第12話 エメラル
テオグラードは、潮風に誘われて目を覚ました。
ベッドの横には、リリアーナが突っ伏して寝ている。
「やっと目を覚ましたか?」
アディが窓際の壁に寄りかかり、笑っている。
テオグラードは、まだ意識が微睡むなか、瞬きをゆっくりする。
ドアがノックされる。三回、間を開けて一回。ゆっくりとキリウェルが入ってきた。
「良かった。もう宿を出なければなりません。」
キリウェルは、ベッドの端に膝をつきテオグラードの顔を除き込む。
「輸出入区域に小さな倉庫を借りました。そこなら狼の姿でもいれます。テオグラード様には申し訳ございませんが、しばらくは皆と共同生活をお願いします。」
申し訳なさそうに、キリウェルが頭を下げる。
「謝ることはないよ。良くやってくれてる。礼を言うよ。」
テオグラードは、まだ、突っ伏して寝ているリリアーナの肩を揺らして起こす。
「移動するよ。」
まだ夢見心地のリリアーナを見ながら、テオグラードがベッドから這い出る。
ベッドの脇のサイドテーブルに、テオグラードの腕輪が置いてある。
テオグラードが、お守りとして身に付けているものだ。
「それ、ステキね。」
リリアーナがそっと触れる。
「兄上からの贈り物なんだ。お守りとして身に付けるものらしい。」
テオグラードは、嬉しそうにリルからもらった腕輪を見ている。
「私も、お守りを持っているわ。」
リリアーナも嬉しそうに、首元から細い鎖を引っ張り出し、鎖の先に付いている指輪を見せてくれる。
小さな赤い石がはめ込められている質素な指輪だった。
「これはね、いつか私が愛する人にあげる大切なお守りなのよ。」
リリアーナは、夢見るような笑顔で指輪を見つめている。
「自分を守ってくれるお守りじゃないのか。」
テオグラードは不思議そうに指輪を見つめている。
「あら、お子様なあなたには、まだ分からないのね。」
リリアーナは、少しお姉さんぶった言い方で、指輪を胸元に戻した。
キリウェルは、微笑ましいやり取りに、困惑しながら話しに割り込むタイミングを図っていた。
「話し中に悪いけど、もう出ないと。」
アディが見かねて声をかける。
「あー、すまない。」
少し照れくさそうに、テオグラードは急いで支度をした。
宿の出入口で、ミッヒとカイが待っていた。
カイの肩を医者に見せ、二人とも同じ宿に泊まらせていた。
街に出ると、暖かい日差しと潮風、街中の喧騒がテオグラードを迎えた。
始めての国で、目を輝かせているテオグラードとリリアーナをせっつきながら輸出入区域に向かう。
コッツウォートを出て、テオグラード達が向かった先は、エメラル。
コッツウォートとは向かいの位置にあり、馬車なら3日で着く、高低さが少なく、エメラルに到着する前にある、なだらかな丘を登れば、美しい海沿いの国を見ることが出来る。
太陽の光りを燦々と受け、広大な海岸沿いに白い砂浜が横に広がる保養地区域、商業区域、輸出入区域、漁業区域と海岸沿いを大きく持つのがエメラルだ。
エメラルに入るには、三つの区域に分かれている関所を通る。
海に向かって右手に、王宮や高級保養地が立ち並び、一般の者が立ち入れない区域。
ここは、エメラルから許可証を得ないと入ることが出来ない。
左手は、漁業、輸出入を行う区域。ここは大型な荷馬車が通ることのできる関所だ。
真ん中は、商業区域。ここが一番人通りが多い。
この2つの区域は、許可証がなくても入ることが出来る。
商業区域は、市場や食堂、酒場、商館、賭博場などがあり、いつでも大にぎわいな場所だ。
大にぎわいの商業区域から、輸出入区域に入ると、まったく違う街の雰囲気になり華やかさがまったく無くなった。
テオグラードとリリアーナは、少し残念な気持ちで進んでいた。
倉庫には、すでに狼達が寝転んでいた。
倉庫で仕事をする者や警備に人を置く者も多いので、机やソファー、簡易ベッドが備え付けられていた。
食料や水、酒、日用品はすでに一通り揃えてあった。
長居をするつもりはないが、今後のことを話し合う必要があったし、少しでもゆっくり休む必要があった。
テオグラードは、倉庫にいた狼達に手をかざした。
彼らを交代で、人に戻すことにしていた。
彼らは、人の姿に戻ると、喜んで食事を始めた。
みんな獣のように、生肉を食らうのはごめんだった。
テオグラードは、少しだけ解除魔術を長くかけれるようになっていた。
おかげで、半日は人の姿を保てた。
今後、しばらくエメラルを拠点にしてはどうかという案がでたが、エメラルは、リメルナと同盟を結んでいる。
エメラルの第一王女は、リメルナに嫁ぎ、第二王子グレアム、リルの母親の第一王女レティ、第三王子ミムを授かっている。
近日中にもリメルナの第三王子ミムが訪れると噂されている。
コッツウォートの王位継承権に大きく関わっているリメルナだけは、遠ざけておきたかった。
しかし、コッツウォートの国交先が少ないことが、残念だった。
後は、リリアーナを連れてフレールに恩義をかけるしかなさそうだった。
これについては、リリアーナが積極的に動いてくれそうだった。
ただ、フレールに行くまでの行程と鷹、狼の姿をどうにか早く解決したかった。
テオグラードとリリアーナは、街に行きたくて仕方ないようで、アディは護衛を引き受けて三人で出かけた。
アディは、良く来ているので、二人が喜びそうな場所を案内した。
「アディの旦那!」
うっかり海洋亭のそばを通りかかり、店主に声をかけられる。
「あー、すまん。今立て込んでんだ、またな!」
慌てて、テオグラード達に視線を戻すと、二人ともいない!
「はぁー!どこ行った!」
くそ!ガキはなんでちょこまかと早ぇーんだよ!
アディは焦って前方や左右の脇道を確認していく。
テオグラードとリリアーナは、アディとはぐれていることにも気付かず仲良く歩いていた。
テオグラードは左側にある本屋を見る。店の窓から、古い綺麗な本が見えた。
「この本、知ってる!」
昔、魔術師の先生が、持っていた本だった。
「リリアーナ。ここに入りたい。」
振り向くと、リリアーナは、口をふさがれた状態で、抱えられて反対の脇道に連れて行かれるところだった。
「リリアーナ!」
テオグラードは、急いで追いかけた。
だが、脇道に入った途端、リリアーナを見失った。
「リリアーナ!」
返事がない!
そんなに遠くに行けるはずない!
テオグラードは、リリアーナの名前を呼びながら探し始めた。
リリアーナを拐ったのは、エメラルの男二人だった。
男達は、リリアーナを小さな小屋に連れ込んでいた。
二人は、何の計画もなく、行き当たりばったりで拐っただけだった。
リリアーナの容姿は、人目を引いていた。
「おい、お前。親はどこの宿に泊まってる?」
男の酒臭い匂いに、リリアーナは顔をしかめる。
「いないわよ。」
テオグラードもリリアーナも、正直過ぎるところが、育ちの良さを表していた。
「いないってなんだよ。」
男が更に近づいて、リリアーナの首筋の匂いを嗅ぐ。
「なら、遊んでから売るか?」
「なんだよ。やらねぇ方が高く売れるだろ。」
「売ったらよ。こんな高級なのとやれねぇだろ。」
「はっ、そうだな。」
一人の男が、リリアーナの腰に腕を回し持ち上げる。
もう一人の男がリリアーナの足を持ち上げそのままリリアーナを地面に押し倒す。
腰に腕を回していた男がリリアーナに覆い被さり、首筋に酒臭い息を吐き出しながら、舌を這わせる。
「やめて!」
恐怖で、リリアーナの声は外の者には届かない。
だが、足を掴んだ男の手が股をまさぐり始めた瞬間、リリアーナは、金切り声をあげた。
男達は、びっくりして体を浮かしたが、すぐまたリリアーナを押さえ込もうとした。
「リリアーナ!」
テオグラードが、扉を開けて飛び込んできた。
そして、二人の男に手をかざした。
二人の男は、勢いよく壁まで飛ばされた。
リリアーナは、泣きながらテオグラードに抱きついた。
テオグラードもリリアーナをしっかり抱きしめた。
「痛ぇー。」
壁に飛ばされた男達が、ゆっくり立ち上がる。手にはナイフ持っていた。
「このガキ!」
男達が、テオグラードとリリアーナに向かってくる。
「このガキどもは、オレの連れなんだよ!」
アディが飛び込んできて、あっという間に二人の男を気絶させた。
「殿下。怪我は?」
アディは、膝間づき頭を下げる。
「申し訳ない。オレの不注意で二人を見失った。」
「うん。僕は大丈夫だ。リリアーナは、怪我は?」
リリアーナは、まだ声も出ず震えながら、首を降る。
「僕も不注意だった。すまない。」
テオグラードは、アディとリリアーナに謝り、リリアーナをしっかり抱きしめた。
三人は、急いで宿に戻ることにした。
リリアーナをジルとニーナに任せて、テオグラードはキリウェルとアディを連れて、リリアーナが拐われる前に見かけた本屋に向かった。
「あれ、無い。」
店の窓から覗くと先ほど見た本がなくなっていた。
「キリウェル、本当に見たんだよ!先生と同じ本があったんだよ!」
「もしかしたら売れてしまったのかも。」
キリウェルは、そのまま店のドアを開けた。
店の中は、古い本がたくさんあり、どちらかと言えば、古本屋のようだった。
雑多な雰囲気の店内を見渡していると、店主らしき人が本を顔に乗せ寝ていた。
「寝ているところすまない。」
キリウェルは、呆れた顔で机をノックする。
「こんなところで、買うものがあるのかい?」
自分の店なのに、まったく商売っ気がない男が本を取り除いて顔をさらす。
男は、女受けしそうな色男だか、物言いと同じいい加減なそうな顔を向け、テオグラード達を見た。
「さっき、あの窓の側に青色で綺麗な装飾のついた本を見たんだ。あれを見せて!」
テオグラードは、机の前まで詰め寄っていた。
男は、一瞬店の奥に視線を向けたが、すぐに持っていた本を目の前にチラつかせながらテオグラードに顔を寄せる。
「そんな綺麗なものなんかないな。見ろよ汚ねぇ本ばかりだろ!」
「キリウェル!本当にあったんだよ!先生と同じ本だから間違いないんだ。」
「先生が後生大事に持っていたなら、エロ本かなんかだろ。きっと。」
男が手をふりふりしながら、あくびをしている。
「違うよ!先生は紳士なんだから、そんなもの持ってない!」
「男なら、エロ本の一冊や二冊持ってんの!」
持ってないテオグラードは、もっとむきになりはじめた。
「アディは持っているかもしれないけど、キリウェルは持ってないよ!きっと!」
「おい、キリウェルは確かに持ってなさそうだが、オレは女がたくさん寄ってくるんだ。そんなもん要らねぇよ!」
急に矛先を向けられたアディも向きになる。
「そんな話しをしに来たんじゃないだろ!」キリウェルがアディを嗜める。
「確かにあったよ!店主なんだから、店に有るものぐらい把握してるよね。」
テオグラードのその言葉で男はにっこり笑った。
「悪いな。オレはただの店番だ。店主は遊びに出てしばらく帰らないぜ。だから、何を言おうと分からねぇから帰んな。」
「えーーー!」
テオグラードは、かなり不満げな顔をしながらキリウェルに本屋から連れ出されていた。
「本当に見たんだよ。あれがあれば解除魔術が分かるかも知れないのに!」
テオグラードは、地団駄踏む子供のように悔しがっていた。
キリウェルも、テオグラードの気持ちは十分に分かっていたが、どうにも店の奥が気になって切り上げた。
「店主がいませんし、出直しましょう。」
キリウェルは、テオグラードの肩を抱いて帰路を急かす。
アディが目配せするのを見て、アディも危険を感じているらしかった。
本屋では、マントのフードを目深に被った二人連れが、店番の男に話しかける。
「キャス、ダメな人ね。」
「オレじゃねぇよ!ここのジジィが間違えて置きやがったんだ。くそ!」
店番のキャスは、舌打ちしながら頭を掻いた。
「幸い。見たのはあの子供だけみたいだから、追ってみるよ。」
マントの二人連れは、本屋を出て行く。
「悪いな。」
店番は、どっかりイスにすわり、マントの二人連れが、店の窓から見えなくなるのを見ていた。
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