第11話 戦地コッツウォート③

 テオグラードの意識が戻った時、辺りは暗くなり結構な雪が積もっていた。


「寒い!痛い!」


 寒さで震えた体を激痛が襲った。


 何が起こった!?


 そうだ!凄い爆風が起こって、横に飛ばされたんだ!

 テオグラードは、小さな木々の枝に引っ掛かるように倒れていた。

 小さな木々の柔らかい枝がクッションとなり、テオグラードは大怪我を逃れていた。


 テオグラードは、我に返り、頭をあげる。


「うわー!」


 顔の前を両腕で庇う。


 何も起きないので、そっと見ると、やっぱり目の前に、黒い狼がいた。

 テオグラードは、慌てて立ち上がり、武器を探す。


 喰われる!


 やっと細い枝を見つけ振り回す。


「来るな!」


 狼は、しつこく迫ってくる。しかし、一向に噛みつかれないことを不思議に思い、ゆっくりと狼を観察する。


「…犬?…じゃないよなー。」


 コッツウォート内で、狼を見たことがなかった。テオグラードは、王室図書館で見た狼の絵しか見たことがない。


「でも、やっぱり狼だよなー。」


 兄上が飼っていた?それで人になついている?うーん。

 狼が襲ってこないので、やっと周りを見る余裕が出た。


「えーーーーーーーーー!」


 テオグラードの周りには、いつの間にか20を超える狼がいた。


 こっ、今度こそ喰われる!


 細い枝をしっかり掴み。

 どこに逃げるか考える。


 急に後ろから、突き飛ばされて、テオグラードは顔から雪に突っ込んだ。

 振り向くと、目の前に銀色の狼がいた。


 喰われる!っと思った瞬間、ベロりと顔を舐められた。


「えっ。」


 もう一度、ベロり。


「味見かよ。」


 しかし、その後は、大人しく座っている。


「あはっはっはっ。」


 急に、テオグラードは笑いだした。


「お前、アディに似ているな!」

 アディと同じ左目に大きな傷があった。

 なんだか、触っても大丈夫なような気がして銀色の狼の首に手を当てゆっくりと撫でる。


 突然、黒い狼が銀色の狼に体当たりして、黒い狼が目の前に座る。


「なんだお前も撫でて欲しいのか?」


 黒い狼を撫でる。


「なんか、お前はキリウェルみたいだな?」


 テオグラードは、突如我に返る。


「キリウェル!」

「アディ!」

「ミッヒ!カイ!誰か!」


 テオグラードの周りには、誰もいなかった。


「あの爆風だ。みんな同じように飛ばされたんだ!」


 テオグラードは、細い枝で、雪をかきながら、探し回る。


「みんなどこ?」


 慌てるテオグラードの服を、黒い狼が引っ張る。


「なんだよ。お前!遊んでる暇はないんだよ!」


 テオグラードは、必死だった。

 死体を何体か見つけた。

 知っている顔はいなかった。


 足に何か当たった。

 それを見て、驚いて尻餅をつき悲鳴を上げた。

 それは、ミッヒの弟ティムの頭だった。

 急激に震えが襲った。

 また、ティムが死ぬ瞬間がよぎる。

 呼吸が荒くなり、息が出来ない。

「誰か…、助けて…」

 か細い声が、呼吸の合間からこぼれでる。

 黒い狼が、頭を擦り寄せる。銀色の狼が顔を舐める。

 赤い毛色の狼が前に立ち頭を擦り寄せる。

 狼達が、テオグラードを暖めるように体を寄せる。



 第二砦では、四人が様子を伺っていた。

 爆風で負傷した者をなんとか暗くなる前にすべてリメルナに移動させ、リメルナの医師や癒やし手達に委ねた。

 重症を負いながら、早急に手当てを受けたアーチやナギ、ガビとゴビが第二砦に戻っていた。


 そこに、100人ぐらいの隊列が入ってくる。


「なんだ。あの派手な甲冑野郎は?」

 ガビがちょっとギザな言い方をする。


「それ、ナギの真似だろう。うける。オレもやる。」

 ゴビのちょっと高い声が言う。

「なんだ、あのキンピカ野郎は?」


「おい!いい加減にしろよ。」

 ナギがうんざりして呟く。


「フレールが兵を戻したのか?」

 アーチが少し身をのりだす。

 ナギは、アーチが出過ぎなので引っ張る。


「違う兵だ。」

「違うね。」「違う、違う。」

 ナギとガビ、ゴビが合わせたように返事をする。

 三人ともずば抜けて観察力にすぐれていた。


「あの派手な甲冑は、フレールの王子さ!」

 今度はガビが身を乗り出す。


 ナギが、ガビを引っ張る。

「なんで分かるんだよ。」


「見たことがあるんだよ。フレールの王宮で。」

「見た。見た。」


「お前、よくここから見えるな?それに、なんでお前なんかが王宮に行ってんだよ。」


「ちょっとした野暮用だよ。」

「野暮用。野暮用。」

 ガビとゴビが、いつもの調子で答える。


 カチっとドアの開く小さな音が微かにした。


 その瞬間、四人が動く。

 ゴビは、ドアの横に滑り込む。

 四人とも、短刀で侵入者をいつでも殺せる態勢をとっていた。


「すまない。私だ。」

 ドアの前で、ヴァルの声がした。


「旦那~、脅かさないでくださいよ~。」

 ゴビが大きく息を吐く。


 ドアが開くと同時に、ゴビの首に短剣が突き付けられる。


「確認するまでは、気を抜くな。」


「へへ、すみません…」

 ゴビがへらへらと謝る。


 ヴァルが短剣をしまう。


「引き続き様子を見ろ。アイツが去ったか確認中だ。場合によっては、動く。準備しておけ。」

 ヴァルが去ろうとすると、ナギが声をかける。


「陛下は、リメルナですかい?」


「…いや、こちらに戻っている。ミム王子も。…何か陛下に不平があるのか?」


「いや~。別に。嫌いじゃないですよ。戦いの時、前に立つ奴は。」

 ヴァルは、そのまま外に出た。


「なんだ、陛下に不平があるのか!」

 アーチが、ナギを小突く。

 アーチは、ナギのリルへの軽んじる態度が嫌だった。リメルナからコッツウォートに来ている身だから仕方ないとしても、友人に自分の主を軽く見てほしくなかった。


「怖じ気づいたかなと。みんなを救助している時思ったんだよ。」


 ナギは、考えるのを止めた。次に会ったときにきっと分かるだろう。




 テオグラードは、少しの間眠ってしまっていた。


 もふもふした毛を手に感じる。

 テオグラードはやっと目を開けた。


「えーーーー!」


 狼の群れの中で、テオグラードは目を覚ました。


「なにこれー?」


 テオグラードは、黒い狼や銀色の狼を見て考える。


「…まさか~。いや、もしかして…」


 テオグラードは、黒い狼に手をかざした。


 黒い狼は、小さな黒い竜巻のようなものに包まれると、キリウェルが黒い竜巻から割って出てきた。


「うわっ。本当にキリウェルだ!」


「良かった!戻れた!」

 キリウェルは、自分の体を確かめながら、大きく息をはいた。


「あー、たぶん戻れてない。」


「はぁ?」


「ごめん。今の僕じゃ、魔術をとけない。一時的だから、また狼になってしまうと思う。」


「どれぐらい持ちますか?」


「わからないよ。だいたい人間を動物にするなんて禁忌だよ。どうすればいいのか…」

 テオグラードは本当に悩んでいた。


 銀色の狼が、キリウェルを頭つく。

「とにかく、コッツウォートを出なければ!」キリウェルが、立ち上がる。


「兄上を探さないと。」

 テオグラードが頭をあげる。


「いいからお立ちください!また、いつ狼になるかもしれません。いいですか、言われた通り行動してください!!」


 あまりの勢いに、分かった。と言っていた。


「でも、これだけはお願い。」


 テオグラードのお願いは、キリウェルも断れないものだった。



 テオグラードは、手をかざした。

 赤い毛色の狼とその側にいた狼数頭、そして、偶然にも地面に降り立った鷹二羽が竜巻状の中から人間の姿を現す。


「人間に戻れたー!」

 そこには、女の子二人が混じっていた。

 騎士見習いジルと第三所領の教会に住むニーナだった。


「えっ、他にもいるのか?」

 テオグラードは、辺りに動物がいないか見たがいなかった。

 他にも動物になった人間がいるのだろうか。

 どうすればいいのか、テオグラードは頭を抱えた。


「テオグラード様!」

 キリウェルが急かす。


「そうだ。急がないと!」


 テオグラードは、ミッヒの前に立つ。


「コッツウォートを出なければならない。その前にティムを埋めてあげたい。」


 ミッヒは頷くと、ティムの頭を優しく抱えた。


「なによ!なんでそんな事になってるのよ!」

 事情を知らないジルとニーナが驚愕の声をあげる。

 ジルは敵と戦い、ニーナは民の避難誘導でその瞬間を見ていなかった。

 二人は、大粒の涙を流していた。

 ジルはティムより4歳年上だが、騎士見習いとしては同期だったので、よく一緒に剣の稽古をしていた。

 見習いのまま亡くなったティムの頭を見ながら、手をきつく握る。


「絶対、許さない!」

 ジルが怒りで震えている。

「敵もフレールも!フレールの奴ら、すぐそこまで軍が来ていたのに、助けに来なかった。異形や爆風見て、怖くなって帰ったのよ!臆病者!私、上から見たんだから!どっちも絶対許さない!」


 泣き叫ぶジルの腕を、ミッヒの手が撫でる。

「ありがとう。でも、怒りで戦いに出るな。冷静さを忘れてはダメだと教わったろ。」


 ジルがミッヒを見る。

 ミッヒは弟と同じように優しい笑みを浮かべていた。

 一番悲しいはずのミッヒが耐えていることでジルは自分を抑えることができた。


 王都の裏手側にある第三所領に戻ることが出来ないため、ティムを第二所領に埋葬するしかなかった。


「必ず戻ってくるよ。しばらくここで我慢してくれ。」


 ミッヒがテオグラードに礼を言い。

 テオグラードは、ティム、そして亡くなった兵や民に別れを告げるように辺りを見た。



 テオグラード達は、大通りに向かった。


 大通りには、いつの間にか、武器や金目のものを探す者達が現れていた。

 武装しているので、西からの敵兵の一部が、戦いが終わり盗人に変わっているようだった。


 ぼーっとしているテオグラードにキリウェルが、早速指示をする。


 キリウェルが指示したのは、


 急いで大通りを横切って、第一所領側に行くこと。


 途中、武器とお金、または金目のものを持っていくこと。

 そこで、亡くなった人のものを盗むのかで、キリウェルと一悶着あったが、キリウェルが勝った。


 第一所領に入り、第一砦からコッツウォートの外に向かうこと。


 まだ敵がいるかもしれないので、十分気を付けること。


 狼になってしまうかもしれないが、信用してついてくること。


 敵に見つかったら、たとえ狼の姿でも、我々が戦うので、テオグラード様は戦わず逃げること。

 ここで、また置いてはいけないと一悶着したが、またキリウェルが勝つ。


 キリウェルの顔がテオグラードの顔につかんばかりの距離で圧倒される。

 口答えを許さないキリウェルに、口を突き出しながら「分かった。」と子供じみた返事をした。

 テオグラードは、不本意だが、キリウェルの急かしに、反対意見を言っている場合ではないのだと行動を起こした。


 なだらかな坂を下って、大通りとの合流地点に着く。

 その時、馬の嘶きがした。


「こちらへ」

 キリウェルが、大通りを抜けるのを一旦諦め、近くの木立に身を隠す。


 100ぐらいの兵を従え、指揮官とその後ろに4台の馬車を従え王都へ向かって進んでくる隊列があった。


 それは、ナギ達が見たフレールのクラウス王子が率いる隊列だった。


 クラウス王子は、冷静さを欠いていた。

 自国の兵が、戦地の側に居ながら傍観していたことに怒っていた。

 コッツウォートに不用意に入りこみ、自身の隊列には、妹のリリアーナと多くの待女を連れていたにも関わらず、躊躇せず戦地に入ってしまった。


 大通りは、雪に覆われていたが、月明かりが兵達の亡骸を照らしていた。


「生存者はいないか、確認しながら進め。」

 すでに、リル達が生存者をリメルナに運んだ後の大通りをクラウス達は進んでいた。


 第二所領へ入る道を通り越し、王都へと進んでいく。


 クラウス達が通り越したところで、テオグラード達は大通りに入った。



 すぐに、コッツウォートの王と第一王子の首の刺さった槍が地面に倒れているのが目に入った。

 キリウェルは、テオグラードを抱え込みながら通り過ぎる。

 何も持たないテオグラードにキリウェルが、武器や金目のものをテオグラードに渡していく。

 魔術を使うとなぜか体調が悪くなるテオグラードを気遣いながら進む。

「テオグラード様、体調が優れませんか?」

 少しふらつくように歩くテオグラードに、キリウェルは心配な顔で話しかける。


 その時、悲鳴や怒号が大通りに響く。


 大通りに入ったばかりのテオグラード達は、仕方なくまた第二所領側へ急いで戻ることにした。


 馬車を先頭に王都から、先ほどの隊列が戻ってくる。しかし、隊列の後ろから王都にいた異形が連なるようについてくる。

 その後ろには、弓矢を構える勇者の旗を掲げる兵達が馬に乗ったまま待機している。

 テオグラード達が隠れた辺りで、馬車を先に逃がす為にフレール兵は、敵を迎え撃つ。


 クラウスの兵は、戦地に躊躇なく入っただけあり、順当に敵を倒す力を持っていた。

 しかし、異形との戦いは苦戦した。

 すばしっこい四つ足が兵達をすり抜け、馬車へと向かう。

 馬車を引く馬が嘶きをあげ、止まってしまう。馬車を守る兵達が異形と戦うなか、1台の馬車に異形が飛び込む。悲鳴と共に、血だらけの待女が馬車から投げ出される。

 他の馬車にも異形が飛びつくと、馬車から待女達が慌てて逃げ出す。

 リリアーナと待女、少数の兵が、崖に沿って上に続く道を登る。


 異形が数体リリアーナ達を追いかけ、第一所領の森の中に消えていく。



「リリアーナ!」

 クラウスは、誰もいない馬車を見て呆然とする。

 しかし、敵の攻撃で探すことが出来ない。

 クラウスは、ただ目の前の敵と戦う事しか出来なかった。



 異形をなんとか殲滅させ、クラウスは、息を吐いた。

 リリアーナが心配だが、負傷者が多く、兵達を探索に動かすことが出来なかった。

 異形以外の敵がいたはずだ。

 これ以上戦闘を続けることが不可能と判断したクラウスは、一旦コッツウォートを出ることを選択した。

 リリアーナの護衛としてつけていた兵達がいないことから、リリアーナを守っているだろうことを願った。

 明日、リリアーナの探索をすることにした。

「すまない。リリアーナ。」


 静かになった大通りを、テオグラード達が様子を見ながら出てくる。王都に向かう方は、人も異形の姿も見えない。

 反対は、遠くに4台の馬車がバラバラに止まっていた。

 そちらにも人や異形の姿はなかった。

 キリウェルは、テオグラードの背に手をあて進もうとした瞬間、膝をつき苦しみ始める。


「キリウェル!」


 手を伸ばしたが、黒い霧が竜巻状になり、そこには、黒い狼がいた。

 後ろを振り向くと、ミッヒやカイ達も狼や鷹になっていた。


 手を伸ばしたまま、固まってしまっているテオグラードに黒い狼は、頭ついて進むよう則す。

 テオグラードは、我に返りキリウェルの指示に従った。


「ごめんなさい。」

 テオグラードは、倒れている兵の側に落ちている巾着と短剣を拾い上げる。こぼれ出ていた金貨を巾着の中に入れ、自分が腰に着けている薬入れに押し込む。この金貨は、戦いに参加する前金だろうと思った。

 家族に持っていくはずのお金を盗み、テオグラードは打ちひしがれていた。

 また、黒い狼がお尻を頭つく。

 テオグラードは、ふらつく足で斜め横断するように前へ進む。

 死体につまづき倒れ込む。

 黒い狼が、服を引っ張りテオグラードを起こそうとする。

 テオグラードが立ち上がり前を見ると、赤い毛色の狼が案内するようにゆっくり進み始めた。

 他の狼も、前や後ろ、左右にもテオグラードを守るようにいる。

 銀色の狼がテオグラードや赤い毛色の狼を追い越して行く。


 もう大通りを半分過ぎ、第一所領へ向かう枝分かれしている坂道がはっきり見えてきた。


 先頭を行く銀色の狼が立ち止まりテオグラードを見ている。左目に大きな傷があり、残った右目で鋭く回りを確認すると危険を知らせる遠吠えをあげる。

 銀色の狼を先頭に狼達が、戦地を疾走しはじめた。

 テオグラードも黒い狼と共に走り出す。

 冷えきった空に、馬の嘶きが響きわたる。

 背後には、持ち手を無くし、泥と雪に抑え込まれた旗と同じく、弓矢を構える勇者の旗がひるがえる。

 弓で狙うには遠すぎるのに、2本の矢が少年に向かって空を切る。黒い狼がテオグラードに体当たりし、テオグラードは顔から雪に滑り込んだ。矢は力強く、テオグラードの少し先の雪を掻き分け地面に突き刺さった。

 狼の悲痛な鳴き声にテオグラードが振り向くと、一匹の狼の肩に矢が突き刺さり、前のめりに倒れ込む。すぐに赤い毛色の狼が傷をおった狼の前に立ちはだかり、遠い兵士に向かって威嚇している。

 兵士がまた弓矢を構えるのがテオグラードには見えた。テオグラードはすぐに何かを唱えると空に向けて手を挙げた。

 風が地面の雪を舞い上げ兵士の狙う先は白い壁となった。テオグラードは傷ついた狼と赤い毛色の狼に手を向けると力尽きて雪に倒れ込む。黒い狼が咆哮をあげると、テオグラードを引きずるようにして服に食らい付いている。ミッヒがテオグラードを担ぎ上げ、後ろを振り向く。

「カイ、行くぞ!」

「ああ、すまん。」

 後ろを行くカイの肩には矢が突き刺さり、顔をしかめながらミッヒの後を追う。まだ白い壁は追っ手を遮っているが先程より勢いがなくなっている。

 銀色の狼と黒色の狼が他の狼たちと連携しながらテオグラードを担いだミッヒを先導していく。森に逃げ込み弓矢の射程から外れれば追っては来ないはずだ。今、我々は彼らの敵ではないのだから。



「誰の魔術だ!?」

 第二砦を出てヴァルの元に向かうナギが思わず声をあげる。

「ありゃ、テオ坊の魔術だな。」

「だな。」

 ガビとゴビが困ったように言う。

「あんな凄い魔術があるなら、敵と戦うのに使えるぞ!」

「ああ、そうだな。」

 アーチの勝機を見いだしたかのような声とは裏腹に、ナギは冷たく答えた。


 まったく、王位継承者があんな魔術持ってたら邪魔なんだよ。

 アーチを除く、三人は別な考えで白い壁を見ていた。




 弓矢を構える勇者の旗を持つ隊列が、少数ながら、大通りを外に向かって疾走して行く。白い壁がやっと消えたのだ。

 マントの男も大柄な男も、その隊列にはいなかった。

 すでに二人は、コッツウォートから姿を消していた。

 残った兵は、皆空虚な目をしていた。

 操られるように、大通りを疾走し、前を行くクラウスの兵達に追い付こうとしていた。


 クラウスは追ってに気付き、少数の敵兵と見て戦うことを決断した。


 クラウスは兵達を叱咤し、雄叫びをあげ敵兵に突進していく。


 しかし、敵兵は、横からの弓矢の攻撃であっという間殲滅された。


 リルの隊列が、森に消えていく。


 テオグラードも第一所領の森へ消えていく。


 クラウスは、妹を見つけられないまま去っていく。


 まだ、暗がりの中、それぞれが進んで行く。


 テオグラードは不安の中、リルは葛藤の中、クラウスは失意の中、三人はコッツウォートを去っていった。

 それぞれの役目を果たす為に。



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