる。


「ええ、そうして欲しいわ。」


 グレアムは、強気に返すジルを見つめる。


 グレアムは、ジルの腕を掴むとゆっくりと引き寄せた。


 ジルの挑むような眼差しを確認すると、グレアムは、ジルの腰に腕を回してキスをした。

 角度を変え、何度も深く、深く。


 ジルは、翻弄されながらも、グレアムに負けないようにと、グレアムの服にしがみつく。


 グレアムの唇が離れても、ジルはしっかりとグレアムを見つめた。



 ジルが怯まなかったことで、グレアムは決めた。

 自分の指から指輪を外すと、ジルの手をとり手のひらに乗せた。


「戦いが終わったら、この指輪を持って宮殿に来い。城の者に見せれば、俺に会える。」


 グレアムは、ジルに指輪を握らせる。


「必ず行くわ。」

 ジルは、グレアムを見つめた。


 グレアムはジルの頬にキスをして、そのまま耳元で囁く。

「必ず、生き残れよ。」


「ええ、必ず、生き残って、あなたのところに行くわ。」

 ジルは、グレアムにキスをしてテントを出た。


 ジルは、テントを出ると呟いた。


「ニーナ、この戦い、絶対勝つわ!勝ってあの人のもとに行くわ!」



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