第8話 テオグラードと兵達

 ミッヒは、敵と戦いながら、弟を探している。

 何度も、弟の名前を大声で叫び。

 敵を薙ぎ倒す。

 息が切れ、声が掠れながらも、弟の名前を叫び続ける。


「兄さん」


 弟の声が聞こえた気がして振り向く。


 そこには、槍の先に乗る頭だけの弟が笑っている。


「兄さん、約束を果たしたよ。兄さん、誉めてよ。」


 ミッヒが、泣き叫びながら、飛び起きる。


 ベッドの上で、周りを見て、両手の手のひらを見つめながら、止めどなく涙が落ちていく。


 ベッドがきしむ。


 カイが、ミッヒを静かに抱きしめる。


「大丈夫。弟は埋めてやったろ。」


 両手で顔を覆いながら、嗚咽をもらすミッヒの背中を、カイが優しくあやすようにたたく。


 大丈夫なんかじゃない。

 カイは言葉が見つからなかった。

 大丈夫ってのは、都合の良い言葉だな。

 カイは、震えが止まりはじめた幼なじみの背中をさすりながら、今は、離れたコッツウォートのことを思い出していた。





 西からの敵が、進軍していることを知ったコッツウォートは、すぐに王兵、第一、第二王子が各兵達を引き連れ、向かった。

 敵の数を考えても、相当数の兵をコッツウォートも出さざるを得なかった。

 同盟であるリメルナと合わせて、やっとの勝率が見込める程度。

 無理を承知で、フレールにも使者を向かわせていたが、元より、平和ボケしている国に期待は出来なかった。


 いつも通り、国を守る崖の要塞に兵を置き、王都に僅かな兵を残す。

 テオグラードと第三王子の兵は王都の兵に加わった。


 民は、王都に集まり始めた。

 戦地になったことの無いコッツウォートは、混乱を期し、王都の兵は、混乱する民に、怒気を強め、混乱のほかに、狂気を生み出しはじめた。


 そこに、第三王子のテオグラードが現れ、静まりを見せた。

 テオグラードは、まだ13才だ。

 コッツウォートでは、若い王子様は、アイドル的存在だが、第三所領で起こった、土砂災害を最小限の被害におさめた魔術師であることも知られていた。

 そのテオグラードが、落ち着いた声で、民に話している。

 不安はあるが、民は、テオグラードの指示におずおずと従った。


 徐々に、民が第二所領に移動を始めた。


 テオグラードは、兵が出立する前に、リルから書状を受け取っていた。

 書状には、コッツウォートが、敗れはしないが、甚大な被害となるだろうこと、テオグラードへの指示と幸運を祈ると記されていた。


 リルの指示は、民を第二所領から、リメルナへ一時避難させるものだった。


 第二王子の所領から、リメルナに赴くには、大きく厳つい岩山と広大な森が間にある。

 森を抜ければ、早いのだが、森に入れば出てこれない。

 岩山には、魔物が居て襲われる。

 こんな子供騙しの話しのために、コッツウォートの民も、リメルナの民も近づくものはいなかった。

 ただの子供騙しの話しなら、笑いごとで済むが、実際本当に戻ってこないのだから、民にとっては、笑いごとではすまなかった。


 今回の敵襲で、この森を抜けて、民を避難させるしかなかった。

 コッツウォートの民は、この案に震え上がった。

 だが、民を黙らせる人が、馬に跨がり先頭に立った。

 それは、リルの母親である、レティ妃だった。

 レティは堂々と告げた。

「私が、リメルナへ案内を致します。安心してついてきなさい!」

 レティ妃が、先頭で進んで行く。

 民は、恐る恐るついて行き始めたが、やはり歩みは、遅い。引き返そうとするものも現れた。


 レティは、必死に声を張り上げた。


 レティも、子供のころから、この森の話しを聞いていた。

 ただ、レティは、森のなかでも、問題なく通れる場所を知っていた。

 兄達や弟と探検して、遊べるところを確保していた。

 ただ、父親は、子供達に絶対森に近づくな

「エルフにさらわれるぞ!」としつこく言っていた。


 なぜか王の側近や傭兵達も同じことを言っていた。


 レティは、敵が来る前に、リメルナへ入ることを息子からお願いされていた。

 第二所領の民は、レティ妃と王子への忠誠心から、一緒に動いたが、第一、第三の民は、第二所領で、様子をみても良いのではないかと、足を止めはじめてしまった。


 要塞の砲弾が鳴り始めた。


 要塞の砲弾が、聞こえたら、すぐにでも敵がコッツウォートに入ってくると、リルから伝えられていたレティ妃とテオグラードは、民に急ぐよう声を張り上げる。


 落ち着いて進んでいた前方の民に、今度は、我先にと進む後方の民が混乱を巻き起こし始めた。


 大通りの方角から、怒涛のような響きが聞こえ、さらに後方が混乱となった。


 レティは、先頭を進みながら自分に言い聞かせる。


 大丈夫よ、レティ。みんな頑張っている。私にも出来る。


 しかし、レティは少しパニック状態になっていた。

 いつの間にか、レティの綺麗な頬には涙がこぼれ落ちていた。


「レティ!」


「ステアお兄様!」


 レティの左側から現れたのは、リメルナやコッツウォートでは、珍しい長い金髪を風になびかせたリメルナの第一王子ステアだった。


 レティは、危なく道を間違えるところだった。要塞近くの断崖絶壁へ向かっていたのだ。


 ステアは、馬を寄せ、レティの頬に優しく手をあて、親指で涙を拭う。


「良く頑張ったぞ!」


 優しい表情で、見つめあうと肩を軽く叩き、


「後は私に任せて、この道を進むんだ。」

 ステアは、自分の後方を指差す。

「父上が待ってるぞ。」


 レティは、満面の笑顔でうなずき、後ろの民に向き、声をかける。


「さぁ、もう少しです。進みましょう!」



 後方では、テオグラード達が、必死に民の列を安定させていた。


 砲撃の音が減りはじめた事に、キリウェルは危機を感じ、テオグラードに近づく。


「殿下!どうか先にリメルナにお入り下さい。」


「嫌、まだダメだ。我が隊がしんがりを勤める。」


「このキリウェルが、隊を率いてしんがりを勤めます!」


「嫌だ。俺は、この国の王子だぞ!民より先に逃げるなどしない!」


「失礼する。」

 キリウェルは、告げると同時に、テオグラードに突進し、自分共々馬から落ちた。


「何をする!」


「万が一にでも、みんな死んでしまったら、この国を治めるのは、テオグラード様になります。絶対生きていただかなければなりません。」


 無理やりにでもテオグラードを逃がすため、キリウェルとカイ、ミッヒが抑えつける。


「離せ!」


 騒ぐテオグラードに、民が声をあげる。


「テオグラード様!どうか逃げてください。我々の国を終わらせないでください。」


 地面に抑え込まれているテオグラードを、民が除き込みながら訴える。


 ミッヒが、念のため民に潜り込ませたほうがいいのでは、と言ったすぐに、周りにいた民達が、そうだそうだとテオグラードの甲冑を脱がせ始めた。


「王子様に、こんなみっともないコートで申し訳ない。」


 無理やり、コートを羽織らされた。

 中は、リメルナで作られたミスリルをまとっているし、キリウェルやカイ、ミッヒ達が脇を固めてこのままリメルナへ行こうとあっという間に決められた。


 そこへミッヒの弟ティムが、

「僕が王子の甲冑を着てれば、敵を欺けるよ、兄さん!」


「ダメだ。危険だ!接近戦だけじゃない!弓で狙われたらどうするんだ!」


「この甲冑だよ。」と手で叩くと頑丈そうな音をたてた。

 この甲冑もリメルナで作られていた。

 ミッヒの弟ティムは、さっさと甲冑を着け始めた。

 ティムは、テオグラードより一つ年上で、最近、テオグラードの隊に騎士見習いとして入り、人懐っこさですでに兵達からかわいがわれていた。


「兄さん、僕だって騎士として誓いを立てたんだ。役に立ちたいんだよ!」

 周りの民たちも手伝い、馬に跨がる。


「ダメだ。」


 ミッヒは、弟を無理やりにでも、馬から引きずり下ろそうとした。


 その時、突然、後方で悲鳴が上がる。

 後方を見ると、そこには人間には見えない獣に近い異形が、民達に襲いかかっていた。


 そこからは大混乱だった。

 異形が次々と現れ、兵達は急ぎ剣を抜き立ち向かった。


 ミッヒは、弟にそのままリメルナに向かうように伝え、王子も一緒にと思って、王子を見ると、さっきまで居たはずの場所にはおらず、剣を抜いて後方へ走り出していた。


「王子!」


 異形の他に、人間の敵も僅かにいた。


 混乱の中、コッツウォートの兵達は、戦い続ける。


 異形は、人間より小さく、兵達は難なく切り倒していく。

 ただ数が多く、疲弊と剣の消耗が激しかった。

 テオグラードは、異形を切り捨て、頭を上げ左側を見ると、大通りが見えた。


 そこには、兵達の士気が下がるような光景があった。


 敵兵の槍の先に、王と第一王子の首があった。


「いたぞ!」


 テオグラードは、その大声に振り向くと、

 ミッヒの弟ティムの頭に、矢があたる。

 音とともに、テオグラードのために作られた兜が、横に飛んでいく。

 そして、2つ目の矢が、ティムの額に突き刺さり、大きく後ろにのけ反り、そのままゆっくりと後ろに倒れていく。


 ミッヒのかな切り声が響く。


 ティムの体が地面に叩きつけられると同時に、敵兵が剣を振り上げる。


「やめろ~!王子は…」


 キリウェルがテオグラードの口を封じ、抑えつける。


 敵兵の剣が、ティムの首に振り下ろされる。

 もう一人の敵兵の槍が、転がる首に突き刺さる。

 槍が振り上げられ、


「王子を撃ち取ったぞ!」


 ティムの首を掲げた敵兵に、無数の矢が突き刺さる。


 アディら第三王子の兵達が、憎しみの形相で矢を放っていた。


 敵兵は槍を持ったまま、後ろに倒れた。


 それは、ゆっくりと時が流れるような感覚。

 テオグラードは、涙を流しながら、キリウェルに抱えられたまま茫然としていた。

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