第4話 兄と弟
フレール王国の兵達は、自国へ向かって進んで行く。
少年には、もはやフレール王国の兵達など目に入っていなかった。
「兄上!」
崖には、馬が一頭登り降りができるような道が一定間隔で設けられている。
少年が、急いで馬を向かわせようとする前を、黒い狼が立ちはだかる。
「キリウェル! どけ!」
兄上が行ってしまう。
すでに、軍勢は森に姿を消そうとしていた。
執拗に、黒い狼が威嚇することに、リリアーナがいるにも関わらず、黒い狼に手をかざし、何事か唱えると、狼の回りを黒い靄が勢いよく立ち上る。
リリアーナが小さな悲鳴をあげる。
先ほどまで、黒い狼が居た場所には、背の高い黒いマントの男が立っていた。
顔が隠れるぐらいの、マントのフードが後ろに落ち、端正な顔を見せる。
テオグラードの馬の手綱をしっかり持ち、厳しい顔で、少年を諌める。
「行ってはなりません!」
「なぜだ!」
「 軍旗です!」
「軍旗?国王陛下、第一、第二王子、隣国の第三王子!何が問題だ!」
第二王子の母親は、隣国リメルナから嫁いできている。母親の弟が助けにきていて不思議はない。
しかし、キリウェルは、手綱をさらに強く持ち食い下がる。
「王軍旗が第二王子、リル様が持っているということは、現在我が国コッツウォートの王の継承権は、リル様になっております!」
「それがどうした、当たり前だ!」
王と第一王子が討たれた。王都に首がさらされていたのを思い出し、手綱を持つ手に力が入る。
キリウェルも、さらに力を込める。
「今、第三王子である、テオグラード様が現れて、大人しく迎えるとは思えません!」
「兄上は、歓迎する。今、僕の魔術は戦いに使える!」
体力的にも、強大な魔術は使えない。でも、役にたつはずだ。
仲が良いわけではない。それでも、幼い頃の思い出が、一方的な愛情でないと突き動かす。
なおも、馬を進めようとするテオグラードに、キリウェルは、手綱を持って必死に食い止める。
「例え、リル様が迎えようが、軍師殿は違います!」
これには、テオグラードの動きが止まった。
キリウェルは、続ける。
「今度は、必ずテオグラード様を殺しにかかります!リル様が止めようと。王と第一王子が亡くなり、今、テオグラード様が現れれば、残存する兵は二分されます。」
元々、第二王子のリルの元には、隣国のリメルナから流れてきた傭兵が多い。
盗賊の国と言われているリメルナから来た傭兵は、兵士とは言えない、荒くれものの集団だった。
第一王子とは、10歳も離れていたため、王は、第二、第三王子達の兵達には、重きを置いていなかったのだ。
気がつけば、第二王子が、王の座を狙っていると、まことしやかに囁かれていた。
第一王子側は、警戒心露に、第二王子側と対していたので、今、第三王子のテオグラードが現れれば、王と第一王子の残存兵は、テオグラードに付くだろう。
「テオグラード様が王になると言うなら、喜んでお供します!」
珍しく強いキリウェルの言葉に、絶句した。
まさか、キリウェルの口から、そんな言葉が発せられるとは。
兵士とは、名ばかりの自分の軍に、哀れみを抱いていたことは、認めざる得なかった。
まだ、幼かった頃、他国への遠征に赴く第一王子の兵達を、キリウェルと一緒に見に行った。
威厳のある隊列に感動した。
同じ思いであろうキリウェルを見上げた時に、少し悔しげな横顔を思い出した。
悩んだ末に、王や兄上の軍に、入りたいのかと、もしそうならば、推薦すると伝えたことがある。
キリウェルは、少し悲しげに微笑んで、自分に生涯仕えることをあらためて誓った。
キリウェルには、悪いと思ったが、自分はキリウェルにいてほしかったので、その話は、以後話すことはなかった。
なぜ悲しげだったのか、今、テオグラードは分かった。
キリウェルは、王や兄上の軍に入りたかったのではなく、自分の主が、王になり、共に歩む姿を思い描いていたのだと。
テオグラードは今、キリウェルを巻き、リルの元に馬を走らせていた昔のことを思い出しながら、王となる兄の隊列の後ろ姿を見つめていた。
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