第13話 魔術師であること
本屋を出て、キリウェルはテオグラードを宥めながら大通りを進んで行く。
「次の右側の脇道に入れ。」
アディの言葉に、キリウェルが頷く。
人通りの多い大通りから、右側の脇道にテオグラード達が入って行く。
マントの二人連れも、同じように曲がる。
如何わしい飲み屋が並び、なだらかに左に曲がる道を進むと、行き止まりだった。
「しまった!」
マントの二人連れが振り向く。
そこには、アディが剣を抜き立っていた。
少し後ろに、テオグラードを庇うようにキリウェルも剣を構えていた。
「お前ら、顔を見せろ。」
アディがゆっくりと近づくと、一人が剣を抜きアディに突進してくる。
剣のぶつかる高い音が響く。
力で相手を押し、間合いを作るといつの間にか、もう一人に懐に入られ下から脇腹に蹴りが入る。
「くっ、痛ってー。」
「あなた達に危害を加えるつもりはないわ。」
マントのフードをおろすと、アディに蹴りを入れたのは、美しい女性だった。
とても珍しい青い髪が優しい風に揺れる。
アディもキリウェルも、美しい女性に釘付けだった。
「すごい美人だ。」
キリウェルの後ろに隠れているテオグラードが正直過ぎる言葉を言うと、男二人が我に帰る。
「ありがとう。坊や。」
すごい美人は、微笑んだ。
「危害を加えないなら、なんの用だ?」
アディが腹を擦りながら、女の前に寄ってくる。
もう一人の男が、女の前に立つ。
「美男美女だ。」
またテオグラードだ。
「ありがとう。」
男が礼を言うと、女が前にでてくる。
「正直な坊やに忠告してあげたくて来たの。とても大切なことよ。だから話をさせて欲しい。」
女は挑発的と言うよりは、気遣うような印象を受け、キリウェルがテオグラードを見る。
「キリウェルとアディも一緒なら聞くよ。」
テオグラードがキリウェルの前に出てくる。
「分かったわ。」
二人は話をする場所に、先ほどの本屋へ案内した。
「ここで話すのかよ。」
キャスは迷惑そうな顔をする。
「この店の店主のミスなのよ。責任とって、場所を提供してもらうわ。」
キャスは、大袈裟にため息つきながら、机に頬杖を付く。
「裏へ行ってくれ!こんな汚ねぇ店に五人も客がいたら怪しまれらぁ。」
さっさと消えてくれと言わんばかりに、キャスが手をふりふりする。
店の奥に行くと、倉庫兼事務所になっていて意外と広い作りだった。
2階に上がる階段がある。
店主の住居があるそうだ。
デスクの前のソファーへ、テオグラードを座らせる。
「私の名前は、ロゼよ。彼はマーク、私のパートナーよ。」
「僕の名前は、」
テオグラードが名前を言おうとすると、キリウェルが咳払いした。
テオグラードは、今朝キリウェルに自分のことを安易に話さないように注意されたばかりだった。
「…ごめんなさい。」
テオグラードは、上手くこの場を誤魔化せなかった。
「気にしないで。」
ロゼは、優しく微笑む。
「実は、キャスとの話で大体の予想がついているの。あー、キャスは店番してた彼のことね。あなたは、コッツウォートのテオグラード王子でしょう?」
「えー!」
テオグラードは、正直に驚いている。
「私はね、あの本の持ち主を知っているの。コッツウォートで先生をするって言っていたから。コッツウォートでは、国王に3番目に嫁いだ方が民間の出で魔術師だと噂に聞いていたから、多分そうだろうと。あなたの先生は、私達の先生でもあるのよ。」
ロゼは微笑む。
「じゃあ、あなた達も魔術師なの?」
「そうね。数少ない魔術師ね。」
悲しそうな表情を浮かべ、ロゼは話しを続ける。
「今は、魔術師は少なくて、すぐ居場所が分かってしまうわ。」
「居場所が分かってしまうのはダメなの?」
テオグラードが不思議そうに問いかける。
「魔術師は、生活に役立ち、みんなの助けになるのを喜びとしていたわ。でもすべての魔術師が良い心がけを持っている訳ではない。それは、魔術師ではなくても同じことでしょう。国が違っても同じ。良い人もいれば、悪い人もいる。」
テオグラードは、頷く。
「権力を持つ悪い人と悪い魔術師が、幸せな生活を脅かす。それが魔術師達を追い詰める形となった。多くの魔術師や師ではない者までが迫害を受け、殺されたわ。」
「ひどい。」
テオグラードは、ロゼと同じように悲しそうな表情を浮かべていた。
「逃げてひっそり暮らしていた魔術師達が、各国にいたと思うの。あなたのお母様や先生が生きていたのだから。」
ロゼは、立ち上がる。キリウェルが剣に手をかける。テオグラードはそれを手で制した。ロゼはテオグラードの横に座ると手を取り、話しを続ける。
「今はね、各国が魔術師を探し始めているの。戦わせるために。異形を見たフレール国と近隣諸国が探している。魔術師達の家族や大切な人を人質にとって。」
テオグラードは、リリアーナを思い浮かべていた。
動揺するテオグラードに、ロゼは続ける。
「だから、魔術のことを簡単に話してはダメよ。とくに魔術が使えるなんて。とても危険なの。あなたにも、周りの人にも。」
テオグラードは頷く。
「私にも、落ち度がありました。申し訳ない。店の前で魔術の話しを。」
キリウェルが頭を下げる。
「あれは、迂闊にも魔術書を店に置いた店主も悪いわ。」
ロゼはため息をついた。
「やっぱり、ここには魔術書があるの?」
テオグラードは、身を乗り出す。
「ここの店主は、発禁や変わった本のコレクターなの。先生は古い付き合いみたいよ。マーク、本を探してあげて。」
ロゼは、もう一度テオグラードの手をとる。
「それと、これも外したほうが良いわ。こういうのは目印になってしまうから。先生かお母様に着けるように言われたの?」
テオグラードの腕輪をロゼがさわる。
「兄上からもらったお守りだよ。」
「そう。お兄様も魔術を使えるの?」
テオグラードは首を横に降る。
「そう。お兄様が…、心配して渡したのかしら。それはね、力を抑える腕輪なの。」
テオグラードは、少し焦り横目でキリウェルの様子を伺った。
ロゼは、気付かず話しを続ける。
「子供のころは、感情のコントロールがきかないでしょう。癇癪を起こしてとんでもない力を発揮したら大変だから、こういうものを身に付けさせるのよ。知らなかったなら、魔術を使う度に、体にかなりの負担があったでしょうに。」
キリウェルが、きつく握りこぶしを作って震えているのが、目の端に見える。
「でも、大変なことにならずに済んだよ。」
テオグラードは何でも無いように答えた。
「テオグラード様!!」
キリウェルが怒った声をあげる。
「君が見たのは、これだろ。」
マークが、本を持って奥から出てきた。
「そう。それ!」
テオグラードが立ち上がり、話しを終わらせる。
「それって、見てもいい?」
テオグラードは、おずおずと聞いてみる。
「あー、構わないけど、難しい本だぞ。」
キリウェルがまだ自分に何か言いたそうにしているのが分かるが本に夢中な振りをした。
「本当に難しい本だ。全然解らないや。」
テオグラードは根をあげた。
「どんな魔術を探している?」
マークは、本を取り上げる。
「解除魔術だよ。動物になった人を人に戻したいんだ。」
「動物!?禁忌だぞ!誰にかけた!」
マークにすごい睨まれてテオグラードはびっくりした。
「違うよ!僕じゃないよ!」
そこでテオグラードは、今までのことを話し始めた。
「そう。ひどい事になっているのね。」
ロゼは悲しげな表情を浮かべて、考えていた。
「先生は?、本をこの店に持ってきたなら、エメラルにいるの?」
テオグラードは、期待に満ちた顔で、ロゼ達を見た。
「先生は、もうエメラルを出てる。たぶん、フレールに向かったはずだ。」
マークが答えると、テオグラードはキリウェルに詰め寄っていた。
「僕達も、急いでフレールに向かおう!」
テオグラードは、すべてが解決したかのように満面の笑顔をキリウェルに向けた。
キリウェルは、厳しい表情でロゼ達と話すテオグラードを見ていた。
テオグラードが先生と呼んでいる男は、ベリンガーと言う。
テオグラードの母親を殺したとしてコッツウォートから逃げている、男だった。
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