第14話 キリウェル
すぐにでもエメラルを出立したいテオグラードは、本屋を出てからも、旅なれているアディを質問攻めにしていた。
アディも困惑していた。
自分の母親を殺した男に嬉々として会いたがっているテオグラードをなんとか落ち着かせながら歩いていた。
キリウェルは、青ざめた顔をしながら、テオグラード達の後ろを歩いていた。
キリウェルにとって、テオグラードの母親キアラ妃の暗殺事件と同じくしてあったテオグラードの暗殺未遂のほうが、今でも夢に見るほど衝撃なことだった。
倉庫の前まで来ると、辺りは人通りもなく、キリウェルはテオグラードを呼び止める。
「テオグラード様、ベリンガーに会うのはお止めください。私は会わせたくありませんし、会わせません。」
「キリウェル、先生は母上を殺してない。」
「なぜ、言い切れるのですか!?」
キリウェルは、両腕でテオグラードの肩を掴み揺さぶる。
「また、殺されるかもしれないんですよ!」
興奮状態で、まるで叫ぶようにテオグラードを揺さぶる。
「おい!キリウェル、止めろ!」
アディが割って入ろうとした瞬間、キリウェルが膝をつき、そのままテオグラードに倒れかかる。
「キリウェル!」
キリウェルは、薄れ行く意識の中で、テオグラードを抱きしめる。
あぁ、神様。私から奪わないでください。もう二度とあんな思いは…。
キリウェルの額に冷たい布を優しく置く。
「ニーナ、ありがとう。後はいいから君も休んで。」
「殿下も無理をせずお休みください。」
ニーナが心配そうに声をかける。
「ありがとう。僕は昨日良いベッドでぐっすり寝たから大丈夫。」
テオグラードの微笑に、ニーナは頬を赤らめる。
「では、私は休ませていただきます。」
お辞儀をすると、簡易ベッドがある大きな布を仕切りにした中に入っていった。
テオグラードは、キリウェルが寝る簡易ベッドに腰をかける。
「キリウェルは、真面目過ぎる。疲れが一気に出たのでしょう。」
アディがテオグラードの側に来る。
「いつも無理をさせているな…」
テオグラードは、額の布をひっくり返す。
「ベリンガーの件、俺も反対です。いや、みんな反対するでしょう。殿下がいくらベリンガーの無実を訴えても、今の俺達は、ティムの死や、仲間の死を見た後です。嫌が上でも最悪の心配ばかりしますよ…」
アディにしては珍しく小声で訴えてくる。
「うん。僕の配慮が足りなかった。不快な思いをさせてすまなかった。」
テオグラードも、小声で謝るとアディを見た。
「キリウェルは、殿下が生まれる前から殿下のために生きているから、小うるさくなるんですよ。」
「うん。…僕には小うるさいぐらいがちょうどいいのかも。」
テオグラードは、アディに笑顔を見せる。
アディは頷いた。
キリウェルの家柄は、第三所領では一番由緒ある貴族だ。
だが、キリウェルが生まれるまでは、三人の娘だけで跡継ぎ問題に困っていた。
父親は、王隊にいたが、所詮下級貴族のため出世は難しかった。
待望の男子キリウェルが生まれた時から、父親は、キリウェルを第一王子の隊に入れるために奔走した。
武勲をあげても出世は難しいが、歳が近く王になるはずの第一王子につけたかった。
キリウェルが12才になった頃、王が第三王妃を娶る話が上がり、王子が生まれたら第三所領を与えるとお達しが出たのである。
しかも、自身の領地のある第三所領。
父親は奔走した。
たとえ第三王子であっても、王子の側近ともなれば雲泥の差だった。
下級貴族でも王宮にも上がれ、軍会議にも顔を出せる。
まだ、王子が生まれもしない時からキリウェルの側近への教育が始まったのだった。
キリウェルがテオグラードに挨拶をしたのは、まだ生まれたばかりの赤ん坊の時で、キリウェルが13才の時だった。
キリウェルにはまだ、赤ん坊の子守り程度な気持ちにしかなれなかった。
もっと剣術を磨き、出来れば学校の友人も進むであろう第一王子の隊に入りたかったが、父親には言い出せなかった。
学校では、剣術、戦略、歴史、地理などを学び、帰ればさらに家庭教師から剣術や戦略を学ぶ。
必要になるのか分からないが、剣術や戦略を学ぶのは楽しかった。
テオグラードが10才になると、剣術をしっかりと学び始め、キリウェルも楽しくなった。
しかし、さらに一年もたてば今度は、反抗期だった。
この頃、リルに興味を持ち始めたのだ。
テオグラードは、寂しかったのかもしれなかった。
母親の情緒不安定もこの頃から始まった。
ベリンガーは、父親のような存在だが、父親ではなかったし、テオグラードの側には大人しかいなかった。
この頃から、キリウェルを撒き、隙を見ては第二所領へ行き始めた。
その度に、第二所領へ行ったり来たりで、キリウェルも嫌気がさしていた。
「いくら学んでも宝の持ち腐れだ。」
キリウェルはため息をついた。
いつもと同じように、第三所領から王都を抜け、第二所領へ馬で来たキリウェルは、テオグラードを探しながら第二王子リルのところに向かっている。
テオグラードは朝の仕事をほぼ片付け、これから剣術の稽古の時間だった。
テオグラードは、キリウェルを出し抜き行方不明になっていた。
こういう時は、決まってリル王子のところに遊びに行っているのだ。
第二所領の街から、リル王子の居城までなだらかな丘を登って行く。
今朝は、少し風が強い日だった。
行き違いにならないように、周りを確認しながら走っていると脇道から、男が飛び出してくる。
男は、右肩を押さえていた。服が破れ血が流れていた。
「大丈夫か?」
キリウェルが、男に声をかける。
だが男は、何も言わず王都へ走って行った。
男が怪我をしていた事で怪訝に思い、キリウェルは急いでテオグラードを探しながら進んだ。
不安を感じながら、リル王子の居城へ馬を走らせる。
前から馬が走ってくる。
リル王子だった。しかも一人だ。
キリウェルは、急ぎ馬を降り、片膝をつき頭を下げる。
「主を見失ったな!殺されてないことを祈ることだ!」
目を見開き呆然とするキリウェルにリルが問いただす。
「テオグラードとすれ違ったか?」
「いいえ!」
「向こうに獣道がある。テオグラードは、いつもそっちを通る。」
林を挟んだ向こう側の獣道は、第三所領にある森に繋がっていた。
王都を通らず、時間を短縮できる。
キリウェルは礼もせず、馬に跨がると林の中に入って行く。
人が一人通れる獣道に出た。獣道の両脇は、膝たけぐらいの雑草がみっしり生えている。
どっちだ!
第三所領側かリル王子の居城へ向かう道か?
リル王子は、何か知っている?何を持っていた?
「弓!?」
どっちから来た!?
「居城のほうか!」
キリウェルは、言葉にしながら考え動く。
居城へ向かって、緩やかに、曲がりながら丘を馬で登って行く。
キリウェルは馬を止め、ゆっくり馬を降りる。
目の前に見たくない光景が見える。
獣道に両足だけが見える。
まだ子供の足が。
「やめてくれ…、お願いだ…」
キリウェルが、ゆっくりと近づく。
「…テオグラード様」
テオグラードの周りには、剣、短剣、お金が外に散らばった巾着。
キリウェルは、膝をつき倒れているテオグラードを見る。
散々殴られたのだろう、鼻血や口からの血、こめかみのところも切れて血が流れている。
首を絞めた後があり、キリウェルは震える手でテオグラードの頬を触る。
そのまま首筋に手を当てる。
その時、突然テオグラードが小さく咳き込む。
「テオグラード様!」
テオグラードの体を横に向かせ、背中を擦る。
テオグラードが大きく息を吸い込もうとしてまた咳き込む。
「うっ、」
突然テオグラードが動き出そうとして、キリウェルは慌てる。
「…離せ、やめろ…」
力弱く、相手から逃げ出そうともがいている。
テオグラードは、混乱していた。まだ襲われた相手から逃れようとしていた。
「離せ…」
掠れた声で、やっと発した言葉だが、すぐにまた咳き込み始めた。
キリウェルは、テオグラードを抱きしめる。
「私です。キリウェルです!」
それでも、逃げ出そうとするテオグラードを強く抱きしめる。
「申し訳ございません。申し訳ございません…」
いつの間にか、キリウェルは泣いていた。
自分の不甲斐なさに。テオグラードが生きていてくれたことに感謝しながら。
キリウェルは、第三所領までテオグラードを連れて帰った。
第二所領はもちろん、もう他の場所も信用ならなかった。
第三所領に戻ると大変な騒ぎになっていた。
キアラ妃が殺害され、今度は、テオグラードが酷い重症な姿で戻って来たのだ。
すぐに、キリウェルは犯人を追いたかったが、王宮から来た兵に、尋問をされていた。
キリウェルも突然帰って来たのだ。アリバイの無い者は犯人扱いされて当然だった。
キリウェルは、沙汰があるまで3ヶ月の自宅謹慎をまず受けた。
キリウェルは、犯人を見たので、自分も犯人を追いたかった。
リル王子が、犯人を追い払ったのだろうか?
では、なぜあのような遠回しな言い方…。
キリウェルは、主犯を捕まえたかった。
もう二度とテオグラード様に手を出させないように。
そして今、テオグラードが心配だった。
こんな時に、側に居てあげられないことが悔しかった。
ヴァルのところに、ガビとゴビがやって来た。
「旦那~、奴が報酬を受け取りに来ましたよ。」
「ちゃっかりしてら~」
ゴビが呆れながら、大きく手を広げる。
「渡してやれ。回収は忘れるなよ。」
「それって使っていいんすか?」
「使う。使う。」
ゴビがうれしそうにつぶやく。
「好きにしろ。すぐに使うなよ。」
「収まるまで、収まるまで。」
ゴビが手の平を下に向けて抑える仕草をしている。
ガビが扉を開けたところで立ち止まる。
「あ~、旦那。邪魔をした弓矢っすけど、酷ぇ手作りの弓でして。逆に良く当てたな~って。射手探しますか?」
「止めとけ。そっちの犯人探しをするなら、さっきの金は使えなくなるぞ。」
ヴァルは、含みのある言い方をしたが、怒ってはいなかった。
「探さない。探さない。」
ゴビが楽しそうに出ていく。
事件から3日後、キリウェルの元に書状が来た。
キアラ妃を殺したのは、ベリンガーで現在コッツウォートを出て逃亡中。
テオグラードを襲った男は、第二所領内からコッツウォートを出ようとした為、弓で射られ死亡とあった。
キリウェルは、両腕を振り上げ机を力任せにぶっ叩いた。
「口封じだろうがぁ!」
書状が手の中で握り締められ、震えで揺れている。
「俺は何を学んでた?剣術、戦略。やらなければならなかったのは?あいつらは、仕掛けてきた!もう、これからは絶対先手を取らせないよいにしなければならないのに。」
しかし、キリウェルは今後テオグラードの元に戻れない可能性が高かった。
「…テオグラード様」
キリウェルは、頭を抱えた。
テオグラードの様子が知りたかったし、謝りたかった。
会うことは許されなかった。
毎日、テオグラードのために祈った。
1ヶ月後、キリウェルは王宮に呼び出された。
沙汰が出たのだ。
キリウェルは、覚悟を決めて王宮に来た。
片膝をつき、頭を下げ王を待つ。
王が広間に入り、玉座に座る。
「キリウェルよ、お前には失望した。」
王の言葉に、キリウェルは言葉も出ない。只々、頭を下げるしかなかった。
「お前の主に、感謝せよ。お前の沙汰はわが息子テオグラードが決める。以上だ。第三所領に帰るが良い。」
王が立ち上がり、広間から出て行く。
キリウェルは、呆然としていた。
「キリウェル!帰るぞ!」
キリウェルは、驚いて顔をあげた。
そこには、テオグラードがいた。
短くなっている髪が、急に大人びたように見えた。
「キリウェル!お前は今すぐに復職し、僕にしっかり剣術を仕込め。そして側近としてまた僕に支えること。それがお前への沙汰だ!」
キリウェルは泣いていた。
胸に手を当て、テオグラードに宣誓する。
「キリウェルは、生涯、命を懸けてテオグラード様に尽くし、お守りします!」
テオグラードは、笑顔で頷いた。
キリウェルは、微睡みの中でテオグラードを見つけた。
「お前、どんだけ僕が好きなんだよ。ずっと僕を呼んでたぞ。」
テオグラードが、笑ってる。
「まったく、いつまで寝てやがるんだ!」
アディも笑ってる。
キリウェルも笑った。
しかし、すぐに笑みは消えた。
キリウェルは、たしかに夢の中でテオグラードを呼んでいた。
夢から覚め、虚しさだけが残っていた。
これから覚悟をしなければならないことに、目を背けることは出来ないのだから。
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