第9話 戦地コッツウォート①

 コッツウォートに敵兵が入り込む少し前。


 西からの敵を迎え打つために、コッツウォートを出た王と第一王子、第二王子の隊列にリメルナの第二王子グレアムが王兵を含めた隊列を引き連れ合流した。


 コッツウォートに近い右側を第一王子、中央を王兵、左側を第二王子リル、リメルナの兵達が陣を敷く。


 西からの敵が、まだ遠くに位置している頃、軍師ヴァルがリルに進言する。


「王兵が崩れ、第一王子の兵が中央に入るようであれば、我が隊を後退させるようお願いします。」


「はなから負け戦のような言い方だな。」


「多くの策を用意するのが軍師の役目かと。」


「まぁいい、続けろ。」


「王兵は、老兵が多く、コネで入りました兵も多いため隊列を保てないと考えます。」


「王兵達が聞いたら、敵よりこちらに攻め入りそうだな。」

 リルは鼻で笑ったが、ヴァルは気にせず続ける。


「第一王子は、少々短絡的でございますゆえ、王兵が崩れれば助けに動くかと思います。」


「それでは、兄上の陣は、横から狙われる。それに右側には小さいが森がある。敵兵が潜んでいるかも知れない。いくら兄上でも…」


「なにぶん、敵には異形がおります。殿下の進言をお二方とも、お聞きになりませんでしたので、兵達は大混乱になるかと。」


 リルはうなり声と共に顔をしかめた。


 リルは、西からの敵に異形がいることを国王に進言したが、まったく相手にされなかった。

 リルも当初は、リメルナの第三王子で叔父であるミムの冗談かと思ったぐらいだ。

 異形など、エルフやドワーフと同じとうの昔にこの世界から消え去っている。

 これが今の見聞だ。


 しかし、魔術師が少数ながら生きている。

 弟テオグラードの母親と確かテオグラードに魔術を教えていた者も居たはず。

 まだ魔術師がいるなら、異形がいてもおかしくはない。


「だが、後ろに付いてどうする?」


「そのまま、ゆっくりとお引き下さい。左にはリメルナがおります。」


「しかし…」


 リルは言葉を切った。これでは、兄上が前線に立つことになるし、自分が一番危険が少ないのではと考えた。


 リルはため息をついた。

 西の敵と戦いながら、コッツウォートの中でも戦っている訳か。


「わかった。」


 もう、今さら考えても仕方ない。

 敵は、目の前にいるのだから。



 国王陛下の元に、斥候が戻り報告する。


「陛下、ご報告致します。敵方に霧が出ております。かなり霧が濃いため、兵数が確認出来ませんが、大方前もっての情報通りかと思われます。前方に異形の姿はございません。やはり誤報かと。」


「そんな話し最初から信じておらんわ。」

 国王が、苛立ちと共に、言い捨てる。


「霧は厄介ですな。だが兵数は、情報を得た場所を考えれば、増えることはないかと。」

 国王の側近が、進言した。


「うむ。あやつらを蹴散らしてやるわ!」


「はっ。」



 リルの元にも、斥候が戻る。


「殿下、ただいま戻りました。」

「ふ~、間に合ったぞ~。」

 アーチとナギだ。

 コッツウォートの下級貴族出身のアーチとリメルナの傭兵上がりのナギ。

 出身は違えど、2人は気が合うらしく、今回の斥候も自ら進んで申し出た。


「兵数は、ミム王子の情報通りです。後ろに人より少し小さい異形が300体ほど、四つ足の小さい獣みたいな異形が1000体ぐらいです。」


「ありゃ~、戦いが始まった途端、後ろから一気に出てくるぜ。」


 ナギは物言いが悪いが、リルもヴァルも咎めることをしない。

 2人共、アーチとナギを、昨日から見かけていなかった。

 危険を承知で、斥候に出て戻って来た。

 睡眠も取らず、これから戦うのだ。



 西方からの不穏な天候が近づく中、凄まじい雄叫びと共に、戦いが始まった。


 王兵、両翼が突き進む。


 アーチとナギの進言通り、敵の人間兵の間から、小さな四つ足の異形が飛び出してきた。


「なんだあれは!?」


 先頭を切る王兵達の足が止まる。


 敵とコッツウォート軍のその間を凄まじい轟音と炎が突き抜けていく。


 煙と獣の焦げた不快な匂いが残る。

 まるで煙と匂いを吹き飛ばすように、風が吹くと地面の焼け焦げた後が、一直線に残っていただけで、先攻した異形の姿は大幅に減っていた。


 リルは、馬上で呆気に取られていた。

 ヴァルは、主の顔を見て思わず笑みを浮かべた。

 初めて見る魔術に、リルは17才らしい顔になっていた。

 驚きと興味を称えた顔に。


「殿下。」


「すまん。驚いた。」


「リメルナには、5人の魔術師が兵として従軍しております。」


「5人も。」


「5人しか、です。リメルナは無理強いして魔術師を兵に徴兵してはおりません。魔術師の中には、戦闘に不向きな者もいますので。」


「そうか。魔術師はそんなにいるのか。」


「…いえ。今は、少なくなりましたな。」


「さぁ、殿下。前を向きましょう。この戦い勝たねばなりません。」


「あぁ。もちろんだ!」



 突然の魔術で、驚いた王兵達が我を取り戻す。


「何をやっている!行け!今だ。蹴散らしてやれ!」


 王兵が、再び勢い良く飛び出していく。


 

「俺の遠隔魔術の邪魔するなー!こらー!」


 リメルナの第二王子グレアムの横で、大声を張り上げている大柄の男に王子が声をかける。


「もう終わりか?」


「バカ言え、味方ごと丸焼きになるから止めてんだ!オレは細けぇ魔術が嫌れぇなんだよ!」


「では、どうする?」

 少しからかうように王子が微笑む。


「はぁ~!オレが敵中突っ込んで、丸焼きにしてくれるわ!」

 言うと同時に、馬を走らせた。


「まったく獣そのもの。」


 チコとは反対側にいた、ハヴィがため息混じりにつぶやく。

 ハヴィは、優しげな顔ながら、小言が非常に多い男だった。


「グレアム様は、私から離れないでください。この戦いそんなに長くは持ちませんよ。」


「兵数は、互角であっても異形や操り人形相手では持たんだろうな。」

 グレアム王子は、言葉とは裏腹に涼しげな表情を見せていた。


 しばらくは、爆音と爆発が所々起こりながら、互角の戦いが続いていた。

 しかし、ヴァルやリメルナの予想通り、王兵が押され始め、第一王子の兵が、やはり中央へ流れ始めた。


「陣形が右側下がりになったな。」

 グレアム王子が、つぶやくとハヴィがため息をつく。


「早いですね。もう少し持つかと思いましたが。」


「我々も、次の行動に出ないと甥っ子が危ないな。」


「弓を貸せ。」


 グレアムは、兵に弓矢を借りると、馬を少し進め、後ろを向くと大きく弓を引き、遠くへ飛ばすように上向きに構え放つ。


 弓矢は大きく弧を描き、落ちていく。


 一人の兵士がその弓を剣ではたき落とす。



「腰抜けが。」

 グレアムが見据える先には、傍観するフレール軍がいた。

 コッツウォートの使者が来た事で、フレールは、一応軍を出していた。

 ただし、コッツウォートの勝ちが見越せた時点で参戦するよう指示が出ていた。



 グレアム王子の馬が駆け出し、ハヴィも慌てて後を追う。

 コッツウォートの第二王子リルの兵が、少し下がる。

 そこをグレアム王子の兵とハヴィの兵が、左側から切り込む。


 コッツウォートの王、第一王子がいる後続兵の前を、グレアム王子が率いる兵達が入り込み前衛のコッツウォートの兵を押し上げた。


 これを見た王の側近が、進言する。

「王は、一旦このままコッツウォート内にお下がり下さい。」


「わ、わかった。みな頼むぞ!」

 王は、あっさりと踵を返して、護衛らと共にコッツウォート内に向かう。

 それに合わせて、第一王子も小隊と一緒にコッツウォートに向かい始めた。


「殿下!」

「構わん!王子を守りながらでは、こちらが持たん!」

 第一王子の兵で、唯一バランスを保つ貢献をしたセルジュとアンディが大声を張りあげる。


 しかし、王と第一王子が、引き下がったために、側近達を含めた多くの兵が、我も我もと下がり始めた。


 前衛で戦う王兵、セルジュとアンディの第一王子の兵が中心になり、やっと右下がりになった陣形を立て直したというのに、また、苦戦を強いられていた。

 だが、敵方の後衛は、チコの独壇場だった。何度も爆発が起こり、爆音の合間にチコの大きな笑い声が聞こえていた。

 リメルナは、少数の仲間で組んで戦い続け、敵を削っていく。

 グレアムの強さも圧巻だった。

 コッツウォートの兵は、自分達の主の情けなさを感じずにはいられなかった。



 リル達の兵は、苦戦を強いられていた。

 王と第一王子の兵達が下がりに下がったために入り込まれた敵兵達を、グレアム王子と入れ替わりで下がったリルの兵達が、コッツウォートの大通り近くで、相対していた。


 王と第一王子は、戦場を後にしコッツウォートの大通りに入っていく。兵達も護衛があるため、一緒に大通りへと向かい始めた。


 王と第一王子達がまた陣形に穴を開け、敵兵が次々とコッツウォート内になだれ込む。



 異形がコッツウォートの防壁である壁をかけ上って行く。

 チコの炎が異形を火炙りにしたが、一部がすり抜け壁を上がってしまった。


 リル達が、コッツウォートの大通りの前まで押されたところで、上から弓による援護で劣勢を翻し、コッツウォートの前の敵兵を一掃した。


 リルは、コッツウォート内に入った敵兵を追い、馬を走らせた。


 長い大通り沿いに、第二砦に待機していたリメルナの第三王子ミムの兵達が、待ち構える。


 そこを王と第一王子達が通り過ぎる。

 それを追う敵兵、異形を崖の上から弓で確実に削っていく。

 弓の使い手達が本領を発揮していた。



 しかし、第一砦が、異形によって陥落。

 異形が王と第一王子に向かってもの凄い速さで崖を降り追いつく。



 リルは、馬を走らせながら、大通りを見わたす。


 長い大通りには、敵や、見方の兵が倒れている。

 見方の死体には、異形による、長い爪痕が残されていた。

 敵の兵や異形は、ミム達の弓でほぼ倒されているようだ。


「殿下。前を。」


 リル達は、前方にいる敵に足を止める。

 二人の男が、リル達を見ていた。


 二人の男の前に、異形や兵達がいる。


 背を向けていた異形がこちらを振り向く。


 頭から真っ赤な血が流れ落ちている。


 手にしていた物を、人間の兵の前に転がすと、兵は、槍で転がった物を突き刺し、掲げる。

 それは、第一王子の頭だった。


「止めてくれ~、放せ!」

 先ほどの二人の男の前に、王が引きずり出される。

「叶いの石はどこだ?」

「知らん。なんだその石は?他の宝石なら幾らでもやる。放せ!」


「知らんのなら必要ない。やれ!」


 王は、希望通り放された。


 剣が王を切りつけ、倒れると同時に首が跳ねられる。

 転がった頭は、王子と同じように槍が捉えた。

 王と王子が掲げられる。


 リルは、何も出来なかった。

 身体が凍ったように動かない。


 リルの前にいる二人の男の一人、大柄な男がリルを指差す。


「第二王子、第三王子の首を刈れ!」


 異形と人間の兵が、怒号をあげリルに向かってくる。


 リルは、まだ動けずにいた。


 リルの前を、いつの間にか馬を降りたヴァルが立ちはだかる。


「戦えないなら、逃げなさい。」


 ヴァルの一言で、身体が動いた。


「お前は、オレを腰抜けに育ててないだろう!」

 リルも馬を降り、剣を構える。


「オレらも忘れずに~」

「忘れずに~」

 ガビとゴビが、リルに投げキッスしながら、敵に向かって馬を走らせる。


「上のお方は邪魔だから下がってな!」

 ナギもアーチと共に、リルを追い抜いていくと、その後を追うようにリルの兵達が怒号をあげ突き進む。



 コッツウォートに入り込んだ敵は、ミムの兵が多く倒している。

 リルの兵達が、残っていた敵兵をなぎ倒していく。

 ここでの勝利は目前となった。


 勝てる!リルが確信を持って前を見上げると、先ほどの二人の男の内、マントのフードを深く被った男が、腕を前にかざす。


 ヴァルも同じく、男を見ていた。

 突然、ヴァルが振り向き、リルに向かって突進してくる。


「殿下!」


 強烈な光りが放たれた。

 リルは、目の前が、真っ白になった。

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