第10話 戦地コッツウォート②


「殿下!」


 マントの男から、発せられた魔術は、コッツウォートの大通りに凄まじい爆風を起こした。


 その爆風は、大通りを抜け外まで達し、敵兵が、撤退を始めていた外では、大きな地響きと爆風を目の当たりにして呆然としていた。



 大通りの前は、砂ぼこりで大きな壁が出来上がっていた。


「…なんだ居たのか。」

 グレアム王子は、少し落胆した顔を浮かべた。


「ミム坊っちゃんが言っていた厄介な奴ですね。」

 ハヴィも嫌そうな顔を浮かべる。


「はっ、オレがやってやらぁ!」

 チコが前にでかかる。

「迂回しながら、リメルナに帰還する。コッツウォートの兵も同行しろ!」

 グレアムがすかさず、大声で指示を出す。


「救助をさせてくれ!」

 コッツウォートの兵が、声をあげる。


「あの先に、今の爆風を起こした魔術師がいる。今すぐ入るは許さん!」

 グレアムの凄みに、辺りは静まりかえった。


「行くぞ!」

 グレアムの発言を一切許さない態度に、コッツウォートの兵も、リメルナに続いた。

 助けたい。

 だが、皆、分かっていた。そして疲弊していた。

 今は、自分たちを導く人に判断を任せたかった。




 目の前に爆風が巻き起こした砂ぼこりの壁が出来上がっていた。

 その爆風を巻き起こしたマントの男の首もとを大柄な男が締め上げる。


「なんだこれは?これでは、第二王子、第三王子が死んだか確認が出来ないではないか!」


「すでに第三王子の首が跳ねられたのを見ただろう!王も死んだ!目的は果たしただろう!私は力を使い果たした。今はもう使えんぞ!私抜きでどう戦う?」


「ふんっ。確かにリメルナと戦うのは、今は不利かもしれんな。だが、二度とこんなふざけた戦い方をするな!まぁ、次回は、異形だけで戦ってもいい。では、王宮見物でもするか。」


 大柄な男は、兵達を従え王宮に向かう。


 マントの男は、しばらく砂ぼこりの壁を見ていたが、うなだれた姿で、大柄な男を追い王宮へと足を向けた。




 リルは混沌としていた。


 ヴァルの声を聞いた後、ヴァルが突進してきて、強く抱き締められたまま、吹っ飛ばされていた。


「うっ、…重い。」


 リルは、ヴァルの重みで、身動き出来ない。

 ヴァルは、リルの体をしっかりと抱き込んでいた。

 後頭部に手をあて頭を守り、背中にも、ヴァルの腕があった。



 ヴァルが気がつき、起き上がろうとして呻いた。

 両手が折れているのだろう、なんとか膝立ちしたが、両手をあげられなかった。


「申し訳ございません。こんな…情けない姿…」


 こんなに弱々しいヴァルを初めて見た。

 自分を守った為なのに、謝るなんて…。

 家臣とはこんなになってしても、主を守るものなのか。

 まだ、国王になることの自覚が湧かないリルは戸惑いながら、仰向けのまま、空を見ていた。


 リルの顔に、季節外れの雪が降ってきた。

 コッツウォートでは、あまり雪は降らない。西からの不穏な気象もあるのだろう。

 どんよりとした空が、今の状況を表していた。


 リルは、自分の体を確認しながら、ゆっくりと立ち上がった。

 少し体が強ばっていたが、問題なかった。


「ヴァルのお陰だな。」

 戸惑い気味なまま笑みを浮かべ、ヴァルを見た。


「身に余る光栄。」

 膝立ちをしたままヴァルが頭を下げる。


 そのまま、味方の安否を確認しようと強ばる体を動かそうとすると、ヴァルが引き止める。


「お止めください。まだ、生きている敵もいるでしょう。私が確認をいたします。」


「無理をするな。その腕で戦えないだろう。」


「オレが確認しよう。どうせアーチを探すからな。」

 ナギが、足を引きずりながら、表れた。

 所々で呻き声が聞こえる。


「ゴビ、しっかりしろ…、ゴビ…」

 弱々しい声を出しているのは、ゴビを抱きかかえているガビだった。



「「はいはい、どいて、どいて。」」


 二人の少女が、ゴビに手を当てると、優しい光りに包まれた。


 ヴァルも、同じように手を当てられ優しい光りに包まれている。


「応急手当てですよ。リメルナで本格的に治療してください。世界一と自負する癒し手が待っていますよ。」


「小言が多いのでね。あのお方は…」

 ヴァルが笑う。


「でも、自分で言うだけあって、本当に腕がいい。」

 ヴァルの手当てをする魔術師フランは、リメルナの医師だ。


「「あなたも、元気にしてあげる!」」

 後ろから、優しい光りに、リルは包まれた。

 強ばる体から力が抜けていく、暖かさで心まで軽くなっていくようだった。


「マリー!キャリー!優しくな。」


「「分かってるわ!」」

 二人は、息ぴったりに返事をする。


「マリーとキャリーは、魔術師フランの双子の娘です。」


 ヴァルは、双子の娘を、リルに紹介する。


「こちらは、コッツウォートの王リル様。二人とも、良い仕事をしたようだ。」


「「え~!王様!」」

 マリーとキャリーは、スカートの端を少し持ち上げ、膝を少し折って、おずおずとリルに貴族のような挨拶をした。


「ありがとう。体が楽になった。他の者達も頼む。だが、無理をしないようにな。」

 リルは、弟と同じぐらいのマリーとキャリーを気遣った。


「「はい!」」

 二人は、真っ赤になりながら返事をした。

「「カッコいい…」」

 二人は、小声で呟いていた。


 可愛い娘達に恋心を向けられていたが、そんなことに気づかずリルは、状況を把握しようと大通りを注視する。


「まずは、一刻も早くリメルナに皆を移さねばならないな。」


 リルの言葉に、ヴァルが返す。


「はい。まだ、敵の一部が王都にいるかと思われます。ミム王子達があのように、敵が来た時に備えております。」


 ミム達は、コッツウォートの民を逃がす為、大通りからそれた第二砦側にいた。

 お陰で被害は少なかった。

 ミムは、いち早くリメルナから医師や馬車を寄越すように指示を出していた。

 癒し手達が重症者の応急処置をして馬車に乗せていく。


 リルも、兵に手を貸そうと近づいた。


「陛下!自分で歩けます。」

 立ち上がるのもやっとの兵が、リルから離れようとするが、リルは構わず相手の腕を取る。

「構うな。急いでリメルナに入らねばならない。」

「…陛下。」


怪我をしている兵に肩を貸しながら、馬車の所に着くと、癒し手に兵を預け、大通りを見る。



 ヴァルも兵達も、なんの躊躇もなく、陛下と呼ぶ。


 リルには、陛下と呼ばれるたびに、槍の先に刺さった頭がよぎる。


 自分も、同じ運命をたどるのかも知れない。


 ヴァルが腕をゆっくり動かしながら、魔術師フランと話している。


 ガビとゴビが抱き合って、お互いの無事を喜んでいる。


 座り込んでいるアーチの手当てに手を貸す、ナギがいる。


 たくさんの怪我人がいる。


 そして、たくさんの死者もいる。


 コッツウォートの民が、ここにいる。


 そして、リルだけが、王としてひとりでこの場所に立っていた。



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